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アステロイドに東雲を 〜インカローズと喫茶店より〜  作者: ベアりんぐ
第3章 〜恋情・踊る乙女と芽吹の喫茶店〜
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星無き街

「それじゃあ、また」


「今日もごちそうさまです」


「はい。ハルカさんも、またいらしてくださいね」



 扉を閉める。路を打つ雨音は聞こえず、水たまりに反射した街灯や赤黄緑の光が覗ける。道ゆく人々は数日前にも見たような顔も、スーツケースを転がし物珍しそうに雑居ビルを見る顔もある。空には星も月もなく、ただ蓋をされ、蒸籠の中にいつのまにか入ってしまったような蒸し暑さが、夏制服越しにも伝わってくる。


 赤松アキラはなにやらスマホをポチポチとイジったまま、駅の方へ歩いていく。そこにちょっとした疑問を感じ、つい口出ししてしまう。



「あれ、アンタ家こっちよね?」


「え、なんで知ってんの」


「いや小学校一緒だったじゃない。地区ごとで分けられてるし……それに、駅の向こうには海しかないじゃない」



 逡巡、合点がいったようで、赤松アキラは左手のひらに右拳を打ちつけた。馬鹿っぽい仕草である。



「確かに」


「それで、なんでそっちなの」


「ミカが……妹が塾通い始めてな、それで迎えに行こうと思って」


「ふぅ~ん……案外ちゃんと兄貴やってるのね。てっきり野球のことしか考えてないんじゃないかと思った」


「んなわけ――……いや、最近までは確かにそうだったかもな」



 何食わぬ顔で即答しようとした赤松アキラが止まる。そして、なにか思い直すように、私の投げかけた言葉を噛み締めるよう肯定する。



「そうだ、つい最近まではそうだったな」


「え、なに」



 ボソリと呟く赤松アキラはそのまま駅方面へとゆっくり歩き始めてしまう。私は、その話の続きが聞きたくなった。だから家とは反対の方向へ、赤松アキラとともに歩き始めてしまう。……いやそもそもコイツなんで途中で歩き出したんだ?やっぱり馬鹿なのか?


 ついてきたのが意外だったのか、赤松アキラは靴音に気づき、振り返って少しギョッとしたかと思うと、さきほどより遅く歩き出した。そしてさきほどの話の続きを、街の喧騒にかき消されてしまいそうなボリュームで話しだす。



「……春ごろ俺は怪我をして、これまで通りに野球が出来なくなった。プロだって目指してた俺からしてみればまあ……絶望したよ」


「へぇ……プロ、目指してたんだ」


「まあな。それから自分がどうすれば良いのか、分からなくなった。妹のミカにも、酷い当たり方をしたよ。……でも、あの喫茶店で大切なことを思い出せた。だから今は、違うと信じてる」



 違うと信じてる、か……。



「……本当に変われたようなら、良いわね」


「え、なんて?」


「聞こえてないのかよ……いや、いいわ。二度も言うのめんどくさい」


「気になるんだけど」


「大丈夫、大したことじゃないわ。それより妹さんの塾とやらはまだなの?」



 諦めたようにフッと笑いながら、私は言う。すると赤松アキラは数秒の沈黙の後、なんでもないことかのように答える。



「こっから十数分ぐらいかな」


「全然近くないじゃないっ!?」



 安易に着いてきた私を、私自身は呪った。




  *         *          *




「ほんっとに……わけ分からないんですけど」


「本当に申し訳ございませんでした」



 今、二人して並び、先ほど歩いてきた道を引き返している。赤松アキラの歩速は先ほどより鈍重で、背中は申し訳なさそうに丸まっている。私はほとほと呆れてしまい、素の私ならば怒鳴っているだろう状況だがそんな気力も削がれてしまうほど、横をトボトボ歩く馬鹿の浅はかさを呪っていた。無論、私自身も責め立てた。


 赤松アキラの妹さんは今日、塾にいなかった。どうやら赤松アキラが曜日を間違えていたようで、塾講師に説明を受ける赤松アキラの横で私は、横の馬鹿をひたすら睨んでいた。


 お詫びにコンビニでアイスを買ってくれるらしいのだが……まあ良いだろう。それより問題は駅付近の繁華街でクラスメイトの誰かと出会ってしまわないかの方が懸念であった。彼氏のいる私がどこぞの野球バカと歩いていた、という噂が広がってしまえば、私のこれまで築き上げてきた地位が揺らいでしまう。……果たして、私の地位が本当にあるのだとすればだが。



「ここのコンビニで良いか?」


「……ん」



 駐車場の無い、駅近のビルに併設された小さなコンビニ。チェーン店であることが一目で分かる、秀逸でいてその秀逸さをひた隠すロゴとカラー。店前にはこれから飲みに行くのか、スーツを着た数人の男性が談笑をしている。街はすっかり夜の気分だ。



「赤松アキラ、アンタだけ買いに行って」


「え、なんで?」


「いいから行って。私バニラのソフトクリームで良いから」



 単純に面倒くさかった。それと、出来るだけコイツと二人でいる姿の状況を、誰かに見られるリスクを減らすためである。先ほど理由を問うた時、渋い顔をした赤松アキラの心情はなんとなく分かる。


 夜の街に女子高生一人はなんとなく危険だ。比較的治安の良いとされる日本の、さらに比較的治安の良いとされる色田市であっても、犯罪の例がないわけではない。


 しかしそれ以上に、私は私の所属する、学校やクラスの人間関係や地位の方が大切だ。地位をお金と錯覚する短絡的な馬鹿もいるが……私は地位を、個人の容姿や立ち居振る舞い、マイノリティに準じた素質を持ち合わせているかというものや、尖り愛されるだけの特異性を持っているか、という見えない基準によって勝手に位置付けられるものだと考えている。


 要約してしまえば、その時々の社会的雰囲気という酷くうつろで曖昧模糊なハリボテにすぎない。けれどもそれが無ければ、やはり生きていけないものなのだ。だからこそ仮面とコートを着け、帽子を被る。さらに、社会的に嫌われる性格を生まれ持ってしまった私には、他人より自身を偽ってでも必要なものでもある。



「ん~……とりあえず行ってくるわ。バニラの、ソフトクリームな?」


「うん、そう。よろしくね」



 スマホに目を向け、よくよく考えてみればアイツは私に奢る必要性がないということに気づき、アイツには言わないでおこうと思う。もう買いに行っちゃったし。


 SNSアプリでトレンドの洋服やらコスメを見ていたとき、ふとどこからか高笑いなのか、それとも私を見て出た嘲笑なのか判然としないものが耳に入ってきた。


 パッと声のする方向を見る。喧騒にかき消されぬ笑い声を上げていたのは、私と同じ高校の夏制服を身につけていた。極度に折り曲げたスカートに、輪が大きく、垂れ下がったヒモの短い赤いリボン。ヒモの長さとして三年生と見るのが妥当だろう。そういう暗黙の了解が、我が校にもあった。


 その三年女子の、横の人物を見たとき、私はかの一ノ瀬や雨宮が陰口を言っていたトイレと同じ醜悪さ……いや、それ以上の怒りとともに無常感すら抱くこととなった。思わず身を路傍の自転車や標識に隠した。


 そこに居たのは、トウマ先輩だった。

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