2 取調べ
暖かい温もりを感じながら子供は目を覚ます。
起き上がるとベットの上にいた。
真白で綺麗なシーツ、フカフカで柔らかいベット。上を見ると程よくまぶしく光る電光板がある。
「バート警部、目覚めましたよ」
「目覚めたか」
横から女性の声と先の男の声が聞こえ見るとその声の主らしき二人がこちら見ながら歩いて来ていた。
二人はすぐそばにあった折りたたみ椅子を立てて座る。
「私の名前はバート、こちらはギムソンだ。目覚めて早々で申し訳ないのだが、少し話を聞いてもいいかい?」
子供は口を開かずにただ頷いた。
「君はあの家…なんといえばいいのだろうか…住人という事でいいのかい?」
少し時間をかけて頷いた。
「家の主人との関係は家族?」
違うと首を横に振る。
「そうか…」
二人は困り顔で見合わせて再び子供の方を見る。
「こんな事を聞くのは酷なんだが、君はあの惨状を見てしまったのかい?」
分からないというように子供は首を傾げる。
「なら、夜にあの家の家族以外の誰かが来るのを見たかい?」
少し考え子供は分からないと首を傾げる。
「そうか。なら何か悲鳴とか大きな物音は聞こえたかい」
暫く考えて頷いた。
バートはしばらく考えた後、何かが決まったように頷く。
「ギムソン少し離れるが少しの間、任せてもいいか?」
「はい勿論」
「頼んだよ」
バートは席を立ち部屋の外へ出てすぐ隣の部屋に入る。
その部屋の中には三人の男がいた。一人は記録係か椅子に座り机の上で何かを書いており、二人の男は大きなガラス窓の方を見て立っている。そのガラスの先には子供とギムソンの姿が見える。
そのガラス窓はマジックミラーのようでこちらから見ることはできるがあちらからこちらを見ることはできない仕組みになっているようだ。
「やはりあの子供が被疑者である線は無いと思うが」
「俺も同感だ」
「横に同じく」
部屋にいた三人がバートに向かって言う。
「そうかも知れないな…」
バートは少し暗い声で言いながら横に並ぶように窓の先を見る。
「まだ君はあの子供を疑っているのかい?」
「活躍してきた、いつもの君の勘も流石に今回ばかりは信じられないな」
「エリック、あの子の分かっていることを」
「…いいよ」
記録をまとめていた男がパソコンを操作し子供の写真の映った経歴書のようなものを開く。
「まず国籍も住民登録もされていなかったため明確な名前は無し。年齢不明、家内にも記録がなく一切の情報が無し。得られたのは隣人からの情報のみ。およそ六年前にマークウォーク家に養子としてどこかから引き取られた。学校へ行くことはなく家政婦のようにいつも家事をする姿を見せる。昼ごろに近くのスーパーに買い出しをし買い物を家に置いた後、ホワイトチャペルの方へ行く。行き先は不明だが、いつも決まって家族が帰宅する前の十五時半頃に帰宅する。周りから得られた情報は以上だ。
次に治療と同時に行った身体検査の結果。身長4フィート5.543インチ体重63.8ポンド。身長から見るに恐らく十代前半、それに対する体の細さから十分な食事は与えられておらず発見場所の地下にはかなり前に抜け落ちたであろう髪からしてほぼ監禁状態であの地下室で過ごしていただろう。体の至る所に痣があり日頃、暴行などのを受けていた痕跡があり、養子として迎えたのではなく一人、いや、一つの道具、奴隷として扱われたと考えられる。腹部の痣と右頬と顎切り傷は真新しく昨夜の暴行の結果だろう」
「確かに君の思うように動機としては十分すぎるものだ。だが」
「犯行時間は2043年二月二十七日の二十三時頃、被害者マークウォークの夫婦二人は殺害された。遺体は前の事件同様に状態が酷く十分情報はない。得られたのは前と同じで頭部を横に切り脳を取出し、ミキサーでかき混ぜられたように潰れ散った脳を含む首から足までの血肉と折れた骨。顔面にはナイフによる三十以上の刺し痕。そしてまるで鏡面のように断面に傷や崩れのない両断された首。顔面の刺し痕と子供の傍にあったナイフは大きさなどが一致し子供の衣服や髪、ナイフにこびりついた血肉を調べたところ被害者のモノ間違いなく犯行に使われたもので間違いない。指紋を調べたところ子供と被害者二人のものしか検出できず。
現場内は何一つ荒らされておらず、争った痕跡も何かを持ち出された痕跡も無し。いつも通り猟奇殺人という目的以外不明だ」
「子供が寝ている二人を錆て刃の欠けた果物ナイフで刺し殺したまでならわかる。だが、あのナイフで人間の首を切るにしてもノコギリのようにしてかなりの時間を掛けなければ無理だ。だがそうすれば断面はぐちゃぐちゃになってしまう。あんなに綺麗に切ることなど、子供はおろか大人でもそれなりの道具が無ければ不可能だ」
「だけど、そのような道具は現場と周辺を調べたが見つからない」
「あの子供が犯人だとして、わざわざ道具を隠しに行ったのに犯行現場の地下に戻る必要が無いだろう」
「確かにそうなのですが…しかし…」
バートはまだ何かを納得できていないようで考え込む。
それを見て二人はため息をつき
「俺達は再び見回りを行う。クディマは複数犯である可能性があるからな」
「分かりました。お気を付けて」
二人は考え込むバートの後ろを通りドアノブに手をかけて立ち止まる。
「あの子は傷つけられた子供であり一人の被害者だ。更に負担をかけるような事が無いようにな。我々の職務は悪を捕らえ罪を償わすことだが、その前に善良な市民達を守ることなのだからな」
「これまで君の活躍には何度も助けられた。だが、あまり先走ったことをするんじゃないぞ」
そう言って扉を開き二人は出ていった。
確かに彼らの言う通りだ。子供、それもあんなにやせ細った子が大人を二人殺すことはできるかもしれない。だが、その体を解体するように切り刻むことなど体力的にもかなり難しいはずだ。
あの子が血まみれでナイフを持っていたから犯人とするのは安直すぎる。
俺の勘はただの直感だ。誤動作することもある…俺は完璧でなどない人間なのだから。考えすぎだろう。
俺は悪から善良な皆を守る警察だ。まずはあの子の心を癒すために何かできないだろうか。
そうバートが決意を決め窓の先を見るとギムソンが右手を後ろにこちらにサインを行っていた。
そのサインは来てを意味していた。
何かあったのだろうかとバートはすぐにその部屋を出て二人の元へ行くと扉が開く音を聞いてギムソンの方からバートに近づいた。
「どうしたんだ。何か聞けたのか?」
ギムソンは悲し気な表情で首を横に振る。
「ううん。ただあの子は家に帰ってやらないといけないことがあるって」
「やらないといけないこと?一体それは」
「何度か聞いたけど、聞こえていないのかずっと「帰らないと」って呟くだけ」
「だが、今現場に帰すのは難しいぞ」
「そこを何とかできないの?もう犯人は分からなくともクディマって決まっているんでしょ。なら、あの子の為にもいつも通りのことをさせてあげて整理をする時間を与えてあげるのが一番じゃない?」
「確かにそうだが…それでも奴隷のようにこき使われる日々と同じことをさせてあげるのがあの子の為になるのか」
「そう考えれば確かにさせるべきではないって思うけど、日頃やっていたその仕事や日常をさせないようにすると、人間というのは不安になってしまうの。警部だって無理やり連休させられた時も落ち着かずに職場に手伝いをしていたでしょ」
「あ、ああそんなこともあったな」
「だから、今のあの子にはその時間が一番の救いになると思うの。それから少しずつ普通の人としての生活をさせてあげられるようにすればあの子も…」
「分かった。取敢えず上に相談はしてみるよ」
「お願いします」
それから上司に相談したところ、
「本来であればダメだ!というところだが君の頼みだから許可するよ。一通り隅々まで取り調べは終え犯人はクディマで決定したからな」
と許可をを得られた。
だが流石に血だらけの現場のままに帰えさせるわけにはいかずバートの班が夜遅くまで処理を行い、日常を行えなかった不安から眠ってしまっていた子供をいつもの地下に寝かせてあげた。
その地下は大人の俺でもかなりキツイ寒さだった為に毛布を被せてあげようと思ったが、ズレは不安を産んでしまう。そう言われた為、建物内にあった発見時と似たボロボロのワンピースを上から着せた。