この中にゾンビがいる
「戻れないかぁ……」
視聴者にも、メンバーにもショックな気持ちを隠しながら、私は言った。
「じゃ、じっくりたっぷり撮影を続けましょう」
「駒子さんっ……」
黄泉野くんが涙目で私に訴える。
「僕のこと……殺したりしませんよねっ?」
「様子を見るって言ってるじゃん。もしゾンビ化したら……悪いけどすぐ殺すからね」
「ひぃっ……!」
「大丈夫ですよ、黄泉野さん」
安息の黒乳首が優しくフォローしてくれた。
「ゾンビ化した時にはもう、あなたはあなたじゃないから。苦しみとかは感じませんよ」
黄泉野くんが泣き崩れた。……まぁ、気持ちはわかる。
「武器を持ってくればよかったなぁ……」
背負っているリュックの中身を思い出しながら、私は呟いた。
「リュックの中は……食糧、飲み物、着替え……あとなんだっけ」
「僕は持ってきましたよ、武器。こんなこともあろうかと」
「おお! 谷くん、さすがに危険察知能力が高いね! 何持ってきた?」
谷くんがいそいそと、自分のリュックからそれを取り出してみせた。
金槌だ。
ハンマーというよりは、金槌。細くて、頼んないやつ。
……まぁ、ないよりはマシだな。リーチは短いけど、グシャッともいけそうにないけど、パカッとはいける。うん。
「ところで黄泉野さん。上に昇る階段もあった?」
「ありました、ありましたよ、駒子さん」
「とりあえず歩き回ってみよっか。じっとしてたら寒いし……」
ほんとうにここは寒い。まるで巨大な冷凍庫の中のようだ。窓からは麗らかな陽光が射し込んでるというのに──
「じゃ、行くわよ。高木さん、カメラを止めないでね」
一つ上の階に昇っても同じ景色だった。白い廊下に病室が並んでいる。まだ上へ昇る階段は続いていた。
昇っても、昇っても、どの階も同じだ。同じ景色、窓からの景色さえも……
「──いや、おかしくない?」
「確かにおかしいです」
谷くんがうなずいた。
「僕らは上へ上がってるはずなのに、窓から見える景色が高くなっていません。まるでループしてるみたいだ……」
もみじが弱々しく「そんな……」と声を漏らした。
その手をぎゅっと握ってメルも不安そうな顔をしている。
「じゃ、今度は下りてみましょう」
しかし下りても一緒だった。同じ階に出てきてしまう。
「二手に分かれてみましょう。私と谷くんと黄泉野くんは上がるから、あとの人は下りてみて?」
すると上の階に昇った私たちは、階段を下りてくるみんなとばったり出くわすことになった。
黒乳首が言う。
「まるでエッシャーのだまし絵の階段だ……」
「……やめましょう。疲れるだけだ」
私はそう言ったが、やめてどうすればいいのかは皆目見当がつかない。
とりあえずゾンビは出現しないようだが、だからといって、こんな寒いところでは休息をとることもできない。『眠るな! 死ぬぞ!』という定番のあの台詞が頭をよぎる。
廊下の反対側はどう見ても行き止まりだ。
「とりあえずカメラは止めますね」
高木さんが言った。
「充電が切れてしまう。替えのバッテリーは持ってきてるけど、もったいない」
私は藁をもすがった。
「谷くん……。どうしよう」
「駒子さん……」
谷くんが近づいてきて、耳打ちする。
「悪い予感がします」
「……と、いうと?」
おそるおそる、聞いてみた。谷くんの予感は嫌なほどに当たるのだ。
「僕らの中に──もう、ゾンビがいるような気がするんです」
「な……、なんだって?」
私は思わずメンバー全員を見回した。
「この中にゾンビがいるというのか? あ──、黄泉野くんか?」
「黄泉野さんは大丈夫ですってば。他に、既にゾンビになってる人がいます。誰なのかはわかりませんが……」
「1、2……10」
黒乳首が仮説を立て、それを口にした。
「廊下に沿って、扉が10個ついてます。……この扉のどれかが外に繋がってるとか?」
黄泉野くんが不安そうな声を出す。
「ひ……、ひとつずつ、開けてみる?」
「もしかしたら……カナちゃんがいるかもしれない!」
もみじが黒乳首に賛成した。
「開けてみましょう! こっちからひとつずつ!」




