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1. 大聖堂での再会

本日2話目の投稿です。


 それから十年の時が過ぎ、十七歳になったアナベルは今、王都にあるフェネオラ大聖堂を訪れていた。


「……今日から、大聖堂での生活が始まるのね」


 アナベルは、案内された応接間のソファに腰掛け、数か月前に大聖堂からコレット家へと届けられた書簡をきゅっと握りしめる。

 書簡には、こんな内容が記されていた。


 アナベルは、神聖な『瑞花(ずいか)の乙女』であり、首筋に現れた花形の痣がその証であること。

 そして国の定めにより、召喚の通知に応じてフェネオラ大聖堂に入り、瑞花の乙女として神に仕えなければならないということ。


 ちなみに、『瑞花の乙女』というのは、五十年ごとにフェネオン王国に現れ、王国に平和と豊穣をもたらす神の使いであると言い伝えられている。


 アナベルの両親はこの書簡を読んだとき、この没落した家門にこんな名誉なことがあるなんてと、涙を流しながら喜んでいた。


 一方のアナベルはというと、急に自分が瑞花の乙女であると告げられても、まったく実感が湧かなかった。自分がそのような特別な存在だとはとても思えない。


 妖精には好かれているらしいが、自分には妖精の姿は見えないし、意思の疎通もできない。

 フェリクスのように不思議な力が使える訳でもない自分に、なぜ瑞花の乙女の(しるし)が現れたのか、さっぱり理解できず、アナベルは戸惑ってばかりだった。


 しかも、俗世との関わりを断つため、実家へは二度と戻らない覚悟をしなければならないと言う。その分、実家へは多額の援助が送られることになっているらしいが……。


(実家に自由に帰れないのは寂しいけれど、私が大聖堂へ行くことで援助がいただけるんだもの。家族のみんなだって助かるわ)


 家族の暮らしのためと自分に言い聞かせるも、やはり寂しさは抑えきれない。

 それでも、実際に大聖堂までやって来てみると、少しだけ楽しみな気持ちも湧いてきた。


(久しぶりにフェリクス様にお会いできる……)


 ずっと会いたくて堪らなかったフェリクスにようやく会えると思うと、つい心が弾んでしまう。

 我ながら現金だわ、と恥ずかしくなりながらも、アナベルは大切な年上の幼馴染のことを思い浮かべた。


 二十歳になったフェリクスは今、一年前に不慮の事故で亡くなったレアンドル伯爵の跡を継ぎ、ヴェリテ教の教皇となっている。

 彼が三年前に勉強のため領地を出て大聖堂に入ったきり、ずっと会っていない。ときどき手紙のやり取りもしていたが、多忙になったせいか二年ほど前からぷつりと連絡が途絶えてしまった。


 でも、こうして瑞花の乙女として大聖堂に来ることができ、久々に会うことができる。

 三年ぶりに会う彼は、一体どんな風に成長しているだろうか。きっとますます賢く頼りがいのある立派な青年になっていることだろう。


 若き教皇として日々忙しく職務をこなす彼を少しでも支えてあげられたら、とアナベルは思った。

 そして、自分がフェリクスを支えられる立場になれることが心から嬉しかった。


 そわそわと落ち着かない気分を落ち着かせようと深呼吸していると、扉をノックする音が聞こえた。

 アナベルが顔を向けると、そこには聖衣に身を包んだ美しい青年が立っていた。


「フェリクス様……!」


 深い夜の闇の色をした美しい黒髪に、月の光が溶けたような金色の瞳。三年前より身長が伸びて、体付きもすっかり大人の男性らしくなり、教皇に相応しい威厳さえにじませている。


 記憶の中の姿とはだいぶ変わったフェリクスを前に、アナベルは少し気後れしながらも立ち上がってお辞儀をする。


「ご無沙汰しております。召喚の命をいただき参りました」


 大切な幼馴染に久々に会えた喜びで、自然と頬が緩む。フェリクスもきっと自分との再会を喜んでくれるはず、とアナベルは思っていたが、顔を上げた先に見えたフェリクスは喜ぶどころか、厭わしげに眉根を寄せてアナベルを見下ろしていた。


「遠路はるばるご苦労だった。──アナベル嬢」


 深みのある声は、固く、他人行儀な響きが感じられた。


「あ、あの……いろいろと至らないと思いますが、精一杯努めますので、よろしくお願いします」


 期待していたものとは真逆の反応に、アナベルが戸惑いながら見つめ返すと、フェリクスはふいと目を逸らしてしまった。


「……そんなに気負わなくていい。アナベル嬢のほかにもう一人、瑞花の乙女が見つかった」

「もう一人、ですか……?」


 予想外の言葉に驚いて固まっていると、コツコツと足音が響いて、扉の向こうから一人の綺麗な女性が現れた。


 輝くようなプラチナブロンドの髪に、宝石のようにきらめく赤い瞳。裕福な貴族のご令嬢のようで流行りのドレスを身にまとい、まさに絶世の美女という言葉が似合いそうな女性だった。


「はじめまして。エルランジェ伯爵家のベアトリスと申します。わたくしも、瑞花の乙女の証が現れましたの」


 にっこりと微笑むベアトリスの豊かな胸元には、たしかに(すみれ)の花のような五枚の花びらの形の痣があった。


(瑞花の乙女は、一人だけではないの……?)


 動揺しているアナベルの心を読んだかのように、フェリクスが説明する。

 

「瑞花の乙女は各時代に一人きりと決まっている。なぜ二人に(しるし)が表れたのか分からないが、これからの大聖堂での生活を通して、二人のどちらが瑞花の乙女と名乗るに相応しいか見極めさせてもらう」


 フェリクスは淡々と言うが、つまり選ばれなかったほうは、瑞花の乙女に相応しくない紛い者だということだ。

 あまりにも唐突な話に呆然と立ち尽くすアナベルとは対照的に、ベアトリスはまったく動じることなく、余裕を感じさせる笑みを浮かべた。


「ふふ、頑張りますわ。アナベル様、よろしくお願いしますわね」

「は、はい。よろしくお願いします……」


 いつの間にか笑顔が抜け落ちたまま、なんとか返事を絞り出したが、すっかり雲行きの怪しくなった大聖堂での新生活に、アナベルは早くも不安を感じるのだった。

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