ゾンビ化するか、しないか?
病室の中からそいつらが出て来ようとするのを、メルちゃんが急いで扉を閉めて防ぎました。
みんな駆け寄って、みんなで力を合わせて扉を押さえます。
「いらっしゃい」
「いらっしゃい……」
呻くような声がすぐ扉の向こうにいくつも聞こえ、すぐに離れて行きました。医師の生首を食っているのか、咀嚼音のようなものが聞こえはじめます。
「……扉を開けられる知力がないんだ」
僕がそう言うと、安息の黒乳首さんが反論します。
「さっきの医師は扉を自分で開けたぞ? 確かにゾンビは知性のない、ただ徘徊して肉を喰らうだけの存在として描かれることが多いが、中には知性のあるものもいる。あの見た目の綺麗さからいっても、ここのゾンビどもには知性があると考えるのが妥当だ。油断するな」
この人、自信なさそうなくせに、僕が相手だと急に偉そうに、口数も多くなるようです。
しかしゾンビどもが扉を開ける気配はまったくありませんでした。僕らは扉から離れ、窓側を背にして病室から目は離さないようにしながら、黄泉野さんの様子に目を移しました。
「いたいよぅ……いたいよぅ……」
手首から先がなくなったその手に、もみじちゃんが処置をしてあげています。持参していたらしき救急セットの中からLサイズのカットバンをいくつも取り出して……そんなものじゃ血は止まらないよぅ……。
「痛いだろうが、我慢しろ、黄泉野くん!」
駒子さんがそう言って、黄泉野さんの手首を布できつく縛ります。
「ゾンビに噛まれた者はゾンビになる」
黒乳首さんが呟くように言いました。
「この人もじき、ゾンビ化するぞ」
「いえ、大丈夫です」
僕は自信たっぷりに否定しました。
「黄泉野さんはゾンビ化しません」
黒乳首さんが舌打ちしました。
「ゾンビってのはゾンビ・ウィルスに感染することでなるんだよ。ウィルスが脳に達するとその人間は死に、ウィルスが肉体を支配して動かすようになるんだ。新陳代謝の止まった体は腐りはじめ、ただウィルスの養分となる人間の脳を喰らう化け物になるんだ」
「いいえ。黄泉野さんはゾンビにはなりません。大丈夫です」
「根拠は?」
「直感です」
「オカルトかよ!」
「あなただってじゅうぶんオカルトでしょ」
僕と黒乳首さんのやり取りを、黄泉野さんがオロオロと、テニスの試合を見るように首を動かしながら見ています。
「かわいそうだけど……このおじさん、殺しときましょうか?」
メルちゃんが駒子さんに聞き、黄泉野さんがびくっとしました。
「うーん……」
駒子さんが考えています。
「どうなるかわかんないからね……。様子を見ましょう。それにうちのマネージャーの直感て、よく当たるんだよね、実際」
黄泉野さんがほっとした表情になりました。
「それに黄泉野さんならゾンビになっても怖くないですよ。弱そうだし」
僕が言うと、黒乳首さんがまた反論します。
「ゾンビは生前の人格やスキルは受け継ぐ。他人の思考を読むゾンビになってしまうぞ」
「……それは恐ろしいね」
駒子さんが言います。
「でも、ゾンビ化したらすぐわかるものだろう?」
黒乳首さんが否定しました。
「見ての通り、ここのゾンビどもは綺麗な見た目をしています。ふつうの人間と変わりがない。『いらっしゃい』しか言えないようでしたけど、ゾンビ化したての頃にはふつうに喋ることもできたりするかもしれません。わかるとは限りませんよ」
みんなが黄泉野さんのことを見つめました。
「あ……アハッ、アハッ」
狂ったように笑い出したので、ゾンビ化が始まったのかと思いました。でも黄泉野さんは食いちぎられたほうの手を挙げると、宣言しました。
「……私、帰ります。私、幽霊が専門でして……。ゾンビは専門外でございますから、お役に立てません。それがようござんしょ? あそこの階段から、戻れるんでございましょ?」
「うーん……。ゾンビ化するかもしれないものをあっちに戻してしまっていいものか?」
駒子さんが僕を見て言いました。
「谷くん、どうだ? あれを戻してもいいものだろうか?」
「構わないと思います。それに……」
僕がうなずくのを見ると、黄泉野さんは全速力で駆け出しました。
「それじゃ! お先に戻ってまーす! 病院行かないといけないし……。あっ! 治療費は駒子さん、お願いしますねーっ!」
「……戻れないし」
僕がそう言ってすぐに、階段を駆け下りた黄泉野さんが泣き顔で戻って来ました。
「戻れない! 戻れないよ! 階段下りたら戻れるんじゃなかったのー、高木さん!?」




