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38. 決着


 アナベルの告白に、フェリクスは言葉を失った。

 信じられないとでも言うように綺麗な金色の瞳を見開いたまま、じっとアナベルを見つめる。

 

 その静かな空間に、しわがれた声が響いた。


「もう、いいのではありませんか、リュミエール様」


 フェリクスとアナベルが振り向くと、そこには気品ある佇まいをした白髪の老婦人がいた。

 リュミエールと呼ばれた神が老婦人の手を取る。


「エミリア、休んでいろと言ったのに」


 この世界には似つかわしくない老いた姿。そして彼女に労るような言葉をかけるリュミエールを見て、フェリクスは気がついた。


「あなたは……先代の瑞花の乙女ですね」

「ええ、そうよ」


 エミリアと呼ばれた老婦人がうなずいた。


「リュミエール様、この二人を見てお分かりになりませんか? 無理やり連れ去ることが、どれだけ罪深いことか」

「私だって理解できないわけではない。だが、無理やり連れ去っているのではなく、契約のとおり、瘴気を封印する代わりに妃を迎えているだけだ」


 リュミエールがむすっとした顔で反論するが、エミリアは優しくなだめるような口調で言い聞かせる。


「そうですわね。でも、ずっと申し上げておりましたでしょう? わたくしたちは何も知らずに連れて来られたのです。もちろん、あなたがそのようなことをなさるとは思っていません。アンセルムがあなたを騙したのですわ」


 エミリアが穏やかな眼差しでフェリクスとアナベルを見つめる。


「あなたたちはもう気づいているでしょうね。この方が誰なのか」

「……はい。土の神でしょう」


 フェリクスが答える。


「そう、土の神。でも、それはわたくしたちがそう呼んでいただけで、本来は森の妖精の王でいらっしゃるわ」

「森の妖精王……」


 アナベルの脳裏に、今まで森で起こった不思議な出来事や、妖精たちとの邂逅が思い浮かぶ。


「アナベルさん、あなたやわたくしは、妖精の愛し子と呼ばれる存在なの」

「妖精の愛し子……?」

「ええ。妖精たちにとって特別好ましく感じる人間。だからリュミエール様はわたくしたちを手元に置きたがったの。そうですわね?」


 エミリアの問いに、リュミエールがうなずく。


「……ああ、そなたたちの魂の匂いは妖精にとって格別なのだ。そのうえ、妖精の霊力を強くする力がある」

「私に、そんな力が……?」


 思わぬ事実を告げられ、アナベルは驚きを隠せない。


「ああ、妖精の子らに気に入った人間の娘がいれば、目印の痣をつけるよう言いつけていた。そなたは随分と気に入られていたようだ」


 リュミエールに言われ、アナベルは首元の痣にそっと触れる。


(この痣は妖精さんが付けたものだったのね……)


 ふとエミリアの首元にも目をやると、彼女にもアナベルと同じ形の痣が刻まれていた。アナベルの視線に気づいたエミリアが優しく微笑み、リュミエールに語りかける。


「でも、リュミエール様。やっぱりこんなことはいけませんわ。人の一生は短いのです。生きたいように生かしてあげるべきです。側にいてほしいなら、ご自分でそうお願いしなくては」

「だが、断られたらどうすればいい」

「それは諦めるしかありませんわ。それか、もう少し譲歩なさったら、案外受け入れてもらえるかもしれませんわよ」

「譲歩……?」


 不思議そうに首を傾げるリュミエールに、アナベルがおずおずと話しかける。


「あの……妃になるのは遠慮させていただきたいですが、たまに妖精の皆さんと遊ぶくらいでしたら、喜んでお引き受けします。私も妖精さんが大好きですから。人間界に遊びに来てくださってもいいですし、私がこちらに伺っても構いません──ちゃんと帰してくださるのであれば」


 アナベルの提案に、リュミエールがわずかに目を見開く。


「リュミエール様、素敵な提案ではありませんこと?」

「そうだな……そこまで悪くはない」


 リュミエールはぽつりと呟くと、柔らかく微笑むエミリアをじっと見つめた。


「私はそなたたちに詫びなければならないな。酷いことをしてしまった」

「……いいのです。リュミエール様はわたくしたちを丁重に扱ってくださいました。たしかに寂しい思いはしましたけれど、そんなに悪い人生でもありませんでしたよ」

「そうか……。何かそなたに償えることはないだろうか」

「償えること……。そうですわね、でしたら愛し子のこととは別に、瘴気をなんとかしていただけたら嬉しいですわ」


 エミリアの願い事を聞き、リュミエールがふむ、と思案顔になる。

 しばらく顎に手を当てて考え込んでいたかと思うと、ふいにフェリクスのほうに向き直った。


「……フェリクス、といったな。そなたの癒しの力と私の霊力を合わせれば、瘴気を完全に祓えるかもしれない」

「本当ですか?」

「ああ、そなたからはアンセルムよりも強い力を感じる。それほどの力があれば、私の霊力と混ぜて浄化の力に変えられる。今は愛し子が二人揃っているし、おそらく瘴気を完全に浄化できるだろう」

「分かりました。やってみます」


 フェリクスの返事を聞いたリュミエールがぱちんと指を鳴らす。

 すると一瞬で周囲の景色が変わり、澱んだ空気が漂う瘴気の森へと移動していた。




「……あれが瘴気の発生源か」


 目の前に広がるどす黒く濁った沼を見ながらフェリクスが呟いた。

 リュミエールが沼へと近づく。


「そなたは、癒しの力を沼へと送ればいい。私がそこに霊力を混ぜて浄化の力へと変える」

「分かりました」


 フェリクスが両手を広げ、癒しの力を沼へと流す。真っ白な光が放たれ、沼全体を覆うように広がった。

 続いてリュミエールが沼に向かって片手をかざした。淡い黄金色の霊力が注がれ、フェリクスの癒しの力と混ざって強い輝きを放つ。


 そうしてどのくらい経っただろうか。澱んで重苦しかった空気は薄まり始め、暗く濁っていた沼の色も次第に変わり始めた。


 やがて、リュミエールとフェリクスが手を下ろすと、今まで瘴気が湧き出していた沼は、青く澄み切った池へと変わっていた。

 周囲の空気にも、瘴気の残滓はまったく感じられない。


「浄化……できたのですね」

「ああ、そうみたいだ」


 アナベルとフェリクスがほっと息をつく。


「エミリア、これでそなたへの償いになっただろうか」


 リュミエールが尋ねると、エミリアは柔らかく微笑んでリュミエールの手に触れた。


「ええ。わたくしより前の愛し子たちも、きっと満足していると思いますわ」




次回、エピローグです。

15時頃に投稿します。

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