7-3
潔さすら感じさせる言い切りだった。
実際、その通りだ。決してウケていたとは言えない。
これも自虐なのだろうか……?
「……ああ」
「どんだけ人を笑わせるのが難しいか、わかった?」
「え? あ、ああ……」
それは痛いほど伝わって来た。
芸人さんはみんな必死に笑いを取ろうとしていて、それでも上手く行かず、もしワニガメ二億匹がいなかったら、大事故だったろう。
「これでも、笑えないことをするのが、どれだけ罪深いか、わかんない?」
なる、ほど。
それが、言いたかったのか。
「それは、その……話が違うというか……」
「ま、そういうヤツも笑わせてこそ、芸人でもあるんだけどね……」
空になったビールグラスのフチを指でいじくりながら、セルがつぶやく。
「この際だから言っちゃうけどね、わたし、こんな能力でしょ? 子どもの頃に、親に大ケガさせたことあんのよね……」
「……え?」
あまりにもサラッと言ったので、たわいのない雑談かと脳が錯覚する。
そのこちらの思考の空白の間に、セルは言葉を続けていく。
「そんなつもりじゃなかったんだけどね……癇癪起こして、ママを突き飛ばして、肋骨を折る重傷。ママはわたしに当たれないからパパに怒りを向けて、パパが育児に参加しないせいだって責めるし、パパはパパでそんなの八つ当たりだってわかってるから、大げんか。わたしもどうしていいかわかんないし、お互い腫れ物触るみたいで、家庭内が滅茶苦茶……」
「……」
言葉がない。
俺だって能力には振り回されてきた。
だけど……俺だけじゃないんだ。
そんな当たり前のことに、今更気づく自分のバカさ加減に腹が立つ。
「会話も無くなって、ただの惰性で家族一緒に晩御飯とってるときに、TVで何気なく流れていた番組にね、お笑い芸人の淡路屋めぐろ師匠が出てたの」
セルの話によく出て来る淡路屋めぐろと言えば売れっ子で大御所だ。TVを付けたらどこに出ていてもおかしくないし、俺ですら知っている名前だ。
「めぐろ御殿、知ってるでしょ? 大量のゲストを呼んでトークする番組。家族みんな、そんなにお笑いが好きってわけじゃなくて、会話がない生で間がもたないからつけてたTVだった。だけどね、めぐろ師匠のトークで笑ったの。あんなに笑いもない家族が、みんな一斉に」
空っぽのグラスの先に、セルは過去を見ていた。
「同じタイミングで笑えるって、家族だなって思えた。それがきっかけだったんだ。最初はぎこちなかったけど、気まずい時はとりあえずお笑い番組をつけて、一緒に笑って……そうして元の通り……かはわからないけど、ギスギスしてない家族に戻れたんだ。だから、わたしは、お笑い芸人になるって決めた。人が笑う時は、幸せがそこにあるから……」
その声は、ひどく優しい。
「……って、何ポエム言ってんだろ。カッコわる……」
「カッコ悪くは、ないだろ」
「え?」




