前編
「つまりね、必要なのは重さなのよ」
私達は中学一年生で。学校の教室で放課後、幼馴染の未来ちゃんが、そう私に熱く語りかけてきた。
「どうしたの、ミクちゃん。また発明の話ー?」
私は語尾を伸ばすのが癖で、自分でも子供っぽいと思うんだけど、なかなか治らない。そんな私に話しかけている未来ちゃんは、とっても小さくて、確か身長が一三〇センチしかない。だけど話し方は大人みたいで、そんな彼女は、よく私に色々な事を語ってくるのだった。
「そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるわね。訳あって詳細は語れないけれど、とある計画のために、私は重さに付いて考察してる所なの。だから良かったら、話を聞いてくれる?」
「うん、いいよー」
発明のための考えをまとめようとしてるのかな。珍しい事じゃないので、私は気安く応じる。
「ありがとうね。それで話に入るけど、まず言いたいのは、ここでいう『重さ』はインパクトの事なの。格闘技で言えば打撃力。小説や物語で言えば、心に残る衝撃の大きさね」
「ふむふむー、分からないやー」
「正直ね。いいのよ、さっきも言った通り、詳細は話せないから。むしろ貴女にバレちゃったら不味いというか。バレンタインだけにね。ああ、何でもないわ。特に上手くも無い話だし」
「ふむふむー、それでそれでー?」
「つまりね、とある計画のために、私は大きなインパクトを必要としているのよ。それが、いわゆる『重さ』って訳。重いって言っても、何ていうの、ヤンデレ? ああいう重病患者みたいな要素は、いらないのよ。そもそもヤンデレの重さって、単位で測れないしね」
ヤンデレって何だろうと思いながら、「測れないのー?」と私は相槌を打った。
「測れないわよ。ヤンデレを測る単位って何? 一ヤンデレ、百ヤンデレとでも言うの? そんな、重病患者が百人いるような光景が出てきても困るわ。私が求めている『重さ』は、もっと計測可能な要素なのよ。計測できないものを私の計画に持ち込む訳には行かないから」
「ふむふむー。つまりミクちゃんは、詳細を語れない計画のために、その『重さ』というかインパクトを求めてるんだねー」
「そうそう、そういう事なのよ。さすが私の幼馴染だわ愛してる結婚して。ハッ! つい口から本音が! いえいえ今のは何でもないのよ気にしないでね」
「今ちょっと聞き逃したから、気にしてないよー」
「ありがとう、そんな迂闊な貴女が好きよ。それでね、私が求めているのは計測できる『重さ』なのよ。重さというか、さっき言った通りのインパクトをね。格闘技やスポーツで言えば、スピード×重量。後は勢いを付けるための移動距離。平たく言えば、ある程度の重量を持った物が、高速度で勢いを付けて衝突すれば、標的はノックダウンという訳」
「ミクちゃんは何を計画してるのー? 暗殺ー?」
「心配しなくても人死には出ないわ。今回の計画は、小説で言えば年齢制限なしで読めるショートコメディーよ。R15でもR18でも無いわ。小学生でも読める作品だからチェックしてフォローしてね。新規読者は随時、募集中よ」
「私達は中学一年生だよー。ミクちゃんは小学生って誤解されやすいけど」
「そうね、低身長だからね私。おかげで変質者に気を付けないといけないわ、まあ自衛手段のアイテムも発明してるけど。そんな事はいいのよ、話が横道に逸れちゃったわ。言いたいのは、私がインパクトを求めているという事なの。貴女のハートにストライク!という訳ね。そしてストライクを取るためにはコントロールが重要なのよ。威力があっても、見当違いの方向に飛んで当たって、相手の心臓が止まっちゃったら危ないから」
「良く分からないけど野球の話ー?」
「正確には違うけれど、まあ近いかもね。野球は良いわよぉ、数値で表せる要素が多くて分かりやすいわ。野球と同様に、私も合理性を求めて計画を進めたいわね。今の時代、セイバーメトリクス的に送りバントは否定されているの。それが分かってないから、日本はWBCで長い間、優勝から遠ざかってたのよ。投手だから送りバントというのは固定概念なのよ、大谷翔平はホームランを狙うべきなのよ!」
「おおたにしょーへー?」
「ああ、私ったら熱くなっちゃったわ。いいのよ、ゆっくり私と野球を学びましょう。WBCは来月、開幕するからね」
未来ちゃんが、愛おしい子供に向けるような視線で私を見る。最近の彼女は、こういう視線を向けてくる事が多くて、そうされるのが私は大好きだ。
「何処まで話したかしら、とにかく『重さ』というかインパクトの話ね。コントロールも重要だけど、物事には勢いも大事なの。つまり勢いを得るための移動距離が必要なのね。野球で言えば、野茂英雄のトルネード投法。体をねじってから投げる事で、大きいフォームでボールに勢いを付けられるの」
「良く分からないー」
「いいわ、野球で例えるのは止めましょう。そうね、プリキュアで行きましょうか。あれが分かりやすいから。先月まで放送してたシリーズがあったじゃない。ヒロインのパンチ力がkcalで表されてた、食がテーマのアニメ。私の計画にも食べ物が関わっているから、丁度いいわ」
「あー、面白かったねー。あのアニメ、ミクちゃんと一緒に劇場版も観たし」
「良かったわよね、『ごはんは笑顔!』っていう、あのセリフ。感動的で涙が出ちゃった。それはともかく、ヒロインのパンチがあるじゃない。『2000kcalパーンチ!』っていう、体をひねりながら空を飛んで放つパンチ。ああやって、ひねりながらパンチを打つから移動距離が稼げて勢いが付くのよ。私が言いたいのは、そういう事ね」
「ああ、あれなら分かるー。勢いが付くパンチだから強いんだねー」
「そうよ、勢いは大事なの。良かったわ、伝わって。さすがプリキュアね、農林水産省が公式ツイッターで推していただけの事はあるわ。新シリーズも期待大ね」
未来ちゃんが目を輝かせてアニメを語る。彼女は昔から体が小さくて、家が近所だった関係で、いつも私達は一緒だった。昔の彼女は怖がりで、いつも私の後ろを付いて歩いていて。プリキュアのアニメを見るようになってからは元気な子になって、昔から頭が良かったから発明も始めて、今は特許も幾つか取っているそうだ。
「もう、ミクちゃんは、私の後ろに隠れる必要も無いんだねー……」
「ん? 何か言った?」
「あ……ううん、何でもないよー」
「そう? じゃあ、そろそろ私の計画に付いて話しちゃうわね。いつまでも勿体ぶってたら逆効果だし。色々と横道に逸れて分かりにくかったかも知れないけど、要するに私はチョコを送りたいのよ。バレンタインデーにね。もうチョコレートは用意してるから、後は渡すだけだわ」
「え……ミクちゃん、好きな人が居るの……?」
「えぇ、居るのよ。貴女は全っ然、気づいてないみたいだけど。私の好きな人は、どうやら私の事を友達としか思ってないみたいなの。そこには大きな壁があるのね、私の想いを『いつまでも、お友達で居ようね』って言って防いじゃう壁が。その壁を私は破壊したいのよ、重い大砲の弾みたいな衝撃で」
そうかー、未来ちゃん、好きな人が居るんだ。そうだよね、背は低いけど、彼女は可愛いもの。私から見た彼女は世界一、可愛くて、そして頭もいいから何時か素敵な人と結ばれるんだろうなぁとは思ってた。その時が、こんなに早く来るなんて思ってなかっただけで。
「聞いてる? 何か考え事? まあいいわ、バレンタインデーは明日だもの。私も今、勝負を決めに行く気は無いわ。勝負事には適切な時と場所、そして勢いが必要なんだと思う。ただチョコを渡せばいいってものじゃないのよ。『A地点からB地点まで』と、簡単にチョコが移動して終わるんなら苦労は無いわ。今、私と貴女の距離は近いけど、ハッピーエンドまでの距離は遠そうな気がするから。隣の家に行くまでに、反対方向に地球を一周してから辿り着くような回り道も、時には必要なんでしょうね。それも勢いを付けるための、いわば助走距離よ」
未来ちゃんが真剣な表情で何か話してるけど、私の耳には入ってなかった。彼女が他の誰かと結ばれるのなら、それは喜ばしい事のはずだ。祝福すべきなのに、それを何故、私は喜べないのだろう? 自分の心が分からない。
「……良かったね、好きな人が出来て。ミクちゃんは可愛いから、きっと上手く行くよ。じゃあ私は帰るから、また明日……」
「え、どうしたの? 何か、顔色が青いけど大丈夫? 一緒に帰ろうよ、コートを取ってくるから、ちょっと待って……」
教室のロッカーの中にコートを入れている、未来ちゃんが服を取りに行く。その彼女を振り切るように、早足で私は教室を出た。何から逃げようとしているのか、自分でも分からなかった。