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10. 土の神殿

 今日は、土の神殿を訪れる日。

 土の神殿は、フォルテ大森林という森の中にあった。

 神聖な力の恩恵を受けた立派な木々には青々とした葉が生い茂り、森全体が涼しく清々しい空気に満ちていた。


 森の中は、途中から馬車で移動できないらしく、そこからは徒歩で行かなければならない。

 ベアトリスは森の中を歩くことは分かっているのに、なぜかヒールの高い靴を履いてきていた。

 そして靴を言い訳にフェリクスにエスコートをねだっている。初めからそれが狙いだったのが透けて見えるようだった。


 アナベルはそんな様子を通りすがりに眺めながら、一人早足で歩を進めた。

 森の中は歩き慣れているためか、それともまたフェリクスとベアトリスが並んで歩く姿を見たくなかったからか、一人でずいぶん先のほうまで歩いてきてしまっていた。


 みんなが追いつくまで待っていたほうがよいだろうかと思って立ち止まると、ふいに「アナベル」と名を呼ばれ、どきりとして振り返った。


「フェリクス様……ベアトリス様についていらっしゃらなくていいのですか?」


 少し卑屈な言い方だっただろうかと思いつつ、フェリクスの反応をうかがう。


「俺がついている必要はない」

「……私には、ついていてくださるのですか?」

「アナベルはよく森で迷子になっていただろう。また姿が見えなくなったら困る」


 そんな子供の頃のことを引っ張り出さなくてもとアナベルは思ったが、フェリクスは真面目に心配しているようだった。


「たしかに、昔はよく森で迷って心配をかけてしまいましたね」


 昔、故郷の森でフェリクスと二人で遊んでいたはずなのに、いつの間にかはぐれて一人になってしまうことが度々あった。

 迷子になったときのことはよく覚えていないのだが、不安を感じないくらい楽しんでいた気がするし、毎回すぐにフェリクスが迎えに来てくれて一緒に帰っていたように思う。


「でも、さすがに十七歳にもなって迷子になったりはしませんから大丈夫ですよ」


 そう言って微笑むと、フェリクスが手を差し伸べてきた。


「アナベルはいくつになっても危なっかしい。神殿に着くまで迷わないよう一緒に行こう」


 アナベルに向ける眼差しからは感情が読み取れなかったが、その声音は穏やかだった。


 フェリクスは自分を嫌がっているはずなのに、どうして時々こんな風に優しくしてくれるのだろう。

 そのせいで、なかなか想いを諦めきれない。傷が深くならないうちに気持ちに蓋をしなければと思うが、アナベルは結局フェリクスの手を取った。


 長い指が美しいフェリクスの手は相変わらず少し冷たい。そのせいか、自分の指先がずいぶん熱を持っているように感じられる。

 この熱で、フェリクスが自分の想いに気づいてしまわないだろうか、不快に思われないだろうか。


 ちらりと上目遣いでフェリクスの顔を見上げると、ふいと顔を逸らされてしまった。

 それでも手はしっかりとつないだまま、二人並んででこぼことした小道を歩く。


「フェリクス様、あの、一つ謝りたいことがあって……」

「謝りたいこと?」

「フェリクス様が大聖堂で勉強なさっていたとき、たくさん手紙を送ってしまってごめんなさい。忙しいフェリクス様の負担になっていたのではと思って……」


 フェリクスの気晴らしになればと思い、故郷であった出来事や自分の近況などを月に一、二通、手紙にしたためて送っていた。

 初めはフェリクスも返事をくれて、向こうでの生活などについて教えてくれたり、アナベルを心配する言葉をくれたりしていたのだが、あるときから急に返信が来なくなってしまった。


 フェリクスがこれから瑞花の乙女について学ぶというので、「頑張ってください」と返信した後だったと思う。きっとそれから多忙になったのだろう。


 アナベルはその後も何度か手紙を送り、すべて返信がないことに、もしかしたら迷惑だったかもしれないとやっと思い至ったのだった。


 フェリクスがしばらくの沈黙の後、ぽつりと呟いた。


「──負担ではなかった。……忙しくて返事ができなくなったんだ。すまなかった」

「そうですか、それならよかったです……」


 ふと、フェリクスは手紙を読みながら溜め息を吐いていた、とヴィクトルが言っていたことを思い出す。

 本当は負担だったのを、気を遣って言ってくれたのかもしれない。でも、気を遣うということは、少しはアナベルのことを思ってくれているということだ。それだけでも嬉しかった。


 その後は、勉強の進み具合のことなどを話しながら神殿までの道のりを歩いた。

 神殿の入り口で、一瞬、フェリクスが何か言いたげな表情をしたが、人の声が聞こえてきて、そのまま手を離して背中を向けてしまった。

 大木の向こうからベアトリスたちがやって来るのが見えた。


「フェリクス様、お待たせいたしました。さあ、一緒に参りましょう」


 ベアトリスがフェリクスの腕に自らの腕を絡ませる。フェリクスはそれを振り払うことはなく、無表情で神殿の中へと入っていった。

 ベアトリスが振り向いてアナベルを嘲笑うかのような目線を寄越す。アナベルは視線を合わせないよう俯きながら、つきりと痛む胸をそっと押さえて後をついていった。



 神殿の中は清涼な空気が漂い、土や木々の匂いに包まれた、どこか落ち着くような雰囲気で、アナベルの胸の痛みをほんの少し和らげてくれた。


 祭壇へと向かうと、フェリクスが美しい布を捧げる。

 この森林の植物で染めた糸を使った染め織物で、色鮮やかで見事な模様が織り上げられている。

 あまりの美しさにアナベルが感嘆の溜め息を漏らすと、また風の神殿と同じように宝珠が淡い黄金色に輝いた。

 瑞花の乙女の訪れを喜んでいるかのような暖かな光だった。

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