1-5
俺の手を引っ張る幼女――藍堂セル。
人の事を言えた義理じゃないが、ふざけた名前だ。
偽名としか思えない。
つまり、いたずらだろう。
「そういうのはよくない」
「え?」
「大人をからかって遊ぶのはいいことじゃない」
「何を言って……ああ、そうか」
セルと名乗る少女は、顎を引いて自分の服を見回した。
「そっか、衣装のまんまだった」
「衣装?」
「そ。セルは別に小学生じゃないから」
小学生じゃないだって?
俺は身長は高い方だが、それでも彼女は俺の腰くらいまでしか身長がない。
どう見ても幼女にしか見えないが……
しかし、嘘を言っている様子もない。
だとすれば――
「……そういう店の客引きってことか?」
飲み屋街の奥には、風俗店が立ち並んでいる。
中にはコスプレ系の店もあるだろう……などと考えた次の瞬間、視界が真っ赤に染まった。
一瞬遅れて、頭を揺さぶられる衝撃と、鈍い痛みが顔面全体に広がった。
ああ、ランドセルでぶん殴られたのか。
さらに一瞬遅れてそう気づいたときには、視界が元にもどっていた。
普通にやったら俺の頭までランドセルは届かない。
ジャンプして殴ったんだと思う。
そのせいでスカートが翻って、中の白いものが見えたが目の錯覚だろう。
どう見ても女児のものだったが、やはり気のせいだろう。
「だぁアホ! 誰が夜の蝶じゃ!」
ドアホ、が舌足らずすぎて言えてない……
あと方言はたぶんネイティブじゃない、気がする。
「もういい。いいから来て!」
強引に手を引く少女。
「いや、だから何なんだよ」
「説明がめんどくさい。ついてこないと痴漢だって叫ぶよ」
「なっ……」
なんて悪辣なちびっこだ……!
子どもが子どもであることを武器にしだしたら、危険極まりない。
驚いたのは、セルの力が驚くほど強かったことだ。
こんな小さい体のどこにそんな力が秘められてたのか全くわからないくらい、ぐいぐいと路地裏に引っ張られてしまう。
「なんだ君は、カブトムシの生まれ変わりかなにかか」
「30点」
「は?」
振り返りもせず、セルは言った。
「例えツッコミとしては悪くないけど、普通すぎるし、観客には重いものを運べるからカブトムシに例えたって伝わらないと思う。……例えば「どんな力だ! 前世はアトラスオオカブトか!」……違うかな……もっといい例えがあるはず……」
セルはぶつぶつ呟いている。
よくわからないが、何気ない一言が気になったらしい。
その間にも引っ張られて、薄暗い路地の奥に進んでいく。
エアコンの室外機の群れの他は、電飾が切れかかった看板がちらほらあるだけだ。飲み屋街の裏路地特有のすえた匂いが鼻をつく。
こんなところ、ランドセルを背負った幼女と歩いているという絵面だけで犯罪だ。
「ど、どこへ連れて行く気なんだ」
「どこっていうより、会いに行くだけ」
「会うって……誰に?」
「悪いヤツ」




