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「今回は命がけの任務になる」
「え?」
翌日、急遽呼び出されたAASの基地で、バケツ長官は開口一番――口は見えないのだが――そう言った。
冗談かとも一瞬思ったが、同じく呼び出された
「先に言っておきたいのだが、最初にハガネのもとに向かわせたことには理由がある。それは、クラウレンの構成員の中で彼の「危険度が一番低かった」からだ」
「あれで、危険度が低い……?」
ハガネは体を硬化させるAS能力を悪用し、大暴れしていた。
その攻撃を実際にくらって吹っ飛ばされたときは、死んだかと思ったくらいだ。
「彼は暴力をむやみに振るうが、殺人を目的とはしていない。過失致死を引き起こす可能性はあるけどね」
「ちょっと待ってくれ、だとしたら……」
「そう。これから君が戦うのは本物の人殺しだ。平気で人の命を奪う輩だ」
「そんな悪党が……」
「あんた、何で笑ってるのよ」
「え?」
何のことだ?
セルがサッとコンパクトを取り出して俺の顔を写した。
すると、小さな鏡に映った自分の顔は、緩んでいた。
「……」
バケツ長官が、何か言いたげにこちらを見ているように感じたが、気のせいだったかもしれない。
「へらへらしてんじゃないわよ。で、長官、今回の相手は何?」
「ハガネをAS能力者専用監獄に移送中だったのだけど、護送車が襲撃されたんだ」
「嘘っ、そこまでやる!?」
セルがリアクション大きく声を上げた。
俺はそもそも2度目の出動だから、それが驚くことなのかはわからず、呆けていた。
「護送車が襲われるのは珍しいのか?」
「当然よ! ヤクザでもやらないでしょそんなの!」
言われてみればそうかもしれない。
「じゃあ、武装した集団でも襲って来たのか?」
「いや、一人だ」
「ええーーーーーーッ!?」
今度のセルのリアクションは流石にわざとらしかった。
それに自分でも気づいたらしく、少し落ち込んでいた。
「おそらく、犯人はクラウレンの【ソルティ】だ。護送車の走行が塩と化していた」
「塩? あの、砂糖とかの塩か?」
何かの聞き間違いかと思ったが、バケツ長官は頷いた。
「ソルティはクラウレンの幹部だ。物質を塩化させる能力がある。装甲も手形に穴が空いて塩が落ちており、おそらく掌で触れたものを塩化ナトリウムに変えてしまう力と思われる。これが人間に対しても有効な可能性がある」
「人間に、使うのか?」
ぞわ、と肌が粟立った。
「使う、だろうね。……人間と同量の塩の塊が発見されたことがある」
「!?」
人を、塩に……
そんなこと出来るのか?
いや、やれるのか?
ただの人殺しじゃないか。
人を殺すなんて……
「彼らは殺すよ。クラウレンの首領に至っては大量殺戮を行っているからね。だから最後の確認だ」
バケツ長官は、そのバケツの向こうに真剣な目があるのだろうと感じさせる真摯な空気を纏っていた。
思わず、生唾を飲み込む。
無意識だったので、自分の喉を唾が通る音でそれに気づいた。
「今回は命がけになる。それでもやるかい? 辞めるなら今だ」
言葉は厳しかったが、どこか優しい色が乗っていた。
一瞬、頭の中が真っ白になったが、口を開き――
「当たり前でしょ。仕事は何だって命がけなんだから」
「いや、君には聞いてないんだけど……もう何度も出撃してるし」
ふんすふんす、と鼻息荒いセルにバケツ長官も俺も間を外されてしまった。
それでいてこういう時は気づかないし、反省もしていないようだ。
……先輩に怒られるだろうな、舞台とか。
「……ええと、この空気で聞くのは酷なんだけど……」
ばつが悪そうに呟く長官。
このバケツの傾き具合で中の感情が透けて見えるあたり、能の世界だ。
「君は、行くかい? もちみくんは辞退したが、それは正しい判断だと思う。非常に危険な任務なのは間違いないんだ」
そうか、それでもちみの姿はなかったんだな。
「俺は行くよ」
「命をかけてでも?」
「行く。行かなければ死んだままだから」
「……」
バケツ長官は、俺の言葉に頷かず、明後日の方向を向いた。
「……これまで、数は多くないけど、いろんな隊員にこの質問をしてきたよ。でも……正直言って君が一番心配だ」
「それはどういう……」
「……だが、本人の意志を尊重したい。出撃する以上はこの二つの命令を守ってもらう」
振り返ったバケツ長官。
相変わらずバケツにはへのへのもへじすらなく正確な表情は読めないが、言葉は真剣そのもの。
「もし戦えないと思ったら逃げること。ただし、二人で逃げること」
ビビッて逃げるのはいいが、仲間を見捨てるな、と。
「了解」
それは問題ない。
「話は終わった? それじゃ行くから」
ランドセルとマスクをしたセル、いやランドセルガールが胸を張って言う。
彼女の後ろで、きららさんが眉毛をハの字にしていた。
「あの~、まだ場所がどこかとかも言ってないんですけど~……あっ、それともLINEで来てました? 私、見てなくて……あっ! 携帯、家に忘れてきちゃった!!」
きららさんは慌てて走り出し、自分の足に引っかかってすっころんだ。
「……」
場所すら聞かずに飛び出そうとしていたランドセルガールは、それを突っ込まれて恥じる隙すら与えられず、きららさんの天然地獄に巻き込まれて呆然としていた。
「……これが、才能ッ!」
下唇を噛んでいるけど、たぶん違うよ?




