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アステロイドに東雲を 〜インカローズと喫茶店より〜  作者: ベアりんぐ
第4章 〜夢死・終の作家と望みの喫茶店〜
38/42

22:30




  *         *          *




 小説公募の一次選考から日は経ち、流れる雲の高さや空の色褪せ方に時間の流れを感じるころ。小旅行から帰宅後はバイト漬けであったが、いよいよ二次選考の結果が出る日付となり俺は、接客や品出しをしつつも脳裏に浮かぶ、確定しない未来にそわそわしていた。


 結果は午後六時きっかりに発表される。応募する賞しだいで時間こそ違うものの、俺は発表時間ぴったりに結果を見たことがない。正午や午後三時や、今回同様六時ではあるのだが、大抵その時間はバイトに入っている。


 そうこうしているうちに、時刻は午後六時。客足は最高潮となり、レジへ駆けたり案内をしたり、公募結果を考えている場合ではない状況となったが俺は、やはりどうしようもなくその余計な思考を捨て去ることができなかった。



 徐々に客足もひき、バイト終わりの時間も近づく。疲労もあってか無機質な蛍光灯の光が目の奥に刺さる。ふと、今回一緒に勤務している鈴木を見る。彼はレジ裏にしゃがみ込み、大きくあくびをしている。つられてしまいそうだ。仲の良い者同士のあくびは移る、などという迷信は有名だがそのようなことはない。あくびは誰にでも移るし、移らぬ人もいる。


 鈴木はバンドマンなのだそうだが、この一年間彼がバックヤードにギター等の音楽関係の道具を持ち込んでいる様子はなかった。稀に彼の仲間らしき人物がこのコンビニへ顔を出すのだが、バンドの話をしていたことはなく、聞けば女だの煙草だの金だの、ついしかめっ面をしてしまいそうな話ばかりだった。


 店内に決まりきった音楽やアナウンスが流れる中、しゃがみ込んだ鈴木は、暇っすねー、とか、ノボルさんって彼女とかいましたっけ、とかなんとか、業務に関係のない、特に中身すらない言葉をかけてきたが、どうにも真面目に答える気力はなく、適当すら適切でない、力の抜けきった返答をした。


「ノボルさん、今日やけに暗いっすね。前に言ってた小説のなんかっすか」


「……まあ、そんなとこ」


「へぇ……なんだか大変っすね」


 それきり会話はなくなった。鈴木は先ほどよりだらりとしており、会話をすることも億劫になった様子だ。俺としてはありがたい沈黙である。店内に客はおらず、ただぼんやり、同じ曲やアナウンスが流れるばかりであった。



 

 バイト上がり。サドルにまたがりペダルを強く漕ぐ。やけに冷たくなった風に乗り、危険と分かってはいるが、人と人との間を高速で走っていく。なるべく信号機のない道を選び、路地を抜け、影を残さず、アパートへ着くころには顔から水玉を吹き出し、息を荒げながら部屋へ入った。


 部屋の電気を点けることなくパソコンへ向かう。途中、なにか置物を蹴飛ばしベッドの角に小指をぶつけた。声にならぬ悲鳴と無意識の焦りに一瞬の復讐心を抱きつつ、俺はデスクに辿り着き、パソコンの電源を点ける。


 ラグと余計な広告に再度イライラしながらも、選考結果画面に辿り着く。羅列された作品名と著者名。胸奥から一挙に恐怖が押し寄せる。先ほどまで自身を包んでいた妙な好奇心や高揚感が消え失せ、途端に後悔が心中を巣くう。



 

 なぜだか分かってしまった。


 俺はきっと、今回も落ちている。理由は知らない。



 

 無意識の予想に、運動熱とは別の汗が背中を伝う。徐々に画面をスクロールする手が震える。一つ、また一つと違う、目にしたことのない作品名や著者名が流れていく。前年の選考数や自身の作品名、果てはバイトの曜日や喫茶店での喫煙が脳裏をよぎる。なにか決定的な物事に直面するとき、人はこうも無力となるようだ。


 スクロールが止まる。何度マウスのロールをがらがらと回しても、なにかクリックをしても、その先に続くことはなかった。不思議とそれ以上、見直すことはなかった。


 パソコンの電源を落とす。回転式チェアに深々と腰を下ろす。窓辺に蛍光灯と微かな星の明かり。部屋は依然として暗く、だからといって電気を点ける気にはなれない。


 ここ数年を想う。何度も何度も落とされ続け、それでもと足掻き続けた日々。時に作品は動かず、どうしても納得のいくものは出来ず、しかしふとした瞬間、何か壁を突き破ったような感覚に襲われ、成長を感じ、全能感に浸ってはまた不能に沈んで……そんな、愛おしい日々。


 人は突然やめる。それがいくら熱を帯びていようと、逆に冷めていようと、突然醒めてしまうのだ。頂点を総べる者が突然消えるように、夢に生きる者が突然現実に食べられてしまうように。その瞬間は突然現れる。


 ふとスマホのデジタル表示を見る。午後十時半。俺はこの刻限より、この先どうするかを決めなくてはならないようだ。この先の茨を歩んでいくのか、まだ言い訳を作ることができる年齢を糧に歩んでいくのか。


 天秤は傾き揺れ、渚の引き目は徐々に浅くなっていく。夢にまで見た景色は遠く、ただこれまでの時間を嘲笑する心持ちが続く。そんな心情は、シャワーを浴び、身支度を済ませ、明日のバイトに向けて早々ベッドに入ってからも、じわりじわりと続いた。


 涙はとうに枯れていた。代わりに疲労と夢生が薄曇りの夜に溶けていく。今はただ、眠りに就く。

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