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14. 毒花は企む

 翌朝。食堂では、ベアトリスの希望によりフェリクス、アナベル、ヴィクトルを交えた四人が朝食の並ぶテーブルを囲んでいた。


「ふふ、こうして皆様とそろって和やかに食事をするのは楽しいですわね」


 ベアトリスはそう言って微笑むが、先ほどから会話をするのはベアトリスとヴィクトルばかりで、アナベルは貴族的な話題についていけずに聞き役に回るばかりだったし、フェリクスもほとんど無言だった。


 こういうのも「和やかな食事」といえるのだろうかとアナベルが考えていると、ベアトリスが優雅にティーカップをソーサーに戻した。


「……わたくしは知らなかったのですが、フェリクス様とアナベル様は幼い頃からのお知り合いだったのですね」


 ベアトリスが困ったような笑顔を浮かべてそう言うと、それまでほとんど何も話さなかったフェリクスが口を開いた。


「誰がそんなことを──」

「あ、僕が教えてあげたんだ。もしかして言ったら駄目だった?」


 ヴィクトルが答えると、フェリクスはヴィクトルを一瞥した後で小さく嘆息した。


「……そんなことはありません」

「ふふ、水くさいですわ。それならそうと仰ってくださればよかったのに……」

「すまない。特に言う必要もないと思った」

「いいんですのよ。でも……アナベル様が羨ましいですわ。幼馴染ということは、お互いのことをよく知っていらっしゃるのでしょう? もしかすると、選定でも有利になるのではありませんか?」


 ベアトリスがわざとらしい上目遣いでそう尋ねると、フェリクスがきっぱりと言い切った。


「私とアナベル嬢が昔馴染だということが選定に影響することはない」

「それならいいのですけれど、やっぱり不公平ですわ」


 不公平という言葉を聞き、アナベルの表情が思わず強ばった。フェリクスが鋭い目を向けながらベアトリスを問いただす。


「不公平?」

「ええ、わたくしもフェリクス様と二人で過ごして、わたくしのことをちゃんと知っていただきたいですもの」

「アナベル嬢と二人で過ごしたことがあるのは、もう何年も前の話だ」

「でも、先日の土の神殿でも二人きりで湧き水を汲みに行ってらっしゃいましたし……」

「あれは仕方がないだろう。そもそもベアトリス嬢が湧き水を欲しがらなければ起こらなかったことだ」


 フェリクスがうんざりしたように言うと、ベアトリスが眉を下げて懇願した。


「では、ひと月だけ……。このひと月だけでも、わたくしと二人で過ごす時間を作っていただけませんか? そうしていただければ、もう不公平だなんて申しませんから」

「……ひと月、ともに過ごす時間を作れば納得するんだな」

「ええ、十分ですわ」


 ベアトリスがにっこりと微笑む。フェリクスは再び小さく溜め息をついた。


「……こんなことをせずともどうせ──」

「え? なんて仰いましたの?」

「……いや、では今日は昼食後に時間をとる。使いを出すから部屋にいるように」


 フェリクスはベアトリスにそう告げると、朝食を半分以上残して食堂を出て行ってしまった。

 ベアトリスはフェリクスの姿が見えなくなったのを確かめると、申し訳なさそうな表情でアナベルへと話しかけた。


「アナベル様、もしかして気を悪くされてしまいましたか?」

「い、いえ……」


 アナベルがぎこちなく首を振って答えると、ベアトリスがにんまりと口角を引き上げた。


「それならよかったですわ。アナベル様も、不公平だなんて言われるのは心外でしょう? でも、これでそんなことも無くなりますから、安心なさってね。わたくしもこの機会にフェリクス様との仲を深められるよう頑張りますわ」

「……」


 アナベルが黙ったまま俯くと、ベアトリスはそのまま悠然と朝食を食べ終えて席を立った。


「それでは、わたくしは失礼いたしますわ。……ヴィクトル殿下、アナベル様のことをよろしくお願いいたしますね」

「ああ、任せてくれ」


 ベアトリスとヴィクトルが意味深に微笑み合う。そうしてベアトリスが食堂を出て行ったが、アナベルはなおも顔を上げられずにいた。


「アナベル嬢、食欲がないなら残すかい?」


 ヴィクトルの声が聞こえるが、頭に入ってこない。代わりに、先ほどのフェリクスとベアトリスのやり取りが何度も頭の中で繰り返されては、胸の痛みに襲われる。


 これからひと月、フェリクスとベアトリスが二人で過ごすことになる。時間を作ると言っていたが、それはどのくらいなのだろう。

 三十分? 一時間? それとももっと長い間?


(……嫌。二人で一緒になんて過ごしてほしくない……)


 だが、さっきベアトリスの言った「不公平」という言葉が胸に刺さった。


 幼馴染という立場なのは偶然だし、国の行く末に関わることをフェリクスが私情で決めることはないだろう。それでも、ベアトリスのように「不公平だ」と考える人もいるのだと思い知った。


 もし自分が一生懸命に努力して、瑞花の乙女の座を手にしても、「幼馴染だから」「公平じゃない」「狡い」。そんな風に見られてしまうのだろうか。そうだとしたら悲しい。


(……それなら、フェリクス様とベアトリス様が二人で過ごすのも我慢すべきかもしれない)


 ひと月だけ我慢すれば、ベアトリスは不公平だと非難するのは止めると言っているのだ。

 それにそもそも、フェリクスとベアトリスが二人で過ごすのをアナベルが嫌がったところで、どうにかなる訳でもない。フェリクスはアナベルのものではないのだから。


「……アナベル嬢、大丈夫?」

「えっ、あ、すみません……」


 なんとか心の整理をつけたアナベルの耳に、もう一度ヴィクトルの声が聞こえてきた。


「辛そうな顔だったけど、具合でも悪くなっちゃった?」

「……もう大丈夫です。ご心配をお掛けしてすみません」

「気にしないで。食事は食べられる?」

「はい、大丈夫です。全部いただきます」

「よかった。食べ終わったら部屋まで送るよ」


 ヴィクトルはアナベルが食事を終えるまで待っていてくれ、部屋の前まで送ってくれた。階段を上るときには危ないからと手を取ってエスコートまでしてくれた。


「殿下、送ってくださってありがとうございました。これから授業の準備がありますので失礼いたします」

「うん、頑張ってね。それじゃあ、またあとで」


 アナベルが部屋に入り、扉がパタンと閉められると、ヴィクトルは足取り軽やかに自室へと向かった。


「はは、上手くいったな」


 鼻歌を歌いながら廊下を歩くヴィクトルを、すれ違う神官たちが不思議そうに見つめていた。

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