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アステロイドに東雲を 〜インカローズと喫茶店より〜  作者: ベアりんぐ
第3章 〜恋情・踊る乙女と芽吹の喫茶店〜
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感じかたって



 ……帰る頃にはすっかり陽が落ち、夜が訪れていた。街中の光とは違い、黒天井にはぽつぽつと星が瞬いている。街ゆく人々はスーツや制服の上に疲労感を纏い、これから習い事に行くのだろう親子が手を繋いでいる。対照的な雰囲気であるが、みな一様に、大人は社会用の仮面を付けていると思うと、私は早くその仲間に、慣れてしまいたいと思ってしまう。


 あれから喫茶店では紅茶のみ頼んでゆっくりしてしまった。仮面を完璧にしてしまいたいと思う反面、やはり争い難いものはあるのだと気づいた。社会の一部分であるはずの場所だと言うのに、あの居心地の良さはどうして生まれているのか……実に不思議である。


 帰路をいつも通り歩きながら、あの喫茶店の神秘さを考える。しかし思考はそんな非日常感を許すことなく、明日や今後の予定をぽんぽんと上げ始めてしまう。テジョンだかメギュンだかの韓流アイドルもリサーチしなければならないし、トウマ先輩との今後も考えていかなければならない……ええい、全て焼き払ってしまいたい!


 しかし社会の縮図である学校やそれらを取り巻く世界は、そんなことを許してはくれない。日々どうでも良いこと、興味のひと欠片もないことをリサーチし、関係に繋げていかなくてはならない。どんなにややこしくとも、くだらないことも、無くしてしまえば社会から爪弾きにされてしまう。


 悶々とし、他人に聞こえてはいないだろうボリュームの恨み節を吐きながら歩いていると、ポケットに入れているスマホが震えた。なんだなんだとゆっくり取り出し表示を見れば、悩みの一つであるトウマ先輩からのメッセージだった。


『今日一緒に帰れなくてごめんね!』


『今度なにかお詫びするよ~!』


 ……まあ良いだろう。すぐに返信しては妙な重さを感じさせてしまうだろうから、私は返信することなく、すぐにスマホをしまった。


 トウマ先輩はバスケ部で活躍している。その姿を一目見た時から、彼は本質的に別世界の人なんだと悟った。それこそ『喫茶店 アウローラ』にいた店主……ツムギさんと似たような感覚を持った。表層は私と似ているだろうが、生憎私の本質は真逆だ。可愛げなどなく、ふと気を抜けば毒気ばかり出してしまう。


彼は部活でも日常でも、その秀麗なる容姿と圧倒的オーラを持って学校を席巻していた。きっとほとんどの女子生徒、多少の男子生徒を魅了していた。私にとっては彼との差を見せつけられているようで、勝手に目の上のたんこぶだと思っていたわけで、まさかあんなことが起きるとは夢にも思っていなかった。


 結論から言えば、トウマ先輩はある昼休み、私を呼び出し告白をしたのだ。


初め呼ばれたときはまったくわけが分からなかった。私のクラスに乗り込んで名指ししたとき一瞬、素が出そうになるのをグッと堪えて先輩の後をついていったことを覚えている。


 どうして私のことを……?告白を受けたとき、初めに脳で浮かんだ言葉はそれだった。しかし次に浮かんだ言葉は、嬉しいだった。


たとえ作り物だとしても私に好意を持ってくれている。しかも校内ステータスの頂点とも呼べる位置に君臨する王子と来た。


 それまで彼に抱いていた嫉みは彼方に飛んでいき、私は二つ返事で告白を受け取った……そして現在に至る。



 あの不思議な喫茶店から数日。授業を終え、いつものようにトウマ先輩を待っていた。空は不穏な塊をはらんだ灰色。今にも泣き出しそうな空気が鼻腔を伝って脳に刺激を与える。今日は雨だなぁと窓外を見て思いながら女子トイレに入り、用を足し終えてからスマホを見ていると、複数人の足音が近づく。なにやら会話もしているようで……次の一言を聞きトイレの鍵から手を離す。



「ハルカってなんか気に食わないよね」



 聞いたことのある声。しかし普段よりも素でいてドスの効いた声。ほぼ間違いなく、一ノ瀬の声だった。



「それさっきも言ったじゃん。ま、ああいう媚びた感じがムカつくんだよねー」



 一ノ瀬に反応したのは、雨宮だった。私はそっと手を下ろし、息を潜めて耳を立てる。



「なーんでトウマ先輩も、あんな女がいいのかね」


「知らなーい。ま、男子ってああいういかにもな子が好きなんじゃない?こっちからしてみればイイ迷惑だけど」


「言えてるわ。……あーあ、なんかすっごい不幸になってほしい」


「トウマ先輩に浮気されるとか?」


「浮気されるでしょ。あんな媚び媚びの子が長続きするわけないもーん」



 ……飛び出していって、ボロクソに言ってやりたい本性を押さえつける。震える両手を目一杯握りしめ、下唇を強く噛む。早まる鼓動はドクドクと全身に熱された溶岩血を送っている。


 やがて二人は用を足すことなく、しばらく話したのち去っていった。二人が立ち去った後も、しばらく目の前の鍵と扉を開ける気にはなれなかった。



 結局トウマ先輩とは今日も帰れず、私は一人傘をさして帰路を歩いていた。パラパラと傘に打ち付ける雨はぐるぐると巡る思考をひとつずつ消し、自宅に向けた歩みをすこしずつ遅くする。


 やがて歩みを完全に止め、くるりと振り返って先ほどとは真逆の道を歩き始めた。歩みはどんどん加速し、自分でも速いなと感じるほどの速歩きで私はある場所へ向かっていた。


水たまりを踏んでしまうのも、つま先から跳ねる水滴も、少し傘からはみ出た通学カバンが若干濡れていても、それらはもはやどうでも良かった。とにかく先ほど感じた、行き場のない怒りや文句をどこかに吐き出してしまいたかった。


 やがて去ったはずの学校を通り越し、駅方面へとつかつか歩いていく。先日も見た光景が、これほどまで違って見えるのは雨のせいか、それとも……まずは向かわなくては。あの場所に行くまで私は我慢しなければならない。


 パタパタと歩いていく。空は変わらず、泣いている。

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