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それは、小学生のころからずっと頑張ってきた人たちからすれば、到底受け入れられることではなかったからだ。
まだ、普通にサッカーの才能があったというのなら、納得できただろう。
しかし、俺の場合は純粋に特異体質によるものだ。
言ってしまえば、女子の大会に男子が出るようなもの。
俺の存在は、理不尽の塊だった。
孤立してしまっても、一人でボールを奪い、ゴールを決められる俺を、コーチは優遇した。
そのことでさらに孤立は深まり、耐え切れなくなって部活を辞めた。
コーチはさんざんに引き留めてきたが、とても続ける気力はなかった。
それからどう過ごしたかも覚えていない中学を卒業し、俺は高校に入った。
なるべく俺を知らないところがいいと、遠くの高校を受けたが、すぐにばれてしまった。
心臓が6つあるなんて体質の人間、ほかにいるわけがない。
健康診断で教員に知れ渡り、俺のことを知っていたらしいサッカー部の顧問を経由して陸上部顧問の耳に入った。
顧問の先生は熱心に俺を勧誘してきた。
その熱意に折れ、陸上部に入ることになった。
「個人競技だけならどうだ?」
という誘い文句は、魅力的でもあったからだ。
実際、その時の俺は、まだこの心臓の活かし方を探していた。
こんな体質ほかにはいない。
きっと、正しい使い道があるんだと、そう信じていた。
馬鹿なことに、だ。
やがて、俺は陸上部で、華々しいデビューを飾った。
ロクに練習もしないうちから、なんとマラソンの日本記録を出してしまったのだ。
これは衝撃をもって全国どころか世界のニュースにもなった。
そして、また俺は孤立した。
部活の中だけでなく、競技界の全てから。
個人競技とはいえ、同じ部の部員たちはいるし、対戦する相手もいる。
俺は、そんな競技者たちの努力をムダにしたのだ。
競技の趣旨に全くそぐわない存在だったのだ。
努力もせず、最高の結果を出せてしまう人間は、存在するだけで迷惑なのだ。
そんなのがいるとすれば誰ももう頑張らなくなる。
俺がその競技にいることが、その競技を衰退させてしまう。
もちろん、練習嫌いのスーパースターはいくらでもいる。
才能だけでのし上がったスポーツ選手は星の数ほどいる。
だが、心臓が6個あるわけじゃない。
生まれつきエラ呼吸ができる人間が、潜水競技に出たらどうだろうか?
素晴らしい才能だと認め、他のみんなは潜水競技を続けるだろうか?
実際はそうならないだろう。
おそらく競技としてはそこで終わる。
俺は、そういう存在だった。
結局、センセーショナルなデビューだっただけに、全世界を巻き込んだ論争になった。
もし、自分がトレーニングをして五輪に出れば、金メダルは確実だろう。
だからこそ問題だった。
連日、国内外のマスコミからも意見を求められ、俺はもう耐え切れなくなっていた。
部員からは疎まれ、その空気が伝わってクラスでも完全に孤立していた俺は、完全に人間不信に陥り、ほどなくして学校を中退した。
父の姓を捨て、出花という母方の姓に変えた。
おかげで「出鼻からアウト」のようなひどい名前になったが、そんなことよりも、もう自分を誰にも知られたくなかった。
それからは、フリーターとして食いつないで来た。
現代では、高校を中退した人間が就職するというのもなかなか難しい。
俺のように人間不信でコミュニケーションに難があればなおさらだ。
バイトも長く続かず、逃げるように各地を転々とし、縁もゆかりもない青鮫市に落ち着いた。
そうして、現在、28歳となった俺は、ハンバーガーのチェーン店でレジ打ちをしている。
レジの前には長蛇の列。
正面には激怒したおばちゃん。
どうやら先ほど渡した商品にストローが入っていなかったらしく、怒り狂っている。
ストロー一本くらいで何で……とは思うが、こちらに非があるのも確かだ。
しどろもどろに対応しているうちに、列はどんどん伸びていく。
俺のせいで、人が流れた隣のレジまで列が長くなってしまった。
ああ、いつもは厨房だからレジ打ちはしないのに。
ちょっとレジ担当の一人が抜けないといけない用事が出来て、一時変わっただけだったのに。
やがて、レジ担当が戻ってくると、俺を押し出すようにレジに戻った。
そのレジ担当の女子高生が放った一言が、耳に焼き付いて離れない。
「出花さん、何なら出来るんですか」
10も下の年の子に、返す言葉もない。
厨房に戻った俺は、ハンバーガーを焼くプレスの機械の前で自然につぶやいていた。
「俺に、使い道なんかあるのか……?」
心臓が締め付けられた。
人の、6倍。