十四日の土曜日(三十と一夜の短篇第81回)
今日も今日とて町内のレイチェル・ハーディがやって来て姑相手に出されたお茶も飲まずにお喋りだ。姑が口を挟む暇も与えぬ機関銃の勢い。
「今月は十三日が金曜日よ。年の始めからいやあねえ。カレンダーを見て驚いちゃった。今年一年、全部の月を確認しちゃったわ。etc.……」
同居の嫁のキャサリンにとって、一方的に喋るミセス・ハーディが来て姑が楽しいのかどうか謎だ。ミセス・ハーディが自宅を放ったらかしにして隠居した彼の女の夫が何も言わないのかとか、姑の予定の邪魔になっていないかとか気にならないではない。だが土地の小学校で事務のパートをしているキャサリンはそれなりに忙しい。巻き込まれたら迷惑千万、さっさと出勤するに限る。
午後三時に仕事を終えて帰宅すると、まだミセス・ハーディがいて、Ow! と声を上げそうになった。ずっと家にいたのか、昼ご飯時に一旦戻ってまた来たのか、どちらだろう。お茶の片付けや掃除をしなくちゃいけないだろうとがっかりだが、ミセス・ハーディに気取られないようにしなくてはいけない。
「まあ、ミセス・ハーディ、お茶が冷めているんじゃないですか? 淹れなおしますね」
客間に顔を出してひとまず台所に下がると、ミセス・ハーディの声が聞こえた。
「ジェーン、あなたの息子の妻は働いているからってスーパーマーケットで出来合いの料理を買ってきたみたいじゃない。最近の若い人は自分で料理をしないで済むからいいわよねえ」
仕事帰りにテイクアウトの食品を購入してきてどこがいけないというのだろう。何品かは調理する予定だ。一家の主婦ならローストチキンやアップルパイ、ビスケットが一から作れて一人前と西部開拓時代みたいな話をしだすのだろうか。それとも姑を見習って編み物をしろとか。
「いいじゃないのレイチェル。あたしだってあんただって、料理上手って訳でなし」
「ジェーンは若い人に甘いわ。あたしなんて一言言わずにいられない。そもそもあたしたちが若い頃なんて、スープだってジャムだって……」
ミセス・ハーディは息継ぎができているのかと思うくらい、姑の十倍喋っている。キャサリンが新しく淹れたティーポットを持って客間に入っていっても、黙らない。
「キャシー、その服似合っているわね。新しく買ったの?」
「いいえ、これは三年前に作った服です」
三年前も去年もこの季節にこの服装をしていて同じ会話をしたはずだが、ミセス・ハーディの記憶にないらしい。つまりはキャサリンにはその程度の関心しかないのだ。どうやら年配の人が好む体の不調の話をしていたらしい。キャサリンの返事にそうだっけと気のない一言で済まして、さっきのことだけどとまた喋る。
「咳が酷かったって言ったでしょう? ドクター・ロバートに診てもらって、処方された薬の種類が多くて難儀だったけど、すぐ良くなって、あたしドクターを見直したのよ」
「あの医者はロクに診もしないで薬ばかり」
姑の言い分を聞いているのかどうか。話題が飛ぶ。
「気分よく過せるのが一番だもの、薬ですうっと気持ちが晴れるのなら飲んじゃうわ。
それはそうとクロードが新しい職場がきついって奥さんに泣き言をこぼしているんだって」
クロードはこの町内の男性だ。一体どこで他人様の家庭の噂を仕入れてくるのだろう。
「クロードは職を変えたのはこれで三度目なんだから落ち着きゃいいのに。それにどんな仕事かくらい働きはじめる前から予想できたもんじゃないか。
今働いている人に訊いてみようかねえ、イマドキの仕事ってどうなの?」
「わたしはミスタ・アスガースのお仕事の内容を知らないので、なんとも」
用心深く答えるキャサリンにミセス・ハーディは詰まらなそうだ。
「そりゃそうかも知れないけど、あんただって働いているんだしさ、なんか意見があるんじゃないの?」
「どんな仕事でも辛いことはありますもの。わたしの事務仕事だって、困った問題が出てきて大変だと感じる時があります」
ミセス・ハーディは笑って手を振った。
「あんたそれでお給料をもらっているんだから、大変なんて簡単に言うもんじゃないわ」
は?
だったら話を振るな。F×CK! キャサリンは腹が立ったが言い返さなかった。気にすることなくミセスは姑に話し掛ける。
「クロードはカウンセリングに通っているそうよ。愚痴なら奥さんだって聞いてあげるでしょうに、話し相手になってもらうのに予約を取ってお金を払って、あたしには判らないわ。」
判らない人には一生判らない、とキャサリンは思う。
「あたしはクロードに言ってやったのよ。あんたも男なんだからしっかり稼がなきゃ、男が気弱になっちゃ駄目、くよくよするなんて男らしくないって」
Wow! とキャサリンは心の中で叫んだ。悪気がないからって免罪される台詞だろうか。
「だいたい職場を変わるなんて自分の力量を認められたと誇っていいはずだし、給料や待遇だって悪かないだろう? 評価の高い人間だと胸を張っていればいいのに、悩んで落ち込んで、まったく危なっかしい」
男性だって落ち込んだり憂鬱に取りつかれたりはあるだろう。人間いつでも自信満々ではない。クロード・アスガースには繊細な部分があるのかも知れないし、新しい環境の期待が大きすぎて戸惑っているのかも知れない、ミセス・ハーディが一方的に決めつけていいものではない。
「男が弱々しいのはちょっとねえ、あたしらが若い時は男が弱音を吐くなんて有り得なかった。男は強いもの。だんだんと男も女も変わりなくなるものかしら」
ミセス・ハーディは誰彼かまわずそんな話をするのだろうか。それとも姑の前だけか。公の場で言ったら眉をひそめられる程度で済むかどうか。少なくとも小学校の児童の前――多様な家庭、多様な個性が存在するし、尊重される――では避けるべき言葉だ。キャサリンはそそくさと客間から出た。
自室でのんびりと休憩をして、そろそろ夕飯の準備かと階下に降りると、さいわいにミセス・ハーディはいなかった。
「あんたにも世話を掛けたね」
姑がいたわってくれた。いいえ、とキャサリンは返し、姑の方がよっぽどミセス・ハーディの世話をしてやっていると続けた。
「毎日のように家を空けて、レイチェルの家は大丈夫かって顔をしているね?」
「まあ、よそのお家ながら心配で」
姑は薄っすら笑った。
「レイチェルの夫に頼まれて話し相手をしてやっているのさ。ボランティアじゃなくてきちんと時給いくらで計算した礼金をもらっている。
レイチェルはレイチェルで、昼間一人でいるあたしが寂しいだろうから慰めになっているだろうって善意のつもり。夫の思惑やあたしの打算に気が付いていない仕合せ者。これも一種のカウンセリングっていうもの。
お喋りの間の編み物が捗ったから、小学校のバザーに持っていって」
つられてキャサリンは口の端を上げた。
人間というものは、必要に迫られなければ善を行わないようにできている。
ニコロ・マキアヴェッリ