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9. 楽しい玩具のような

 爽やかに晴れ渡ったある日、アナベルは庭で洗濯物を干す手伝いをしていた。


 ハンカチのことが知られて以来、フェリクスと二人きりで話せるような機会もなく、気まずい雰囲気が続いている。

 ふとしたときに、無表情でこちらを見つめるフェリクスと目が合うこともあったが、すぐに視線を逸らされてしまった。


 瑞花の乙女候補という立場にもかかわらず、こっそり王子殿下に近づこうとしたと思われて軽蔑されたのかもしれない。

 失恋したとはいえ、こんな風に誤解されたまま距離を置かれるのは辛かった。もうずっとこのままなのだろうか。


 アナベルが思わず「はぁ」と溜め息を一つ吐くと、隣で一緒に洗濯物を干していた女中のロナが「大丈夫かい」と声をかけてくれた。


「何か悩みでもあるのかい?」

「あ、いえ……昨日の夜遅くまで勉強をしていたので、少し疲れただけです」


 本当はここ数日、誤解のことで悩んでなかなか眠れず寝不足気味になっていたのだが、そんなことを正直に伝えて余計な心配を掛けたくはない。


「瑞花の乙女って、いろいろ勉強が多くて大変なんだろう? こんな手伝いなんてさせちまって悪かったね」

「いえ、気にしないでください。休憩時間は好きに過ごしていいって言われていますから。私、洗濯物を干すのって爽やかな気持ちになれて好きなんです」


 ぱん、と小気味良い音を立てて洗い立ての手拭いを広げる。ほのかな石鹸の匂いがふわりと漂った。

 と、そこへ女中がもう一人やって来た。


「ロナさん、ちょっと教えてもらいたいことがあって、洗い場まで来てもらえるかい?」

「いいけど、まだ洗濯物が……」


 あとひと籠ぶん残った洗濯物に目をやりながら答えるロナに、アナベルが言う。


「ロナさん、あとは私が干しておきますから、行ってきてください」

「そうかい、悪いね。助かるよ」


 申し訳なさそうに礼を言いながら仲間と一緒に洗い場へと向かうロナを見送る。

 残りの洗濯物を手早く干し終え、そろそろ部屋に戻ろうと、空になった籠を手に取ると、物干しロープに掛けられていた真っ白なシーツの向こうから、場違いにも思えるほど美しい顔をした青年が現れた。


「やあ、久しぶりだね、アナベル嬢」

「ヴィクトル殿下……」


 まさかこんな場所で会うとは思わなかったアナベルは驚いて目を丸くした。この王子はいつもアナベルの不意をつきすぎる。


 しばらくぽかんとしてしまったが、お礼を言わなければならないことに気がついて、アナベルは慌ててお辞儀をした。


「殿下、先日はハンカチを貸していただいて、ありがとうございました。とても助かりました。……あの、私の代わりにフェリクス様がハンカチを返してくださったと思うのですが……」


 不機嫌そうにしかめられたフェリクスの顔を思い出して、落ち込んだ気持ちになりながらアナベルが言うと、ヴィクトルはぱちぱちと瞬きをした後に、ハッと噴き出すように笑った。


「いいや。ハンカチじゃなくて苦言なら返されたけど。大した用もなく大聖堂に来るなって。ハンカチは燃やされでもしたんじゃないかな」

「えっ、まさかそんなことはないと思いますが……」

「いや、あいつならやりかねないよ。空気を読まないうえに極端だから」


 ヴィクトルの語るフェリクス像に首を傾げつつ、アナベルが謝罪する。


「……やっぱり私からお返しすべきでした。申し訳ありません」

「いいよいいよ。本当に気にしないで。むしろ織り込み済みというか、とても楽しませてもらってるから」


 楽しませてもらっているというのがよく分からないが、たしかにヴィクトルは上機嫌のようだった。

 でも、こんなところを誰かに目撃されてフェリクスの耳に入りでもしたら、また失望されてしまうかもしれない。不敬かもしれないが、とにかく早く立ち去ってほしかった。


「……あの、殿下といるところを見られて誤解されるとよくありませんので……」

「そっか、それはよくないね」


 やんわりと伝えるも、ヴィクトルは意に介した様子もなく、楽しそうな表情で笑っている。

 まったく帰る気配がなさそうなので、アナベルは代わりに自分が去ることにした。


「……私、ほかに用事がありますので失礼いたしますね」

「うん、また会いにくるね」


 できるだけ接触は避けたいが、王族に対してそんなことが言えるはずもない。仕方なく返事はせずに頭だけ下げる。




「……少しあの子に構うだけで、あいつのあんな顔が見られるなんて本当に愉快だな」


 アナベルに近づくな、とでも言うように怒りのこもった目で睨みつけるフェリクスを思い出して、ヴィクトルがクスクスと笑い声を立てる。


「嫉妬に狂う男って、本当に見苦しくて笑えるな。次はどんな風にちょっかいを出そうか」


 ヴィクトルは逃げるように去っていくアナベルの背中を可笑しそうに見つめながら、ひらひらと手を振った。

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