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アステロイドに東雲を 〜インカローズと喫茶店より〜  作者: ベアりんぐ
第2章 〜生死・逃れえぬ老婦と喫茶店〜
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アルデンテ

 重たく感じる玄関扉を開く。昼下がりの陽光が容赦なく私眼球を刺す中、先には見慣れた夫婦がいた。



「久しぶりお母さん、元気にしてた?」


「うん、元気よ……()()()()()()さんも、元気そうでなによりだわ。さっ、上がって」



 そう言うとカナエとカズオさんはゆっくり、玄関扉から我が家へと入った。


 カナエは私の娘であり、今はこの色田市から離れて暮らしている。その横で熊のように悠然と立っているいるのが、カナエの夫である桃田(ももた)カズオさん。どちらも私服ではあるが、カズオさんの方は少しばかりフォーマルな印象を受ける。


彼らはこうして毎月、私の住む家に来る。その目的は1人で暮らす私を心配してくれているからなのだろうが、カナエはそのことを知られたくないのか毎回、私に嘘をつく。



「ハルナの所に寄ったついでに、来れて良かったわお母さん」


「あら、ハルナ……ちゃんの所に行ってたのね。元気そうだった?」


「もう全然元気よ~。若いって良いわねぇ」



 ハルナ。きっと彼らの娘であり、私の孫だ。そうか、ハルナ、ハルナ……うん、思い出した。すっかり顔は忘れてしまったけれど、なかなか可愛らしい子だったはず。そんな子がもう1人暮らし、ねぇ……。


 そう思っていると、カズオさんがカナエをよそ目に耳打ちする。



「すみません、()()()さん……ハルナは元気そうですけど、今日は――」


「分かってるわ。あんまり気にかけさせて申し訳ないわね」



 カズオさんはペコリとお辞儀し、トモエと共に仏壇の方へ歩いていく。カズオさんは図体とは裏腹にとても優しく、生真面目でいて、嘘がつけない。私が以前、この訪問が偶然でないことをカズオさんにそれとなく指摘したらアッサリ話してくれた。悪い人ではないけれど、なんだか心配に思ってしまうものだ。


 2人並んで仏壇の前に座り、おりんを鳴らして手を合わせている。そんな姿がなんだか微笑ましくて、ありがたかった。だからこそ――この家を空けるわけにはいかないのだ。少しわがままで意地悪だろうけど、仕方がない。



 ……仏壇前での手合わせが終わり、リビングテーブルを3人で囲む。それぞれ、私が用意した茶菓子や飲み物を手にしながらテレビを観ていると、先ほどまで観ていた番組の鑑定が終わっていた。結果は贋作。なかなか本物など無いものだ。


しかし私はそれゆえ、誰のための本物なのか、と思ってしまう。たとえ物が贋作であったとしても、それを家宝として守ってきた見知らぬ彼らの想いは本物だ。……どうか、これからも大切にして欲しいと願わずにはいられない。


 そう考えていると、これまで無言だったカナエがぼそりと言う。



「ねぇお母さん。やっぱり、私たちと暮らさない?」



 その一言で、空気が変わる。別にその言葉が嫌いなわけではないし、むしろありがたい話であることは百も承知だ。しかしどうも私には、その言葉が迷惑に思えてしまう。



「……前とあまり、気持ちは変わらないわ。ありがたい話だけれど」


「トモエさん……」


「で、でもお母さん!もう80になるんだし、そろそろ動けなくなるかも知れないじゃない!」



 いつもならば先の私の言葉で引き下がるのだが、どうも今日のカナエは強気だ。まぁ……これだけ老婆が断り続ければ不安にも思う、か。


 カズオさんは私とカナエをキョロキョロ見ている。カナエの視線は真っ直ぐこちらに向けられていて、どうにも逸らせそうになかった。



「……そうね。けれど、私はこの家を空ける気にはどうしてもなれないわ。ごめんなさい」


「お母さん……」


「……トモエさん。私もカナエも、いつでも待ってますから。もしこちらに来たくなれば、いつでも言ってください」


「……ごめんなさいね、ありがとう」



 そう言うと、それ以上の追求はなかった。ただ少し気まずい空気が残っただけ。それは全て、私のわがままのせい。けれどどうしても譲れないのだ。この家を空けるわけには、いかない。




  *         *          *




「それじゃあまたね、お母さん」


「うん、元気でね」



 パタリと閉まる玄関扉に安心感を抱いてしまう。張っていた肩の力が抜け、ついため息が出てしまう。


カナエたちは陽が沈む前に帰った。彼らにはまだ仕事があるし、なによりこんな偏屈老婆の家に長居もしたくないだろう。それが、私にとってもありがたかった。


 リビングテーブルに再度座る。テレビはもう点いていないし、夜が近づいたからなのか辺りも静かで音が消えかけていた。そんな中、私は1人、電気も点けずに腕組みをしていた。


 こんなこと長くは続かない。この老い先短い私がいつ歩けなくなったり動けなくなったりするか、分からないのだ。我儘も長くは通用しないだろう。けれど……やはり家は、空けられない。



「……あなたは味方でいてくれるかしら、()()()さん?」



 ……返事は当然無い。仏壇に立てかけられた写真から声は出せないからだ。そんなことは分かっている。だからこそ、求めてしまう。



「……少し、歩こうかしら」



 なんだか家にいるのにも飽きてしまった。普段散歩は朝だけなのだが、歩きたい気分になってしまった。きっと娘に言われたことが、私の中でも不安材料になっているのだろう。


 ジャージは朝方脱いでしまったし、わざわざ私服からもう一度着替えるのも億劫だ。そのまま出てしまおう。



 家の外に出て戸締まりをし、鍵をハンドバッグに入れる。特に当ては無いが、色田駅方面へ歩くことにした。歩いている最中、夕暮れの端に浮かぶ一等星が輝いていて、それについ腕を伸ばしてしまう……が、あまり腕は挙がらず、なんとか挙げた手の先に、星はなかった。

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