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「さぁ、ボクの宗教へようこそ!」

 四方を壁に囲まれた無機質な部屋に、少年教祖様の声が響き渡る。家具も窓もない、豆腐のような部屋で、ランタンだけが燃えている。彼の後ろには、彼に忠誠を誓う信者たちが横並びで直立している。彼の前には、縄で後ろ手を縛られ、硬い地べたに膝をついている哀れな老若男女たち。怯える者に、怒る者、その表情はよりどりみどり。しかし二十人ばかりいるというのに、誰一人晴れやかな顔をしていないのだから不思議なものである。

 とはいえ、少年はそんなことは気にしない。だからこそ、どー考えても道徳的とは言えない処遇を与えながら、ありがたい道徳を語ることができるのだ。薄暗い部屋を照らしてしまいそうなほど、その声色は明るい。

「キミたちは他でもないこのボクに! 見つけてもらえたラッキーな人たちだ」

「書を捨て、街を出て、永遠の遠足に出よう。人の歩く跡にこそ、目的地があるんだ」

「いやぁ。キミたちを街から出して、そのことに気づかせてあげて、ボクはホントにいいことをした。あ、いやいい! いいんだ。お礼はいらないよ。ボクは人格者だからさ」

 狐のような耳をピクピクと動かしながら、過剰な身振り手振りで語る語る。トルトル教の少年教祖は生来のペテン師なのだ。一方的で滅茶苦茶な物言いは、容易く捕虜たちの心に響いた。…悪い方に。

「何がいいことだよ! ただ街から誘拐してきただけじゃねーか!」

「そうよ! 外の世界なんて嫌よ! 月光蟲に食べられる前に早く街に返して」

「大体、外に出たって見渡す限り瓦礫の山ばかりじゃない! 何をしろっていうのよ」

 勇敢な捕虜たちである。囚われの身であることを忘れさせてくれるほど、不満を爆発させている。そんな状況でも、一切物を言わない少女が捕虜の中に一人。彼女はただ教祖を見つめている。当の教祖はそんなことには気づかず、捕虜の熱気に圧倒され、首をかしげている。

「え、え。待ってよ。全然ありがたがってないぞ。泣いて喜ぶはずなのに…」

 たじろく教祖を前に、次々に罵声を発する捕虜たち。バカ、アホ、ボケ、カス、カルト―――どんどんヒートアップしていく。

「貴様ら、教祖様に向かって何たる口の聞き方を!」

 信者の一人がついにブチギレた。前に出たかと思えば捕虜の一人の胸倉を掴み、拳を振り上げる。慌ててそれを制止する教祖。

「ま、待ってよ。暴力はよくない。人間は皆話せばわかるんだ。ほら深呼吸して」

「しかし…」

「ボクにいい方法がある。平和的で道徳的に、この人たちにものを教えてあげる方法が」

「そんなことができるのですか」

「もちろん。それはね…」

「地下室に閉じ込めて、二十四時間、講義ラジオを聞かせ続ける!」

 信者たちが歓声を上げ、泣きながら口々に教祖を称える。さすが教祖様、なんと手厚いサービス、ホステルは一泊いくらかするのに地下室は無料、なんかすごい、かっこいい―――教祖はまんざらでもなさげに、ぺかっと笑う。

「はははは、当然さ! ボクの頭脳はたぶん惑星より速く回ってるんだ」

 大喜びのトルトル教に対して、捕虜側はそれはもう阿鼻叫喚だ。善意の押し付けがいかに恐ろしいか、今から身をもって味わわなければならないのだから。

 信者がぞろぞろと捕虜の方に歩み、捕虜を無理やり立たせて連れて行く。捕虜たちは抵抗するが、悲しいかな、ズルズルと引きずられていく。笑顔で手を振り見送る教祖。


 ―――しかしその目論見は失敗に終わった。強烈な衝撃と轟音が部屋を揺らし、捕虜もカルトも転ばせたからだ。瓦礫と粉塵が舞う。デカいバギーが壁を突き破り半身を出している。

「何事だ!」

 教祖が叫んだ時には、既に二人の人影がバギーの中から飛び出していた。チビとノッポ。チビの方はゴーグルのついたデカいハットを被っている。対して背の高い女は眼帯と咥えた葉巻のせいで威圧感を放っている。チビのほうが戦々恐々と言った様子で口を開く。

「なぁ葉巻。普通に玄関から入ればよかったじゃん、壁壊す必要あった?」

「昔の遺跡だからな。ドアにゃ何が仕掛けられているかわかったもんじゃない。それに首領さんは生きてる。私も生きてる。車も壊れちゃいねぇ。なーんにも問題はないだろ」

 首領と呼ばれたチビは呆れながら、周囲を見渡す。捕虜の他に、新興宗教トルトル教の連中。二人にとっての、巡礼者にとっての、厄介な敵。

「目の前に問題が山積みなんだけど?」

「先客か? まぁそのための用心棒だろうよ。私は」

 信者が葉巻に詰め寄っていく。

「お前たちはなんだ、今ここはトルトル教が使っているのだ。お引き取り願…」

 信者の伸ばした手。それを取って捻り上げる葉巻。悲鳴。そのまま突き飛ばされ、後ろに倒れこむ信者。

「ほぅ、その服、かの有名なトルトル教さんか。終わりのない遠足、生涯旅をし続ける。全くいい教義だな」

「クソっ、死ねっ」

 葉巻の話を遮るように、血の気の湧いた信者たちがとびかかる。信者たちの手にはカランビットナイフ。しかしそれが振り降ろされるより速く、葉巻の鋼鉄の左義手が、ストレートが腹部に突き刺さる。

「とはいえよ、定住者をさらうのはいかがなもんかと思うがなぁ!」

 次の信者。刺突。身をよじる。避ける。その腕を取り、前方に放り投げる。後続の信者二人に激突。ものの数秒で計四人の信者がピクリとも動かなくなった。

 手をはたいて埃を払う葉巻とは対照的に、得物の鉄パイプを握りしめた首領は縮こまって青ざめている。

「葉巻マズイって。いきなりこんなことしたらこいつらもっと怒って…」

「ここの地下に目的のブツがあるんだ。お邪魔蟲は掃除しなきゃだろ」

「それに、こいつらが話してわかるような賢い連中に見えるか? バカにゃこういうコミュニケーションのほうがよっぽどいいんだ」

 教団側は教団側で、教祖が焦っていた。まだ残っている信者に耳打ちをしている。

「な、なにも、いきなり襲い掛からなくても。別にボクたちが出ていけば…」

「車で建物に突っ込んでくるなんて異常ですよ。きっと教祖様の命を狙う者に違いありません。そんなやつらに話が通じるとは思えません!」

「まぁ、ボクほど天才的で最高のカリスマになれば敵も多いけどさ…」

 ディスコミュニケーション。そんなものが起こっていることを、お互い知る由もないのだ。すぐに信者と二人の大乱闘が再び始まる。捕虜の少女だけが、それを見て目を輝かせていた。


 あーだこーだしているうちに、残っているのは…どさくさに紛れて捕虜を全員逃がし終えた首領。全員ぶちのめし余裕しゃくしゃくの葉巻。目の前の光景に驚いている教祖。三人だけだ。じりじりと二人が教祖に近づく。

「お前さん、もしかしなくても教祖じゃねぇか」

「ほんとだ。巷で有名な少年教祖様じゃん。はぁ…たまたま来たとこにこんなのと出くわすなんて、運が悪すぎない?」

「いやいや、前向きに考えるべきだぜ。別件で来たのに大物が釣れちまった。こいつ突き出せば億万長者だぞ~ってな」

「全く、金なんて巡礼者にはいらないって分かってるだろ。葉巻」

「冗談だ。地下のブツさえいただければそれでいいか。というわけで、大人しくお縄につきな。教祖さんよ」

 どんどん二人が近づいてくる。

「こ、こうなったらしょうがない…」

教祖は打って変わって不敵な笑みを浮かべ始めた。

「…はははははは! このボクをここまで追い詰めた奴らは初めてだ! そこは褒めてあげよう!」

「だけどキミたちはボクにはかなわない。絶対にね」

 凄まじい殺気。唐突に黒煙が立ち込める。教祖が赤い稲妻を纏い始める。粉塵は重力に逆らって浮かび始める。異常な現象を前に、余裕だった葉巻の顔が真剣な面持ちに変わる。首領はびびって後ずさった。

「ボクは妊娠しているんだ。今に残る、一番古い月光蟲を」

 言うやいなや、少年の腹から黒い流体が溢れ出す。流体は形を成していき、やがて前をも見えぬ巨体となっていく。黒色のムカデか、サソリか。おぞましい甲虫の姿を取る『月光蟲』が天井を突き破り、二人の前にそびえたつ。

 崩落する建物。葉巻は首領を抱え、左腕で瓦礫を受け止める。

「ほら葉巻ー! こういうことになるじゃん! カルトを怒らせると!」

「ああ、困ったな」

「困ったな、じゃない! 死んだらどうすんのさ!」

「だから今死なないように守ってるじゃねぇか。そして、この月光蟲も何とかしちまえば晴れてハッピーエンドだ」

「お前ほんと最高」

 崩落が収まった時には、月光蟲の横で勝ち誇った教祖がご高説を垂れていた。

「ボクの月光蟲は存在そのものを喰らうんだ。いくらキミたちが強くたって、もうおしまいだ!」

「最大にして最強の月光蟲の前では、何もかもが無力!」

 月光蟲が節足を、葉巻めがけて紐のように伸ばす。それに触れれば、存在ごと喰らわれ消滅することは必至。

「葉巻っ!」

 首領が葉巻の前に飛び出す。攻撃を代わりに受けた。黒い節足に飲まれていく。

 だが、消えていない。首領は立っている。

「…なんで? おかしい…おかしいおかしいおかしいおかしい!」

「ボクの月光蟲は無敵なんだ! どんなやつでも即! 消滅させる!」

「なのに…どうして!」

「月光蟲ーっ! 早くこいつを消すんだ!!」

 先ほどの威勢はどこへやら、泣きべそをかいて叫ぶ教祖。しかし、いくら節足が触れても首領は消えない。

「時間のかけすぎ、タイムオーバーってとこだな」

 いつの間にか、葉巻が教祖の目の前に立っている。首領に、かまけすぎたせいだ。

「嫌だ…ボクはせっかく生きようって決めたのに! こんなっ、所で!」

「殺さないでよ! やめて! ねぇ! ボクの信徒! 助けて!」

「ちょこっと痛いぞ、少年」

 葉巻は右手でポコッと教祖の頭を叩いた。イタタと頭を抱えるとともに、月光蟲は地面に溶けていき、やがて消えていった。


つづく

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