2-2
「AASとは、アンチ・AS能力組織の略なんだ。つまりAS犯罪に対する警察と言っていいね」
AASか……なんかケツみたいな名前だな。
ケツというかバケツだが。
そんなバケツ男がコーヒーを飲んでいる。
どうやって飲んでいるのかは全く分からない。バケツに吸い込まれているのか?
差し出された椅子に座り、バケツと向き合っている自分がひどくシュールに思えてくる。
「おや、そもそもAS能力とは何か、とは言わないのだね」
コーヒーの飲み方が気になりすぎて話が全然入ってなかった。
セルはセルで牛乳を一気しているし、もうちびっこにしか見えない。
「あ、ああ……そうだ。AS能力って何なんだ」
「【シンギュラリティ】という言葉を知っているかい?」
「聞いたことはある。詳しくはないが……」
ニュースだったか漫画だったか……どこかで言っていた。
「技術的特異点。AIの進化が人類の想像を超えることだね」
「それがどう関係してくるんだ?」
「AS能力というのはね、【アンチ・シンギュラリティ能力】の略なんだ。つまり、シンギュラリティに対する人類側の抗体反応と言える。人類の想像を超えるAIが、予測できないほどの劇的進化、と言い換えてもいい」
シンギュラリティへの抗体?
いや、おかしくないか?
そうだ、思い出した。あれはSF漫画で知ったんだ。
それでは確か――
「シンギュラなんとかって、まだ起こってないなんじゃないか? SFの話だった気がするが……」
「ふむ、いいところに目をつけたね」
目がどこにあるかもわからないバケツに言われるのはシュールだった。
「知られていないだけで、もうシンギュラリティには到達しているのだよ。この世のどこかでね」
「にわかには信じられない話だ……俺の見たSF漫画だと、シンギュラリティに達したらAIに人類が支配されていたけど、何も起こってないじゃないか」
「強者が支配や絶滅を引き起こすだろうというのは、人類の価値観だ。人類の思考をAIが超えているのだから、全く違うことを考えていても不思議ではないよ。例えば、人類の歴史を余さず記録するのを使命と考えたとしたら、干渉もしてこないだろうしね」
「なるほど……」
確かにその通りだ。
人類以上の思考力の存在が、型どおりのことをすると考えるのは矛盾だ。
「AS能力者が現れたことで、シンギュラリティを起こしたAIの存在が確定したが、それが人類に攻撃的な活動をしているという報告はない、というのが現状だね……と、話が逸れたね。一番、大事なことから伝えるべきだった」
「一番大事なこと?」
「聞きたいことがあるんじゃないかい?」
「……それは、俺が……AS能力者かどうかってことか?」
「聞きたいかい?」
「……呼んだ時点で答えは出てるようなもんだろう。戦闘までさせといて」
「それでも段階を踏んだ方が受け止めやすいと思ってね。もちろん、君は、AS能力者だ。その6つの心臓は、AS能力なんだよ」
「そうか……」
言われて何が変わるわけではないんだけど、少しホッとした。
この異形の体の正体が明らかになったことで、どこか胸のつかえが取れた気がする。
長年悩まされていた症状に、ちゃんと病名がついたような感覚だろうか。
「だが、これが進化と言われてもな……」
「スポーツ万能だったろう?」
「そのおかげで地獄を見たけどな……くそっ、どこかのパソコンが進化したせいで、いい迷惑だ」
万能が幸福とは限らないというのは皮肉な話だ……。
「……君の場合は胎児の時点で発現していたからね。能動的な発現じゃないぶん、世の中とのすり合わせが上手く行かなかったんだろう」
「みんな生まれつきじゃないのか?」
「ひとそれぞれだよ。ただ全員が30年以内に生まれている人間ということを考えると、シンギュラリティ以降に生まれた人間には少なからず因子があり、稀にそれが発現する、という方が正しいかもしれないね」




