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アステロイドに東雲を 〜インカローズと喫茶店より〜  作者: ベアりんぐ
第2章 〜生死・逃れえぬ老婦と喫茶店〜
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黄昏の喫茶店




  *         *          *




 星が瞬き、ビルの窓ガラスから溢れる労働の光が顕著になったころ。私は駅周辺の道をふらふらと歩いていた。目的もなければ帰る気にもなれない。こんな時間に街へ繰り出すなんていつぶりだろうか、様相がすっかり変わってしまった場所で私に出来ることはなかった。


 やはり帰ってしまおうか……そう思っていると、前から兄妹らしき2人が歩いてきていた。私はボッーとしていたこともあってかぶつかってしまい、思わずよろけてしまった。


すぐによろけながらも頭を下げると、ぶつかった2人が慌てて身体を支えてくれた。



「すみません、大丈夫ですか!?」


「……ちゃんと前見てよお兄ちゃん」


「ミカが無理やりシュークリーム食わせようとするからだろっ」



 2人で私の身体を支えながら口喧嘩をしている。どちらもジャージ姿で、空いた手には何かが入った布袋を持っている。きっと何かスポーツをした帰りなのだろう、そんな姿が微笑ましくて、眩しくて。……私はぎこちないだろう笑みを浮かべて謝った。



「私は大丈夫よ……ごめんなさいね」



 実際不注意だったのは私だ。若い2人に気を使わせてしまったことがなにより、私にとって最も恥ずべきことだった。自分の力で誰にも迷惑をかけないことすらままならないとは……。



「いえいえ!こちらこそ……なんともなくて良かったです」



 そう言ってお辞儀をして、2人は去っていく。去り際でも妹と思われる子と何かを言い合いながら歩いていった。その背中を振り返って見ていたが、しばらくして私も歩き出した。


 あの姿……なんだか懐かしい。まだ夫が生きている頃はあんなふうによく言い合ったものだ。そのたびに夫が、私の好きなガトーショコラを買ってきて仲直りするのだ。


 こうして夜、ふと歩きたくなった時は2人で街へ繰り出した後、月と星が逆転する海へ訪れたものだ。しかしもう、あの光景を目にすることは2度とない。



 ……ぐるぐると意味もなく街を回っていた。


 ひと休みしようと手頃なベンチに座る。ぼんやり街行く人々を眺めていると……先ほどすれ違った時に見たような2人が、妙に古風な喫茶店へ入っていった。


『喫茶店 アウローラ』と看板には書かれており、見れば窓からは暖色がぼんやり溢れている。軒下には小さな立て看板があり、『open』と表示されている。……街のこんな場所に、喫茶店などあっただろうか?


外観からは長い年月を感じ取れるし、きっとただ私が気づかなかっただけだろう。しかし妙に心惹かれる。歩道を歩く人々はそれほど気にも留めていないし、まるでここが存在していないかのように素通りだ。


 喉が鳴る。離せなくなった視線に戸惑いながらも私はゆっくり、その喫茶店に入ってみることにした……。



 カランと音を立てて開く扉の向こう、カウンターテーブルには先ほどの2人が座っており、カウンターの向こうでは2人に親しげな挨拶をする、おおよそこの場に相応しいとは言い難い印象を抱かせる、店主と思われる容姿端麗な若い女性がいた。


 その女性が私の来店に気づき、挨拶をする。



「いらっしゃいませ」


「……あれ、さっきのおばあさんじゃない?」


「本当だ!……あのっ、さっきは失礼しました」


「え、ええ……」



 先ほどの兄妹と思しき2人もこちらに気づき、柔和な笑みでペコリと頭を下げる。お辞儀を返し私は扉近くの1人用テーブル席についた。


 コーヒーの香りに混ざる、懐かしい匂い。その正体は定かではないが、なんとなく居心地の良さを感じさせるものだ。アンティーク調の壁掛け時計は午後7時半を示しており、数個のテーブル席の側にはそれぞれ、小さな観葉植物が置かれている。


焦茶色を基調とした壁は下の方が石造りようになっており、床は程よく濃いクリーム色したものとなっている。テーブルや椅子も見事にインテリアとして調和しており、その中で唯一、店主である彼女だけが違和感のように思えてならない。


 店内を眺めてそう考えていると、いつのまにか横には店主が立っていた。近くで見ても綺麗な……やはり似つかわしくない人だ。



「こちらお冷です。注文はそちらのメニューからお選びください。コーヒーはどうされますか?」


「えっと……」



 ここ最近、娘夫婦以外に会話していないからか詰まってしまう。ひと呼吸おき、「コーヒーお願いします、ありがとう」とボソリ告げる。彼女は微笑み「かしこまりました」とだけ言ってまたカウンターの方へ戻っていく。


 どんな歳になっても初めての場所はとても緊張するものだ。水の入ったガラスコップを持つ手の震えで、それをあらためて実感する。……いや、むしろ歳を重ねるごとに初めてのものや、新しいものを取り入れたり始めたりすることは怖くなっていくものなのかも知れない。


 そう考えながら心拍数や身体の硬直にまかせて思考をぼんやり働かせていると、先ほどまでカウンターテーブルについていたはずの2人がこちらに来ていた。



「ここ、初めてですか?」



 兄らしき人物が言う。それに戸惑いながらも答える。



「ええ……さっきのは申し訳なかったわね、私がぼんやり歩いてたものだから……」


「いえいえとんでもないです!俺もあんまり前を見てなかったものだから」


「……ま、お兄ちゃんが悪いね」



 横にいた妹らしき人物が腕を組みながら言う。


 

「あのなぁ……ミカが無理やり食わせようとしてくるからだろっ」


「はあ!?わざわざ食べさせようとしてくれた私に感謝してよね!」


「いやっ、それには感謝してるけどミカのせいでこの人ケガさせるかも知れなかったんだぞ」


「お兄ちゃんが最初からちゃんと前見て歩いてればどうにかできたし~」



 私の目の前で兄妹は互いを睨み合う。



「……ふふっ、なんだか楽しそうね」


「「どこがですかっ!?」」



 私が素直に思ったことを笑いながら言うと、2人は息ピッタリで私にそう返した。怒ったような顔はそっくりで、それがまたおかしく思えてしまう。微笑ましいとはこのことなのだろう。



「おふたりとも、喫茶店では静かにしてくださいね。この方にも迷惑が掛かっちゃいますよ?」



 苦々しそうな液体を包んだガラスコップを持った店主がそう言う。2人はハッとして、2人同時に、こちらに黙って頭を下げた。私としてはもう少しぐらい見ていても良かったのだけれど、ここは彼女の店らしいから仕方がない。



「コーヒーお持ちしました」


「うん、ありがとう」



 2人がそそくさとカウンターテーブルに戻る最中私は、黒いエプロンをつけた店主からコーヒーをいただく。それを一口飲んだ時、今日はここに来て正解だったと、自然にそう思った。

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