扉を開く
悪い予感が止まらないです……。
そんなわけないのに、僕らの中にもう既にゾンビになっている人がいる……そう思えてしょうがないんです。
そしてそれは僕が冷静になった時に訪れた直感で──そういう時の予感って、いっつも当たってるんで……。
「窓は開かないのかな?」
メルちゃんが言い出しました。
それを開けようとする彼女を、急いで僕は止めました。
「窓を開けてはダメです!」
「え……。なんで?」
「わからないけど……。悪い予感がします」
「……まぁ、どうせ、開けたところでどうにもならないね」
メルちゃんが窓ガラス越しに下を眺めながら言いました。
「めっちゃ高いですよ、ここ……。コンクリートむき出しの地面がかなり下」
「やってみれば?」
メルちゃんにそんなことを言ったのは、高木さんでした。
「スーパー・ウーマンのメルさんなら、飛び降りても平気なんじゃないですか? カメラ再起動して撮っててあげますよ」
「冗談言うひとだと思いませんでした」
メルちゃんがびっくりしたように答えます。
「あたしふつうの人間なんで、ここから飛び降りたら間違いなく死にますよ」
黒乳首さんともみじちゃんが、さっきの提案を再び口にしました。
「やっぱりここの扉をひとつずつ、開いてみるしかないな」
「あたしはカナちゃんを探しに来たんです。どこかの部屋にいるのかもしれない……」
「確かにそれしかないようね……」
駒子さんが僕に言いました。
「谷くん、どう思う?」
僕は並んでいる扉を眺めて、感じたことを口にしました。
「不思議と悪い予感はしません」
「よし、じゃあ、谷くん。開けてみて?」
「ぼ……、僕が!?」
「谷くんの直感能力を信じる。『これだ!』って思える扉はどれか、ない?」
「そ、そんなことを言われても……」
自分が扉を開ける役をやるのだと思ったら、緊張してきました。
胸がドキドキして、体がソワソワします。
こうなると僕、ダメなんです。直感能力が働かなくなって、ぐるぐるとわけのわからない動きで世界が回りはじめちゃいます。
「め、メルちゃん……」
僕は他の人に役を譲ろうとしました。
「やってもらっていいかな……、開ける役」
「あたし、谷さんの後ろから見てますよっ! ゾンビが出てきたらやっつける役です」
「そ……、そうか。それなら……」ちょっと安心できるかな、という気がしてきて、僕はその役を引き受けました。
駒子さんの声が言いました。
「高木さん、カメラ回して」
どれが出口に通じる扉なのか、そもそも出口に通じている扉はあるのか──わかりませんが、さっき直感した悪くない予感を信じて、やってみることにしました。
「谷さん、頑張って」
僕を見守る女神のように、もみじちゃんがそう言ってくれました。
火がついたように僕の勇気は燃え上がり、彼女に向かってサムズアップをして応えると、向かって一番右側から、僕はひとつずつ扉を開けてみることにしました。
「行くよ? メルちゃん、準備はいい?」
「大丈夫ッス! オッケーッス! 谷さん、開けちゃって!」
みんなのごくりと唾を飲み込む音が背中に聞こえました。
僕が扉を開けると、中から物凄い勢いで何かが飛びかかってきました。
「チェストーッス!」
メルちゃんの正拳突きに、それはまた物凄い勢いで部屋の中へ飛んで戻って行きました。扉を閉める時に見えたものは、背の高い30歳代くらいの看護師さんでした。それが口をあり得ないぐらいに開けて、額をメルちゃんの正拳突きで凹ませて、床に背中を打ちつけたのが見えました。
やっぱり平常心じゃないと直感が働きません。あんなものが出てくるとは思わなかった……。ドキドキが止まらない。
それでもさっきのもみじちゃんの声援が僕を勇気づけてくれます。
「つ、次……」
僕は左隣の扉の前に立ち、ドアハンドルに手をかけました。
「いつでもいいッスよ、谷さん!」
後ろで僕を守ってくれるメルちゃんがなんだか楽しそうです。
「あ……、開けるよ?」
「よし来い」
メルちゃんがそう言ってファイティング・ポーズを取る気配を背中に感じます。
みんなもそのさらに後ろの遠いところから見守ってくれています。
勢いよく、扉を開きました。
「あ……」
僕の口から声が漏れます。
「……あれっ?」
メルちゃんの口からは拍子抜け下ような声が漏れました。
もわっとした空気が僕の顔にかかります。
部屋の中には赤々と、石油ストーブの火が灯っていたのでした。




