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アステロイドに東雲を 〜インカローズと喫茶店より〜  作者: ベアりんぐ
第3章 〜恋情・踊る乙女と芽吹の喫茶店〜
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これから

「あんたみたいなやつは一回、沈んだらいいよ」



 あっさりと放たれた言葉はさほど響いてはおらず、トウマ先輩は変わらず不気味な笑みを浮かべている。否、笑いながら近づいてきている。先ほどまで私からトウマ先輩までは数歩の距離があった。しかしどうだろう今は足をずりずりとし、こちらに近づき、もうすぐ伸ばされた手が肩に触れそうなぐらい近づいている。



「なんっ……来ないで!」


「一瞬さ、君をただ分からせる必要があるだけなんだ。これまでの子たち同様に、ね?」



 ついに、私の肩に手が触れたか――その時。


倉庫に隠れていたアキラが出てきてその、トウマ先輩が私に伸ばした手を強く、握った。そしてトウマ先輩の前に立ちはだかり、私はその背中に守られてしまう。



「あんたやっぱりか……割れたバットより酷いぞ」


「はぁ、また君か。この前ボロボロにしたよね?まさか、この女に惚れでもしたか?ならやるよ。どのみちもう使えなさそうだしな」



 そんなとんでもない言葉に、私は呆れつつかなりショックだった。どれだけ割り切ろうとも、分かれて細かくなった根はどこかに繋がっていて、どうにもそこから悲しみやつらさがぐんぐん這い上がって来るのだ。


 しかしそんなものたちも、目の前の共犯者が放つ言葉できちんと分かれてさよならを告げる。



「関係ねぇよ、ただ見過ごせなかっただけだ。同じ場所に行き着いたコイツのな」


「……ふ~ん。まあ君たち二人にどうも出来ないでしょ?僕のステータス、分かってるよね?」


「もちろん、アンタの居場所はよく分かってるわ」


「俺たちだけじゃどうしようもないってのも……だから――」



 そう言ってアキラは倉庫に合図をかける。するとどうだろう、きっとトウマ先輩は予想外だったに違いない。そこには三年生と思われる野球部員が数人ぞろぞろ出てきた。そこにはトウマ先輩とも親交があると思われる人物も何名かいる。



「アキラに言われてみればこりゃ……最低だぜ、お前」


「なっ……!?」



 倉庫から出てきた数人はそれぞれ一様に、路傍の糞を見るような目でトウマ先輩を見ていた。たぶん、今日の私やアキラ以上の目つきである。恐ろしい。


 しかし、トウマ先輩にとって恐ろしいのはここからである。それらは人気のないはずの、校舎裏にあるはずのない者たちだ。



「黙って聞いてたけど、アイツ最低じゃねえか……」


「んね、他の子にも伝えとかないと」


「……えっ!?」



 トウマ先輩はようやく気づいたようだ。校舎の陰、二階や三階の窓から覗く人影、彼の目線の死角となる部分から幾人もの生徒が耳を立てていたことに。それらは私やアキラ、そしてアキラの先輩や同級生にソッと『今日の放課後、倉庫のある校舎裏でちょっとした告白がある』と噂を流された者たちだった。


『告白』という噂。それはなぜか見てしまうもの。見てはいけないと分かっていても、見に行ってしまうもの。特に学生というのは鼻が良い。知らぬうちに見聞きしているものだ。



「……はめられた、のか?」


「その分だと勉強は出来て悪知恵が働こうとも、驕りと咄嗟のアホさが脚を引っ張ったみたいね」


「他にもいくらか手はあったのに、それすら必要無さそうだな」



 ……そこから先。というか、一日後にはトウマ先輩の地位が急落していた。学校というものは面白いものである。まあ……社会もさほど変わりはしない。いや変わりもするが、変わらない部分の方が多いのだと思う。


 私はあの去り際、トウマ先輩が別の形で変わっていくことを、願わずにいられなかった。いつか仮面もコートも、もっと温かいものに変わっていてほしいと、願わずにはいられなかった。




  *         *          *




「髪よし……制服よし、よし」



 喫茶店前で、手鏡とにらめっこ。以前とは違う私との対面。仮面もコートも前よりずっと軽いし薄い。変わらず着けてはいるが、やはりあの眠りの前と後とでは違うのだと思う。


 少し寂しくもある。しかし後悔は微塵もない。私はなにか変わることができたのだ。そしてこれからも、また別の意味で変わっていく。……というより、変わったばっかりでなにもかもうまく、分からないだけ。


 けれど私は、進んでいくのだ。



 喫茶店の扉が音を立て、いつもの内装と少しばかり賑やかな店内が私を出迎える。カウンター付近にはツムギさんと……アキラ。さらにその妹が、のんびりと時を過ごしている。離れたテーブル席には、あの老婦が座っていた。ティーカップをそばに置き、なにやら難解そうな本を読んでいる。こちらに気づくと、老眼鏡の向こうから優しい視線が注がれる。私は会釈をして、カウンター席へ向かう。



「いらっしゃいませ、ハルカ()()()


「どうも、カウンター空いてる?」


「ええ、どうぞ」


「あ、前にいた人じゃん。こんにちは~」


「よう、青屋」



 なんでもない挨拶。たぶん何も考えずに挙げているだろう右手。わざわざこちらを向いてみせる顔。……本当にどうしてか、調子が狂う。身体の内側から湧き出る熱を全力で無視し、平然を装う。


 私は椅子の間隔を空けず、アキラの横へと座る。ごく自然にしれっと、である。そのことにアキラは気づいていない。……強いて言うなら、さらに向こうでアキラの横に座っている妹が、こちらをジーッと見ていることぐらいである。



「ん、どうしたミカ?」


「……な~んか怪しい」



 眉を顰めてそう言うアキラの妹を無視し、私は紅茶とスイーツを頼んで、アキラの方へ顔を向ける。こちらに気づき、アキラは不思議そうな顔をして私を見ている。



「どうした青屋?俺の顔になんかついてるか?」



 きっと表情に伝達されていないだろうが、私の心臓は跳ね、不思議なリズムを刻んでいた。空調と夏のせいで微妙だった喫茶店内が一気に暑くなる。


 私は声色に出てしまわぬよう、慎重に、いつも通り話す。



「いや……この前のお礼、してなかったなって。アイスのお詫びもしたいし、なんか欲しいものある?」


「欲しいもの、特にないけど」


「……じゃあ今度っ、どこかで買い物でも一緒に行くっていうのは……どう?」



 我ながら何を言っているのか。しかし口走ってしまった以上、後は返答を待つしかなくなってしまった。アキラは特に悩む様子もなく、パッと答えた。



「選んでくれるのか?なら行こうぜ」


「……っ!よ――ううん、じゃあ予定でも決めようか」



 そう言ってメモ帳を出しながらアキラのそばによると、ふとアキラの向こう側から視線が来る。やけにジトっとしているが、気にしないことにした。



 私は今日も変わらず、しかしこれまでとは少し違った毎日を、社会の一分子として生きていく。ほんの少し薄らいだ仮面やコートを着けて……そして私が求めてやまなかったかも知れない、胸の内から湧くこの淡い恋情を抱いて。

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