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3. 相応しいのは

本日4話目の投稿です。


 食堂での朝食は実家の食事よりもずいぶん豪華だったが、先ほどの出来事で落ち込んでしまったせいか、あまり食欲が出ず、ほとんど残してしまった。


 朝食の後は、ベアトリスと一緒に一般教養の授業を受けることになっている。少しだけ気が重いが、まさかそんなことでさぼるわけにもいかない。

 アナベルは自室に戻って教科書や筆記具をまとめると、授業が行われる部屋へと向かった。


「ベアトリス嬢、アナベル嬢、本日からお二人の教師を務めさせていただくポリーヌ・マルローと申します」


 授業の時間になると、眼鏡をかけた細身の婦人がやって来て自己紹介を始めた。

 歳の頃は四十くらいだろうか。伯爵夫人という地位にありながら、これまでにも多くの貴族子女たちを教えてきたという。

 自己紹介を終えた後は、すぐに授業が始まった。


「それでは本日は歴史について勉強しましょう。アナベル嬢、我が国の初代教皇について説明してもらえますか?」


 マルロー夫人がアナベルを指名して説明を求めたが、アナベルは答えることができなかった。


「……すみません、分かりません……」


 マルロー夫人が呆れたように片眉を上げる。


「まさか、瑞花の乙女候補ともあろう方が、初代教皇のことを知らないなんて……」


 常識知らずを責めるかのように大袈裟に溜め息をつかれ、アナベルは顔を赤くして俯いた。

 実家では教師を雇う余裕はなく、勉強をする暇もなかったので、知識が足りないのは分かっていた。


 両親から読み書きや計算、その他ごく簡単な地理や歴史の勉強は教えてもらっていたが、それだけだ。ドレスの繕い方や布についた汚れの落とし方、食用や薬になる野草の見分け方などのほうがよほど詳しかった。


「……仕方ありませんね。それではベアトリス嬢、お答えいただけますか?」

「はい。初代教皇であらせられたアンセルム・ダヤン様は優れた神力の持ち主で、瘴気に蝕まれそうだったこの国を救った英雄であり、さらには瑞花の乙女を見初めて、国に豊穣と繁栄をもたらした偉大な人物ですわ」


 アナベルに代わってベアトリスがすらすらと答えると、マルロー夫人は満足そうにうなずいた。


「ベアトリス嬢はしっかりと勉強されていて素晴らしいですわね。では、アンセルムについて、さらに詳しく学んでいきましょう──」


 マルロー夫人がアンセルム・ダヤンの数々の偉業について熱弁する。国を瘴気から救ったことで、それまで有力だったオルドゥ教の勢いを完全に削いで、彼が信仰していたヴェリテ教が一気に国中に広まったらしい。


 また、当時の国王が暗愚で政治が腐敗していたことから、英雄アンセルムに対する国民の支持は凄まじく、神力をも持っていたことで、王家や高位貴族たちもアンセルムを厚遇で迎えるしかなかった。

 ついにはフェネオン王国の国教と定められ、初代教皇の座に就いたらしい。


 とにかく、王国初期の歴史を語るうえでは外せない人物のようで、その頃の歴史的な出来事にはたいてい彼が関わっているようだった。


 アナベルにとっては、この授業で初めて知ることばかりで理解するのが大変だったが、勉強する機会を得られたことが嬉しくて、一生懸命にノートを取った。


「……ここまでで何か質問はありますか?」

「あ、あの、先ほどの──」


 ちょうどアナベルが質問しようとしたとき、ベアトリスのよく通る声が響いた。


「すでに習ったことばかりで簡単すぎます。もっと歯応えのある勉強がしたいですわ」

「ベアトリス様には物足りない内容のようで申し訳ありません。教皇様より初級の勉強から始めるよう仰せつかっていますので、どうかご容赦くださいませ」

「……それなら仕方ないですわね」


 ふう、とベアトリスが色っぽい溜め息をついた瞬間、ふいに部屋の扉が開いてフェリクスが入ってきた。どうやら、授業の様子を見にきたらしい。


「今日は歴史の授業だったか。夫人、初日の様子はどうだ?」


 フェリクスが尋ねると、マルロー夫人は難しい顔をして答えた。


「お二人の知識には、やはりかなりの差があるようですね。アナベル嬢にはこれからもっと励んでいただかないといけません」

「そうか。ベアトリス嬢、その調子で励んでくれ。……アナベル嬢は無理せず努めるように」


 フェリクスが激励の言葉をかけると、ベアトリスは艶やかな笑顔を見せた。

 一方のアナベルはというと、顔を真っ赤に染め、穴があったら入りたいような気持ちだった。


 今日の勉強は初日ということもあって、初歩の初歩の一般常識的な内容だったはずだ。それなのに教師からあのような感想を伝えられてしまった。


 初級の勉強にも苦労していることを知って、フェリクスは失望したかもしれない。教皇となった彼を支えたいと思っていたが、今の自分には力不足であることがはっきりと分かった。

 やはり、ベアトリスのような美しく賢い令嬢が瑞花の乙女であるべきなのだろう。


(──でも、それでも……)


 フェリクスにがっかりされたままではいたくない。

 すぐには無理でも、これからだんだんと知識をつけて、少しでもフェリクスに見直してもらいたい。


 無表情なフェリクスの横顔を見つめながら、アナベルは一人そう決心した。

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