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NIGHT&BETSY  作者: BOSS from XX
9/11

Phase.IV 【炎の聖書(バイブル) ~introduction】

破壊不能の左腕と世界最高のマシンを持つ男

人呼んで、MIDNIGHT

 共暦1996年2月29日。俺の4回目の誕生日。

 この時、俺は芽岸古めきしこ針洲弧はりすこ市の茶原湖ちゃばらこ畔にある、日明さんの会社・サンライズ研究所の社員寮で世話になってた。

 親父が死んだ後、しばらくはマリアとも付き合いがあったが、親父が用意周到に日明さんと連絡を取ってくれてたんで、俺は合衆国から日本に戻った。それ以来、彼女とは会ってない。

 この頃、父親であり、遺伝子工学の世界的権威である、ザハリアーシュ・メンデル教授……、そうだ、ライムンド・ノンナート神父は洗礼をした名付け『親』って事らしい。全く、紛らわしい言い方するなよって話だ。

 まぁ、それはともかく、親日家である教授の講演会に合わせて、何度も来日してるのは、教授がテレビに出るたび、嬉しそうに話してたのを聞いたが、俺は追われる身。懐かしいな、とは思ったが、ノコノコ会いに行くような真似はしなかった。

 あの時の気持ちは、サスペンション・ブリッジ・エフェクト(吊り橋を渡るドキドキと、恋のドキドキを勘違いしちまうって言うアレだ)による一時的な淡い恋心。その程度の事だ。ガキの頃の些細な……かどうかは別にして、想い出話で終わるはずだった。

 ここからはまた退屈な話だ。ちょっとだけ付き合ってくれ。



「久しぶりね、葛城かつらぎ深也しんや君」

 マリアが寮を訪ねて来た。

 4年ぶりに会った彼女は、ナイトじゃなくて本名、何故かフルネームで呼んできた。よそよそしいな、とは思ったが、4年前にホンの数日会ったきりなんだから、よそよそしくて当然だ。

 それに、4年経って、化粧はせずとも、更に大人っぽくなり、中三には見えない彼女の風貌を思えば違和感は無く、妙に納得のいく呼び方だった。

「そうだな、マリア。4年ぶりだ」

 彼女は神父に付けられた名前に嫌悪感を抱いていた。

『ライムンド・ノンナート神父に付けられた、マルチナ・マルガリータ・マリアは2度と名乗らない。だから、MVとは呼ばないで』

と4年前に言われたのを思い出し、俺は単純にマリアと呼んだ。

 食堂で朝のニュースを見てる時に、館内放送で呼び出されたのには、何んか悪さが見つかったか? と焦ったが、ロビーに降りてマリアの顔を見た途端、すっかり『誕生日にはろくな事が起こらない』と言うジンクスも忘れて、笑顔がこぼれた。

「どうしたんだ? 春休みにはまだ早いだろ?」

「桜の季節に学校が休みになるのは日本だけよ」

「学校なんて行ってねぇから判んねぇんだよ」

「そう……だったわね」

 俺が気にしてるとでも思ったのか、マリアはうつむき、申し訳なさそうに口籠った。

「何んだよ、気にしてねぇよ」

「うん、実は……」

 まだ言いにくそうにするマリアに、

「もったいぶるなよ」

と急かすと、

「実は、ママが帰って来るの」

 マリアの母親は5年ほど前から行方不明だったらしく、メンデル教授が日本のどこへいるかも知らされてなかったんで、そこをライムンド・ノンナート神父が引き取ったって話だ。

「ホントか?!」

 学校に行ってない事じゃなく、両親がいない事への気遣いだったらしいが、親は無くとも、他人ひとの幸せを妬むほど、俺もすさんじゃいない。

「そりゃ良かったじゃねぇか」

「うん、ありがとう」

 マリアがようやく笑った。。その笑顔を見ると、何んだか俺まで嬉しくなってきた。

「それで、パパの勧めで日本の学校に編入する事になったの」

「じゃあ、親子3人で日本に住むのか?」

「うん!」

 ホントに嬉しそうな笑顔は、やっぱり15歳の少女に違いない。

「楽しそうだね、お2人さん」

 そう声を掛けてきたのは日明さんだ。

「今日は、教授はご一緒じゃないのかい?」

 日明さんが留学中に世話になったとかで、メンデル教授とは旧知の仲。おふくろの墓を手配してくれたのもメンデル教授だ。更に言うと、教授と俺のおじいちゃんは学生時代からの付き合いだそうだ。世の中、狭いね。

「すいません。仕事が早く終われば顔を出すと思うんですけど」

「そう。じゃあ、期待せずに待つとするよ」

 その後、10分ほど話を弾ませ、

「そろそろ仕事に戻るよ」

 おしゃべり第一優先の日明さんが、仕事を理由に話の途中で抜けるなんて珍しいが、

「今日はマリアさんと出掛けると良いよ、深也君」

 気を回してくれたって事だ。

「だったら、少しショッピングに付き合ってくれる?」

 女の買い物に付き合うなんて、今なら絶対に断っただろうが、この時は、

「ああ、良いぜ」

 二つ返事で応えた。

「駅前のモールなら、大概のもんは揃うから、そこで良いか?」

「ええ」

 一旦、部屋に戻り、お気に入りのジージャンを羽織って寮を出た。

 サンライズ研究所から針洲弧駅まで車なら5分ほどだが、歩くにはチッと遠い。日明さんが愛車の初代フェアレディZで送ってくれた(仕事があったんじゃないのか?)が、スポーツカーのお約束で後部シートはかなり窮屈だった。

 駅前に着くと、

「連絡してくれたら、迎えに来るよ」

と携帯電話を渡された。

 この年は携帯電話の普及率が初めて2ケタをマークしたくらいで、まだまだ公衆電話が街中にゴロゴロあった時代だが、新しいモノ好きの日明さんはもちろん持ってた。と言うよりも、その携帯はサンライズ研究所が世界に先駆けて開発した手のひらサイズの携帯で、肩からジュラルミンケースみたいなデカい電話を提げた女子大生を見て、

『あんな物が普及するはずがない』

と小型化に着手し、2年後の1989年、製品化に漕ぎ着けたそうだ。

「そいつは最新型だ。深也君の名前で契約してある」

 誕生日プレゼントって事かな?

「では、ごゆっくり恋人気分を味わって下さいませ」

「なっ……?!」

 ガキをからかうなんて趣味が悪い。ほとんどビョーキだな。

「何言ってんだよ?!」

「そんなんじゃ……」

 俺達の反論は、貴婦人のエキゾーストノートで遮断された。

「……行くか?」

「そうね……」

 少しぎこちなく歩き出す2人の間には妙な距離が空いた。後押ししたいのか、邪魔したいのか、どっちなんだよ? と走り去るフェアレディZを睨み付けてやろうと思って振り向いたが、流石はサファリラリーで優勝したマシンだ。もうとっくに見えなくなってた。



 針洲弧駅前のショッピングモール、通称Grove(グローブ)は、湖周辺の景観を損なわないように作られた条例と、1980年代から政府が推し進める緑化運動の相乗効果で、かなり緑が多い。遊歩道に店が軒を連ねてると言うより、公園のそこら中に店を建てちまったって感じだ。

 2月半ばから末までのこの時期は止まってるが、扇状に広がるグローブの中心、駅の改札を出てすぐにある、陸上トラックほどの広場には、世界一有名なあの泉をパクッ……参考にデザインされた噴水があって、本家と同じく、後ろ向きにコインを投げ入れると願いが叶うって言い伝えが、3カ月前、去年のクリスマスシーズンに出来た。どこの言い伝えも最初はそんなもんなんだろうな。

 でも、女はこの手のまじないには滅法弱い。白々しくもその言い伝えを書き記した真新しい立看板を見て、残念そうな顔をしたマリアは、

「私の誕生日に、もう1度来てみようかな?」

と諦めきれない様子だった。

「確か、9月だったよな?」

と俺が聞くと、

「覚えてるんだ」

 意外そうな顔を見せた後、微笑んだ。

 教えてもらったのがインパクトのある状況だったんで、プロフィールはほぼほぼ覚えてた。

「水を止めてるのは今だけだ。作った最初の頃は年中無休で流してたみてえだけど、毎年この時期になると1回や2回は凍っちまうんで、いっその事、止めちまえってなったらしいぜ。明日から再開するのに、ツイてねぇな」

 俺のアンラッキーは他人にも感染するみてえだ。

「そうね、今日みたいに寒い日だと凍っちゃうかもね」

 この日は朝から冷え込んで、ベッドから出るのも億劫だった。

「しょうがないか。今日はショッピングに専念するわ」

「何か買いたいもん、あんのか?」

「ママにアクセサリーをプレゼントしようと思うの」

「O.K. じゃあ……」

 数メートル先の、20歳にも見えない若い女が出してる露店が目に付いて、

「何んだか拾い物がありそうじゃないか?」

と指差した。

「うん。きっちりしたお店じゃ予算オーバーしそうだし」

 マリアも異論は無いようだった。

「イラッシャイマセ」

 少しカタコトの日本語、中国人っぽい訛りがあった。

「アナタ、誕生日イツ?」

 いきなり不躾ぶしつけな奴だ。言われたマリアもキョトンとしてたが、

「1年365日、1日1日全部二誕生石アルヨ」

 12種類でも大変だろうに、365日分も設定するなんて、宝石屋もご苦労様だな。で、366日目、俺の誕生日はどうなってるんだ?

「へぇ、そうなんですか。ママにプレゼントしようと思うんですけど、8月15日の誕生石はどれですか?」

「コレヨ。ぶらっくおにきす」

 即答だった。365日分全部丸暗記してるって事か? だとしたら大したもんだ。

「オ薦メハ、コノりんぐネ。悪霊ヲ祓ッテクレルヨ」

 そんな便利な石なら俺が欲しい。

「う~ん、リングはサイズが分からないし……。ペンダントとかはありませんか?」

「ソレナラ……」

 所狭しと並べられたアクセサリーの中から女店員がチョイスしたのは、ゴールドのライオンが前脚で丸いオニキスにじゃれてる、サーカスの一幕のような、一風変わったデザインのネックレスだった。

「8月15日生マレナラ獅子座ネ。ばっちぐーヨ」

 その時はまだマリアの母親の顔も見た事が無かったから、世代的に奇抜過ぎないかと思ったが、

「ホントだ、ママの為に作ったみたい」

とマリアが乗り気だったんで、

「どう思う、葛城君?」

と聞かれても、

「珍しいデザインで良いんじゃねえか?」

 俺の意見は飲み込んだ。こう言う時はとりあえず肯定しとけば丸く収まる。……ってのが、日明さんからのアドバイスだ。

「じゃあ、これにします。リボンとかってありますか?」

 女の買い物に付き合うと長くなるって脅しが拍子抜けるほど、あっさりと女店員が薦めるペンダントに決めたマリアは、

「思いの外、お手頃だったわね」

 プレゼント用に包装してる女店員に、

「ちなみに、今日の誕生石ってあるんですか?」

 それは俺も知りたい。

「今日? 2月29日? 珍シイネ。デモ、チャントアルヨ」

 1番隅にあったチョーカーを指差して、

「ぺりどっと。暗黒ノ波動ヲ打チ砕ク石」

 あるんだな。

 だが、最早もはやまじないの域は越えてる。冒険ファンタジー小説の世界だ。

「格好良いね。葛城君に似合うと思うわ」

 銀色の鷲が翼を広げ、逆三角形のペリドットを両足の爪で文字通り鷲掴みにし、下の頂点から羽根が1枚ぶら下がってる。茶色い革ヒモは両翼の先端のリングに取り付けてるんで、クルクル回って裏返る事も無い。

 悪くないデザインだ。

「誕生日プレゼント。4年前は……」

 ハッとした顔を見せたマリアは言葉を止めた。

「じゃあ、かなり早いけど、マリアの誕生石は俺が買うよ」

 気まずいのはゴメンだ。俺は聞かなかった事にして、

「なぁ、店員さん」

 マリアと目線が合わないように、女店員に声を掛けた。

「ナンデスカ?」

「何度も手を止めて悪りぃ。6月11日の誕生石はどれだ?」

 女店員はニッコリと微笑んで、

「ぷれぜんとナラ、コノぴんきーりんぐガ良イヨ。誕生石ノほわいとらぶらどらいどヲ、6月ノ誕生花たいむミタイニ4ツ並ベタでざいんネ」

 366日分の宝石に、星だの花だのの合わせ技。この狭い店の中に一体どんだけのアクセサリーが並んでるんだ?

「ピンキーリングにしては凝ったデザインね。このホワイトラブラドライトって石も、派手過ぎない淡い青色が奇麗だし」

 俺の意図を酌んでくれたのか、さっきの言葉は気にしてない様子で、薦められたリングを手に取り、左手の小指にはめた。

「サイズもピッタリだな。どうする?」

「うん、気に入ったわ」

 やっぱり決断が早い。

「決まりだな。店員さん、このリングとチョーカーはそのまま付けていくよ」

「アリガトゴザイマァス」

 そうこうしてるうちにブラックオニキスの包装も終わったみたいだ。

「良い買物が出来たわ。こちらこそ、ありがとう」

「ドウイタシマシテ」

 駅舎のビッグベン風の時計(この駅の設計者はパクッ……オマージュが得意なようだ)を見ると、まだ10時前だった。

 昼飯までブラブラとモールを見て回って、、駅舎のレストランに入る事にした。



 いわゆる、良い雰囲気なのは飯を食うまでだな。

 そろそろ退屈も限界だろうから、また俺の武勇伝でも聞いてくれ。

次回 NIGHT&BETSY Phase.X 【Hey! Mr.Policeman】

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