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「……頭がこんがらがって来た」
途中から何を言っているかもうよくわかっていない。
「一度に話過ぎたみたいだね。少し休憩しようか」
バケツ長官がカップを置く。
すると、奥のほうからとことこと女性がやってくる。
どうやら代わりのコーヒーを持ってきたようだ。
成人女性ではあまりみかけない三つ編みだが、よく似合っていて、よすぎるスタイルに制服のサイズが合っていないのか、ちょっと目のやり場に困るタイプの人だった。
長官の秘書のようだが、ほのぼのしたオーラは、自分が通っていた幼稚園の保母さんを思い出す……。
「ひゃわ~!」
その女性が何もない所でつんのめった。
足全体を覆うラバー製の室内靴は、たまにそういうことがあるよな……なんて、放物線を描きながら飛んでいくコーヒーカップを見て考えていた。
コーヒーカップは中身をぶちまけながら、バケツ長官の頭に向かっていった。
そして、カップが着弾。
追って慣性の法則でついてきた熱々の液体が降りかかる。
「いだっちぃ!?」
痛いと熱いが短い間隔で襲ったせいか、わけのわからない悲鳴を上げてバケツ長官が飛び上がった。
熱いんだ……アレ……
バケツの上からでも……
「きららくん! コーヒーを注いでくれるのはありがたいが、頭ダイレクトの8日連続は新記録すぎるよ!?」
「すいませぇん!? すすすすす、すぐ拭きます!」
動揺しつつ、ポケットからハンドタオルを取り出す女性――きららさん。
ハンカチではなくタオルなのは、かけなれているということかもしれない。
いや、工夫の方向はどうかと思うけど。
8日連続て……
しかも新記録ってことは断続的に引き起こしてるってことだよな……
「アンタ、いま色々考えてると思うけど、慣れたほうが楽だから。セルも最初はツッコミがいがあるなんて思ってたけど、疲れるだけだったし」
そういうセルは牛乳をまた飲んでいる。机の上に空き瓶が4本もあるあたり、5本目なのか。
人の事、言えないんじゃないのか。
「……コホン」
バケツ長官が咳払いをした。
どこが口かはわからないけど。
「少なくとも、今はむしろAS能力者のほうが問題なんだよ。人を超えた力を得て、悪用してしまう者が多いんだ」
「それでAASか」
「そう。僕らAASだ。AS能力者をAS能力者によって制す、そういう組織だよ」
「AS能力者によって……? じゃあ、セルの他にもたくさんいるのか?」
「今のところ、ランドセルガールの他は2人だけだね。後は僕らのようなバックアップのスタッフだ。AS能力は、希少なんだよ」
「ふぅん……」
セルといい、ハガネといい、立て続けにAS能力というものを目の当たりにしたので、たくさんいるのかと思っていた。
「きららさんはAS能力者なのか?」
「とととととととととととととととととととととんでもない!!」
きららさんは首をぶんぶん振って否定していた。
いくら何でも「と」が多すぎると思う。
「私なんかなんの能力もありませんよ……そのせいでいっぱいクビになってきましたし……あら? 考えてみれば、なんでここで雇ってもらえているんでしょう?」
「きららくんらしさを買っているんだ」
「そんな~、私なんか凡人ですよぅ。もちみちゃんくらい個性的ならともかく……」
もちみ?
「そうだ、もちみくんも紹介しなくては」
きょりきょろと――どこが目かもわからないが――辺りを見渡すバケツ長官。
「あれ? さっきまでいたのに」
制服を着ている職員らしき人が他に2人ほど見えるが、その人たちではないのか。
ちなみにその二人は、メガネをかけた男性で、こちらを一瞥もせず、一心不乱にキーボードを叩いている。相当に忙しそうだ……。
「おーい、もちみくーん」
「どーせ、隠れてるんでしょ? アイツ、もの凄い人見知りだし」
「参ったな……能力を使われてたら見つけるのは相当に大変だぞ」
隠れるのに適したAS能力ということか。
「どうせ、机の下にでも潜り込んで……」
セルが机をあちこち覗いて回るが外れのようだ。
「ダメだ。どこ行ったのよほんと」
いないらしい。
いや、能力がそれだけ凄いということなんだろう。
と、そこに、きららさんがおぼんを携えてやってきた。
「コーヒーのお替りを持ってきました~」
なんとなく。
なんとなくだが展開が読めた。
俺のAS能力は予知でもなんでもないが、それでも確信できる何かがあった。
果たして、きららさんは躓いてコーヒーカップを盛大に放り出してしまい、そのコーヒーは、壁の配電盤に向かって飛んでいった。
「あら」
配電盤に降りかかるコーヒー。
「うわっちゃあああ!?」
配電盤のドアから飛び出してきたのは、ぽっちゃりした女性だった。
服はぴったりとしたスポーツウェアのようなタイツだが、体型が強調されている。
癖っ毛の黒い髪がもさもさと腰まで伸びており、無精さを思わせる。
あまりに突然かつ意味不明なため、声も出なかった。
というか――
「どうやってそんなところに入ってたんだ……?」
配電盤は縦1メートル、横40センチほどだろう。
その上、中には機材が詰まっている。
太めの成人女性が出て来る隙間などないはずだ。
「ちち……もう! 何するんスか!!」
灰色のスポーツウェアをコーヒー色に染め、その女性が叫ぶ。
「すいませぇん、もちみさん……着替え持ってきますから……」
「いいっスよ。また転ぶかもだし……自分で行くっス」
去って行く彼女をぼーっと見ていると、くまのある目で睨まれた。
「何見てるんスか。そんなにボクのだらしない体型が珍しいっスか」
「い、いや、どうやってあんなところに入れてたのかって思って……」
「ああ、もちろんAS能力っスよ」
もちみは、自分のほっぺたをにゅーと引っ張ると、それがどこまでも伸びていく。
「え? え?」
「ボクの能力は、体を自由自在に変形させられるんスよ」
「だからってあのスペースじゃ無理だろう?」
どう考えても配電盤は薄く伸ばしたところで入れるスペースはない。
それこそ今着てる服くらいなら何とかなるだろうが……。
「配電盤からは電源ケーブルをつなぐ配線があるんスよ? そこに入って状況を伺ってたんスよ……まぁそこに熱々コーヒーが流れてきたんスけど」
「ごめんねぇ~」
「許すっス」
「ありがとねぇ~」
「はいはい、オチの無いトークはいいでしょ」
パンパンと手を叩いてセルが流れを止める。




