1-8
「なにぃ!?」
「いきなりはないんじゃない? 間ってものがない? 学校で習わなかった?」
ランドセルガールが力を込めると、鋼の拳が押し返される。
「この力……お前もAS能力者だな! そうでなければそんな貧弱な筋肉で押し返せるわけはない!! ドーピングだそんなもの!! 恥ずべき行いだ!!」
「【AS能力】使っておいてよく言えたものね」
AS能力?
聞いたことのない単語だ。
「オレは筋肉を硬化させることができる! だがその筋肉はトレーニングで鍛えたもの! お前とは違うわ!」
「なにその自分ルール。そのほうがよっぽど卑怯じゃん」
ランドセルガールはパンチを受け止める手をなんと片手に変え、左手でランドセルをまさぐった。
すると中から、フリスビーのようなものを取り出した。
よくよくみれば、その円には6つの穴が開いている。
あの形、どこかで見たような……そうだ、黒電話のダイヤルに似ている気がする。
「ほら」
と、そのダイヤルだかフリスビーだかが飛んできた。
「お、え?」
反射的に受け取ったが、うまくつかめずにお手玉してしまう。
落とさなかっただけ自分をほめてやりたいところだ。
「何やってんの。ピザでも焼いてる?」
幼女はほめてくれない。
「……いや違うか。回すのは焼くときじゃなかった……例え間違えた……」
またなんか反省してるし。
いや、そんなことはどうでもいい。
「これは何なんだ!」
「それを胸につけて。あ、ブラじゃないよ」
「見りゃわかるよ! 何かはわからないけど」
「いいからつけて! このマッチョも空気読んで待ってるんだから!」
そうなの!?
あるいは、ランドセルガールなりの冗談だったのかもしれない。
鋼は明らかに力を込めて彼女を押している。
冗談だとすれば、わかりにくい。
指摘したらまた反省しそうだからやめておこう。
……ふと。
妙に落ち着いている自分に気が付いた。
心臓の不協和音も止まっている。
そういう意味では、彼女の冗談のおかげかもしれない。
「それで、これを胸に? 何でだ?」
「うるせーっ!! いいからつけろばか!!」
すごく、怒られた。
わけがわからないが――
「そこまで言うなら……」
俺は、そのフリスビーを、恐る恐る胸に押し当ててみた。
すると、掃除機のコード巻取りを逆回転したように、大量のワイヤーが猛烈な勢いで飛び出した。
「うわっ!?」
ワイヤーは俺の体に巻き付いてくる。
手足にまで伸びていくワイヤーは、血管に張り付いていく。
「な、何だよこれぇ!?」
「同じリアクションばっか。再放送?」
「そういうのいいから何か答えてくれ!!」
「マジレスはひどない? それは、ブラッドスーツ。アンタのAS能力に合わせた装備だってさ」
「ブラッドスーツ?」
なんだそれ。なんだこれ。
変身ヒーローだったらもっと顔や体を覆うだろうが、手足や首の血管にかぶさるように、部分的にしか覆われていない。
両掌だけがバンテージのようにぐるぐる巻きで、特撮ヒーローの拳のように硬質化していた。
「ちゃんと装着できたか。それじゃ、選手交代」
「ぬおおおっ!?」
ランドセルガールは無造作に鋼の拳をいなして、こちらに向かってくる。
だ、大丈夫なのかそれ?
そんなことして怒らせるだけだろうに――
「ぬ! ちょうどいい負荷だったから腕を鍛えていたのに、逃げるんじゃない!」
「どこで怒ってるんだ!! お前ら二人ともマイペースすぎるんだよ!!」
異常に異常が重なった事態に、動揺こそ消えたが、理解は全く追いついていない。
「一応言っておくけど、本気でやらないと殺されるよ」
「え?」
ポンと俺の手にタッチしていくランドセルガール。
入れ替わるように、筋肉の塊が突っ込んできた。
「ヴぁオラあああああああああああああああ!!」