喫茶店の夜
――エピローグ ~ツムギの夜と喫茶店~――
軒下の小さな看板表示を『closed』にし、店内照明を落として鍵をかける。辺りはひっそりと静まり返っており、まるでこの色田市という街の、眠りゆく姿を眺めているようである。
靴音の反響が寄せては返し、音源とは別に遅れて、街の気だるげで灰色とした空気を吸って、モヤのように耳へまとわりつく。何十回、何百回と繰り返した行為。慣れとは恐ろしいもので、私はこの、本来いるべきでない時空に溶け込んでしまいそうだ。
しかし――強く、ネックレス先のインカローズを握る――石はぼんやりと夕陽のように光り、黄昏の心持ちを誘発させる。
自身に課せられた願いと決意を、私は再確認する。
自宅の一スペース、その一角に腰を下ろす。髪を解き、ネックレスを外し、インカローズを特定のマシーンへと滑らせる。
この数ヶ月間収集した、彼らの記憶と根源的人心を読み取り解析するためである。無機質な筐体と青白い光が、これまた機械的な調子で告げる。
『ロード中……しばらくお待ちください』
待ち時間、スペースを抜け出し窓辺に寄る。カーテン越しになにやら、青白い光が漏れている。開けてみれば、月明かり。木の葉の影を克明に映し出し、夜とは思えぬ光彩を放っている。その白々しいまでの姿はどうしてか疲れを癒してくれるようで……空にある月華に向かい、手を伸ばす。
青い青い、そして白い月……いつか、お父さんやお母さんと見た、遥か遠い惑星のよう。一筋の光が窓辺に溢れる。小さな湖を作り出し、キラキラとしている。
私は今日という一日を終える。そしてまた、明日という一日を迎える。変わらない日常を、である。そこには奇跡も必然もありはしない。しかし目指す、一時のために私は明日も……
明日も、変わらず喫茶店で待つのだ。




