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後編

「ミクちゃんに、好きな人が居るんだー……」


 頭が()(しろ)になるっていう表現があるけど、あれは本当なんだなぁと思った。ふわふわした感覚があって、足に(ちから)(はい)らない。それでも未来(みく)ちゃんに追い付かれたくなくて、帰り道を私は(いそ)いだ。早く家に帰ろうと、横断歩道を渡りながら私は前しか見てなくて────横から猛スピードで突っ込んできたトラックへの反応が遅れた。


「えっ……」


 何で? だって横断歩道は青なのに、などという事しか思い浮かばなくて、足が(まった)く動かない。トラックのスピードは落ちなくて、私は死ぬんだと思って……だからトラックが、横から飛来(ひらい)してきた()()衝突(しょうとつ)して、ごしゃあああ!と音を立ててドア部分が陥没(かんぼつ)して、進路を変えて曲がって電柱(でんちゅう)に突っ込んで()まった時は本当にビックリした。


(あぶ)ない、(あぶ)ない。私が発明した、(でん)磁力式(じりょくしき)の小型ロケットパンチが炸裂(さくれつ)しなかったら、世の中から一人の美少女が消えていた所ね。大丈夫?」


 電動式のローラースケートを()いて追い付いてきた未来(みく)ちゃんが、私の手を引いて横断歩道から歩道へと戻してくれる。ローラースケートも彼女の発明品で、自動の姿勢(しせい)制御(せいぎょ)装置(そうち)が付いているから、誰でも(ころ)ばずに(すべ)れるのだと私は聞いた事があった。


「うん……大丈夫だよー」


「そう。なら(いそ)いで、ここから(はな)れるわよ。トラックを()()ばしちゃったから、私が加害者として警察に捕まるかも知れないし。ほら、(いそ)いで(いそ)いで。おっと、その前にロケットパンチを回収(かいしゅう)しないとね」


 未来(みく)ちゃんが右手をトラックに向ける。トラックのドアに()()んでいた、金属製のグローブが、磁石で吸い付けられる鉄のように彼女の手元(てもと)へと飛んで戻った。そのロケットパンチ?を右手に付けて、左手の方で彼女は私の手を(つか)んで、私が走る速度に合わせてローラースケートで引いてくれる。


「ね、見た? あんな小さな金属の(かたまり)でも、(いきお)()高速度(こうそくど)()()せばトラックでも()()ばせるの。あれこそがインパクトであり、私が求める『重さ』よ。変質者から身を守る護身(ごしん)グッズとして、ロケットパンチを発明しておいて良かったわ。射出(しゃしゅつ)装置(そうち)が少し大きくて、コートで隠さないと警官から呼び止められるのが難点(なんてん)だけどね。おっと、電力供給の問題をどうやってクリアしたかは企業秘密よ」


「何を言ってるか分からなーい」


 もう滅茶苦茶(めちゃくちゃ)だなぁと思いながら、(たの)しそうに笑う未来(みく)ちゃんに()られて、自然に私も笑う。笑いながら、もう幼馴染の彼女から逃げるのは()めようと私は思った。




「あのトラックの運転手さん、大丈夫かなー? ごしゃあああ!って音が(すご)かったけど」


「死には、しないでしょ。信号無視で貴女を()()けてたドライバーに、私は同情しないわよ。異世界転生ものじゃないんだから、トラックに()()()()()()()られても(こま)るわ。そもそもライトノベルの冒頭で、お約束だか知らないけどトラックが悪者になる展開もどうかと私は思うわよ? たまにはトラック(がわ)が被害者になっても良いんじゃないかしら。そんな展開も悪くないと思う私なのでした」


 相変(あいか)わらず未来(みく)ちゃんの話は、何を言っているのか分かりにくい。いつも通りなので、(かえ)って私はリラックスして彼女の話を聞いていた。ちなみに今の私達は、私の家で二人きりで居る。命の恩人(おんじん)(さま)である彼女に、お茶など出してから、私は未来(みく)ちゃんと向き合っていた。


「ねぇ、ミクちゃん。私ね、いつまでもミクちゃんと、(むかし)のままで居たかったの。ずっと変わらないまま、私のお友達で居て()しかった。でも、それは我儘(わがまま)だよね。だって私達は成長するんだから。大人になっていくし、恋愛感情だって生まれる。いつまでも、お友達のままじゃ居られないんだねー……」


 言いながら、涙が出てきそうで、ちょっと上を向く。しっかりしろ、私。未来(みく)ちゃんの恋愛を笑顔で応援するんだ。


「……だからね。ミクちゃんが誰かを好きになったのなら、それは素敵な事だよ。相手が同性でも異性でも、私は応援する。それでも、昔みたいに行かなくてもいいから、少しは私とも仲良くしてねー……」


 未来(みく)ちゃんが誰かを好きになったと聞いてから、私は彼女に対する、自分の気持ちが何なのかを理解した。でも、もう(おそ)い。今の未来(みく)ちゃんは頭が良くて、誰とでも()()う素敵な女子だ。その恋路(こいじ)を私なんかが邪魔(じゃま)しちゃいけない。だから泣くな、私。


「……ねぇ、私が誰を好きなのか、まだ気づいてないの? 本当に?」


 私が涙を(こら)えていると、未来(みく)ちゃんが、そんな事を言ってくる。どういう事だろう。


「……気づいてないみたいねぇ、(ぎゃく)に感心しちゃう。さっき貴女は、みんな大人になって変わっていくって言ったけど、私は昔から気持ちが変わってないわ。昔も今も、私が好きな子は、たった一人よ。私の気持ちは、貴女の背中に(かく)れて付いて回ってた、あの時のままだから」


「え……」


「……ちょっと待ってて。今、心に(いきお)いを付けるから……大丈夫(だいじょうぶ)よ、私。もっと強く、もっと勇気を持つの、プリキュアみたいに……一生懸命、勉強もした。プリキュアみたいに強くなって、いつか好きな人を守れるようになりたくて。ロケットパンチなんかも作れるようになった」


「ミクちゃん……」


「いいわ、今、渡しちゃうから。バレンタインデーは明日だけど、また貴女に誤解されて、それでトラックに貴女が()ねられて死別(しべつ)しちゃったら一生(いっしょう)、私は後悔するわ。だから今、私が持っている、お店で買ったチョコレートをどうか受け取って。料理なんか出来(でき)なくて、その(ぶん)綺麗(きれい)にラッピングしてもらう事でしかアピールできないけど。計画が台無(だいな)しで、適切(てきせつ)なタイミングなんかじゃ(まった)く無いけれど……このハート(がた)のチョコレートが私の気持ち」


「……………………」


「私は、貴女の事が昔から好きでした。そして、今も好きです。どうか私と、恋人として付き合ってください。お願いします」


 未来(みく)ちゃんが()()な顔で、私に頭を下げて、両手で突き出すようにチョコレートを差し出してくる。もちろん、私の答えは決まっていた。




「ミクちゃーん、一緒に学校に行こー」


 今日はバレンタインデーで、学校では告白(こくはく)や愛で何処(どこ)も盛り上がる事だろう。私は昨日、(すで)にチョコレートを受け取っているのでイベントには関心(かんしん)が無い。


「あ、うん……ねぇ、腕を組んだまま、学校に行くの?」


「いいじゃなーい、もう恋人同士なんだからさー。周囲に見せつけちゃおうよー」


「デレたら変化が(すご)いわねぇ。私が計測できなかった、デレの重みを感じるわ……」


 未来(みく)ちゃんが言う事は相変わらず分からないけど、私は(まった)く気にならない。一度、手に入らないと(あきら)めていた、大好きな彼女が今は私の恋人である。もう絶対に(はな)さないと私は決めた。


「ねぇ、ミクちゃん。これまでミクちゃんの気持ちが分からなかった私も悪いけど、ミクちゃんもチョコを渡すまでが回りくどかったよねー。おかげで私、フラフラ歩いてトラックに()かれかけちゃったし」


「ああ、ええ、うん……その際は危険な目に()わせて、(もう)(わけ)ありませんでした」


「ううん、いいんだよー。私は助けてもらったし、むしろミクちゃんの回りくどい行動のお(かげ)で、自分の気持ちを理解できたから。その理解が無いまま告白されても、受け入れられたかは分からないしねー」


 未来(みく)ちゃんは恐縮(きょうしゅく)してるけど、結局、あの回りくどい()()りが私達には必要なんだったと思う。彼女が言っていた、『隣の家に行くまでに、反対方向に地球を一周(いっしゅう)してから辿(たど)()くような回り道』が、きっと私達のハッピーエンドに必要な助走(じょそう)距離(きょり)だったんだろう。


「それはそれとして、ホワイトデーは三倍返しって言うよねー。このお返しは(かなら)ず、するからねー」


()()かしら。貴女の言葉から、ヤンデレの波動を感じるわ。これが計測不可能なデレの重さ?」


「ミクちゃん、あの電磁力式の小型ロケットパンチって、一つ(もら)えるー?」


「何に使うの!? まさか私への三倍返し!?」


「違うよー。今後、ミクちゃんに手を出すライバルを撃退(げきたい)するためだよー。浮気とか許さないからねー、大好きだよミクちゃーん」


 未来(みく)ちゃんは何だか(こわ)がってるけど、私がロケットパンチを使うとしたら、それは私達の恋愛を守るためだ。これから続く、ハッピーエンドまでの楽しい助走(じょそう)距離(きょり)想定(そうてい)して、私と彼女は腕を組みながら学校へと向かった。

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