Phase,III 【Boy meets Girl】
破壊不能の左腕と世界最高のマシンを持つ男
人呼んで、MIDNIGHT
さあ、話をグリーブランドに戻すぜ。
ニコラウス神父の訃報が届いた翌日、2月29日。俺の誕生日で、おふくろの命日。
「ナイト、悪いけど、いつもの花を買ってきてくれるかな?」
おふくろに捧げるアフリカンマリーゴールドは、いつも親父自身の目で確かめて買わないと気が済まない様子だったのに、この日は珍しく、俺に使いを頼んできた。誕生日の朝からパシらせるなよって感じだが、レーダーをSCI-KYOHに載せる為の再調整に手間取ってるんで、モンローに向かう前に終わらせておきたいって事だった。
能力者の接近を知らせるレーダー。
親父はExtraSensory Perception RAdio Detection And Ranging 略して、ESPRADARと名付けた。
刀剣を表すスペイン語もエスパーダ(espada)だが、それは偶然、似た発音になっただけらしい。単語の頭文字を並べたアクロニムがどうのこうのと、また長々とレーダーの語源から説明されたが、もう慣れたもんで右から左へ受け流してた。
このエスパーダは合衆国に渡って最初に手を付けた研究なんだが、親父の人生の中で唯一の失敗作と言ってもいいかもしれない。
有効索敵距離半径50kmと、バイクに積載可能なレーダーとしては優秀(小型化前にSCI-KYOHへ載せる前は5倍以上の効果範囲だったが)だと思うが、俺が乗ってない場合、その性能は極端に落ちて、せいぜい半径200mが限界になる。これじゃ、望遠鏡片手にマストの上で立ってるバイキングの方がまだ安心だ。
大雑把に言って、破壊不能の特殊な皮膚構造と索敵電波が共鳴して性能が上がる。言わば、俺自身がブースター代わりになってるって事なんだろうが、実際の所は親父にも原因が解ってない。
親父が研究してる最中、ずっとくっ付いてた覚えは無いんだが、何んせ父1人子1人。自分でも気付かないうちに擦り寄ってたのかもしれねぇ。失敗の原因はやっぱ俺かもな。
とにかく、親父がエスパーダの再調整をする間に、俺は4ブロック先の花屋【モーニング・グローリー】に向かった。
毎月、親父に付き添って買いに行くんで、もうすっかり顔馴染みの店長は、身長2m23cmの山脈みたいな男。カーリーヘアが更に顔をデカく感じさせて、見下されると迫力満点。とても花屋には見えないんだが、虫も殺せないような優しい男だ。
ちなみに歳は当時19歳。花屋にも見えないが、未成年にも見えない。
「グッモーニン、ナイト」
このあいさつには、いつも笑っちまう。
「おはよう、アンドレ」
俺はデカいってだけで勝手にそう呼んでたが、スーパースターに似てるってのは、本人も嫌な気はしてないようだった。
「珍しいな。今日は1人なのか?」
「父さんは研究がちょっと遅れてるんで、僕だけなんだ」
「そう。じゃあ、今日はナイトが選ぶのかい?」
花の良し悪しなんて今でも解らねぇ。
「アンドレに任せるよ」
餅は餅屋、花は花屋だ。
「O.K. ハウスから取ってくる間、店番頼むよ」
裏庭にある温室でアフリカンマリーゴールドは栽培されてる。アンドレに言わせれば、開花の時期をズラすのはそんなに難しくもないらしいが、当然ながら料金は上乗せだ。
アンドレは几帳面な男で、当日に売ってる花は全てレジの横の黒板に料金と合わせて書いてあるから、ガキが店番でも、さして問題は無い。
「こんにちは」
客が来た。問題は無いが緊張はある。俺より2つ、3つ上っぽい女の子だった。
「いらっしゃい」
これでめでたく花屋の仲間入り。
「クリナムリリーはありませんか?」
聞いた事も無い花だ。復唱しながら黒板を指でなぞる。
【C】の欄にはカトレアとシクラメン、シンビジウム(で読み方は合ってるのか?)の3種類だけ。【K】と、念の為【Q】の欄もチェックしたが、クリナムリリーなんて花は書いてなかった。
「店には出してないみたい。ハウスの方にあるかもしれないから、ちょっと待っててくれる?」
「時季外れだから、たぶん無いと思います」
無いのが解ってて買いに来るなんて変だとは思ったが、
「時季外れの花なら、この店の専売特許だよ。アンドレ……店長に聞いてくるよ」
俺が奥に入ろうとすると、
「いえ、無くてもいいんです」
「え?」
「ただ、伝えたかっただけだから」
何を伝える? 誰に伝える?
「お待たせ。これでどう?」
沈黙したタイミングで奥からアンドレが出て来た。
「あ、アンドレ。奥にクリナムリリーって花、ある?」
「あれは夏の花だよ」
即答だったが、
「まぁ、種ならあるけど?」
流石は花ヲタク。
「種でも良いかな? ……あれ?」
振り返ると彼女はいなかった。
「お客さん?」
「うん、さっきまでいたんだけど」
「無いのが判ったんで帰ったのかな?」
「それが、最初から無いのが解ってたみたいなんだ」
アンドレも、さっきの俺と同じ顔になった。
「どう言う事?」
俺も聞きたい。何しに来たんだ、彼女は?
「解らないけど、ただ伝えたいだけだって言ってた」
アンドレは少し考えて、
「引っ越しでもするのかな? クリナムリリーの花言葉は『どこか遠くへ』だから」
「なるほどね」
でも、誰に伝えたかったのかは謎のまま。
「ところで、クリナムリリーって、どんな花なの?」
チョッピリ興味が出た。
「ニッポンでの呼び名は浜万年青 もしくは浜木綿」
そんな名前の女優がいたか?
「さっきも言ったけど、開花は夏。白くて細長い花被が6枚あって、根元は筒状、先端はバラバラに反り返ってる。アジアの温暖な海岸に分布してる花だから、この辺りでクリナムリリーを知ってるなんて珍しいな」
「そう言われれば、さっきの女の子は黒髪で、顔立ちもアジア系っぽかったな」
「へぇ、この辺りでは見かけないな。逆に最近引っ越してきたのかな? もしそうなら仲良くしろよ。同じニッポンの仲間だ」
日本人とは言ってないが、
「そうだね」
と一言だけ応えた。
気になる女の子だった。
きめ細やかで長い黒髪と、クッキリとした目鼻立ちには意志の強さを感じるのに、どこか儚げで、今にも消えてしまいそうな雰囲気を持ってた。実際、気付かないうちに消えてしまった。
彼女はどこへ行ったのか?
誰に何を伝えたかったのか?
それが判ったのは、ホンの少し先の話。
アンドレからアフリカンマリーゴールドを受け取って、店を出たのはまだ9時前。
大通りに面した歩道を1ブロック進むと、来る時は何も無かったのに、水道工事のせいで通行止めになってた。車道の向こう側は通れそうだったが、信号を待つのも面倒なんで、裏道を通って帰る事にした。
実はその方が近道なんだが、狭くて人通りの無い道は、4年前のあの日を思い出すんで極力避けてた。
避けてたはずなのに、何故かこの日は何かに誘われるように裏道へ足が向いてた。
「あ!」
裏道に入ってすぐ、10mほど先の十字路をさっきの女の子が曲がるのが見えた。声を掛けるにも名前なんて知らない。
このエリアは脇道が多くて、新参者はまず迷ってしまう。俺も住み始めた事は毎日のように迷った。レンガ造りの壁や塀のせいで、古代の迷宮かと錯覚しちまうくらいだ。裏道を避けるのはそれも一因。
にも関わらず、俺は彼女を見失わないように小走りで追い駆けた。
角を曲がると、彼女はまたちょうど十字路を曲がったところで、なびく黒髪だけが見えた。俺は誘われるまま彼女の後を追う事しか考えてなかった。3度、4度と同じ状況が続く事にも疑問を持ってなかった。少し考えれば容易に思い付く疑問。
走ってるのに追い付けないのは何故だ?
彼女が5度目に曲がった丁字路には見覚えがあった。その先は袋小路。俺も2度ほど迷い込んだ。高い塀(と言っても2階くらい。ガキには充分な高さだが)に三方を囲まれた、人目に付かずに悪さをするにはピッタリな場所だ。
そこに彼女はいた。
やっと追い付いた、と笑みがこぼれそうになったのも束の間、正面の塀の上に人影が見えた瞬間、息が詰まった。
塀の上に何故か神父(牧師との見分け方は知らねぇが)が腰掛け、膝に両肘を突き、組んだ手に顎を乗せて、俺を見下ろしてた。
何歳なのか、どこの国の人間なのかも判らない。柔らかそうな銀色の髪で、雪のように白い肌、全てを闇に誘うような灰色の瞳を持った、TVゲームの中から出てきたのか? と思わせる、不思議で妖艶な雰囲気を漂わせた男だった。
蛇に睨まれた蛙状態の俺に、
「逃げて!」
突然、彼女が叫んだ。
誘っといて、逃げろは無しだろ。
彼女の声に戸惑う俺から視線を外し、
「悪い子だね、MV」
MVと呼ばれた彼女も蛙になった。
2人がどう言う関係で、これがどう言う状況なのかは全く理解不能だったが、1匹の蛇の前に2匹の蛙。2匹同時に追い駆けようとする蛇は、結局1匹の蛙も捕まえられないんじゃないか?
そう思った途端、
「安心するなよ、ナイト君」
神父の灰色の瞳は俺なんか見ちゃいない。だが、静かに低く響く声の威圧感に射竦められ、動けないままだった。
「葛城深也、愛称はナイト。1980年2月29日生まれ」
こちらに目もくれないまま、急に俺のプロフィールを空で並べ出した。
「今日でちょうど12歳。血液型はB型。出生地は日本の華灘県新須賀市」
驚いてる間にも神父は次々と暗唱していく。結婚式の司会者がメモを読み上げるよりも流暢に。
「祖父・百年と父・克也は高名な科学者で、共に京塚重工に所属。だが、1984年以降、行方不明となっている」
一瞬、金縛りが解けた。行方不明って事は、
「おじいちゃんは生きてるの?!」
彼女から視線を戻し、再び俺を見下ろす神父の瞳は、暗く冷たかった。
「不明だ、行方不明。生きているか死んでいるか確認できる状態を行方不明とは言わない」
その通りだ。でも、死んだのを確認した訳じゃないなら、絶対に生きてる。俺はそう信じる事にした。
「ここまでは大した問題じゃない」
おじいちゃんが生きてるかどうか、俺にとっては大問題だぜ。
「君にとっては大きな問題だろうがね」
灰色の瞳に心の中を見られてるようで、思わず目を逸らしちまった。
「問題は君の母親だ」
逸らした目線は、またすぐ神父に釘付けだ。
「葛城深輝、旧姓は金岡。1958年10月28日生まれ。この月の9日にピウス12世が逝去された後、ヨハネ23世が第261代ローマ教皇に選出された日だ」
流石は神父。なんて感心する余裕は無かった。
「血液型はO型。出生地はミシガン州のモンロー郡モンロー市」
どこからが本題なんだ?
「父・普はデトロイトのゼネラルモーターズ勤務。母・ノーマも同社に勤務していた」
これは初耳だった。2人とも俺が生まれる前に他界してるし、親父も会った事が無いそうだ。
「失礼。これも大した問題じゃなかった」
前置きが長い。親父と同じタイプか?
「問題なのは、君の母親の通り名だ」
いよいよ本題。
「破壊不能の女」
そう言うと神父は黙り込んだ。俺も彼女も沈黙に従うしかなかった。
一体、何が目的なんだ、この男は?
長い沈黙で、暑くもないのに額から嫌な汗が流れ落ちると、
「その左腕の包帯、取ってみせてくれないか?」
神父が口を開いた。どこまで知ってるんだ?
「海の向こうの友人は『去る者は追わず。相手にする必要は無い』と言い続けてるんだけど、僕は好奇心が強くてね」
友人ってのは、たぶん京龍ラボの所長、京塚龍臣の事だ。
それで合点がいったぜ。
不思議だったんだ。京塚グループが総力を挙げれば、どこへ逃げようがアッサリ見つかりそうなもんだ。俺達を探してるのは、ほんの一部の人間だけなんだ。
だったら、まだ逃げられる可能性はある。
「僕は何も知らない。だから知りたい。もう1度頼むよ。その左腕の包帯を取って欲しい」
どうするべきだ? 従うべきか、無視するべきか。
迷う俺の背後から、もう1つの影が延びてきた。振り向くと、
「そう言えば、自己紹介がまだだったね」
神父がいた。
塀の方に振り返っても、やっぱり神父はいる。
「ライムンド・ノンナート・神居文真」
「君と同じ、日本人だよ」
聞き覚え、いや、見覚えのある名前だった。
ニコラウス神父の訃報の送り主。後任の神父がこの男なのか。
「僕の洗礼名のノンナートは、ラテン語で『生まれそこない』と言う意味なんだ」
「聖ライムンド・ノンナートは、ただ帝王切開で生まれただけなんだけどね」
2人で1つの名前を名乗ってるって事は、あの時の警備員達のようなクローンなのか?
「ちなみに、カエサル(Caesar)は帝王と訳されているけど、本来『切り取られた者』と言う意味で、分娩時に死亡した妊婦の腹部を切開して取り出した遺児の事」
「そして、もう1つ。本家から『切り取られた者』として、分家にカエサルの名を冠する事もある。かのガイウス・ユリウス・カエサルも、ユリウス家の分家だ」
俺には経験が無えが、小学校の卒業式よろしく、、2人で交互に入れ替わり喋られると、あっち向き、こっち向き、テニスの観客みたいになっちまう。
「それを大プリウスが著書『博物誌』の中で、【カエサルは帝王切開によって誕生した】と冗談めかして記したのが、その語源と言われている」
「当時の医療技術で帝王切開を行って、母子共に健在なんて極めて可能性が低いんだけど、いつの時代にも語呂合わせが好きな人間はいるものだね」
いつから脱線してたのか、最後まで聞いちまったぜ。やっぱり親父と同じタイプだな。長々とダジャレの説明をしてくれてる間に逃げる事も出来たかもしれねぇ。
俺1人なら。
彼女が気になって、逃げ出す事が出来なかった。
神父がMVと名前(たぶんニックネームだろう)を呼んでる以上、無関係とは思えない。彼女は俺を誘う為の餌なのか?
いや、神父が俺の名前も知ってるって事は、彼女がグルだとは限らない。グルなら、逃げろなんて言わねぇはずだ。
ひょっとして、俺達親子と同じように京塚グループから逃げ出してきた?
アンドレの言うように、最近ここへ越してきて、偶然、袋小路に迷い込んだ?
偶然、俺が追い駆けて、偶然、神父が待ち構えてた?
不自然過ぎる。そもそも花屋にいたガキを店員と決めて話し掛けてきたのが不自然だ。
彼女への視線に気付いた神父は、
「そんなに彼女の事が気になるかい?」
「一目惚れかな?」
思春期のガキにそんなド直球で聞くなよ。答えられる訳ねぇだろ。
「彼女も紹介しておくよ」
「マルチナ・マルガリータ・マリア・マリア・メンデル」
Mが5つでMV。
「1980年6月11日生まれ」
「君の生まれた年と同じだけど、日本だと学年は違うね」
年上かと思ってたが、大人びた雰囲気なんだな。
「思春期の愛娘に悪い虫が付かないように、守らないといけないな」
悪い虫ってのは俺の事か?
……てか、愛娘って何んだ?
「父親としての義務だからね」
情報を処理する前に次々と新情報を与えられて、パニック寸前だ。
父親だって?
だったら彼女も日本人?
名前が違うぞ?
「勝手に父親なんて名乗らないで! 私はあなたの娘じゃない!」
父親を父親と認めない娘。複雑な家庭の事情ってやつか?
いや、それより前に、この2人の神父はクローンじゃないのか?
「どうしたんだい、MV?」
「いつもの素直な君はどこへ行ったんだい?」
塀の上の神父がヒラリと飛び降りて、彼女の目の前に立った。
思ったより背が高い。180cmはあるか?
塀から降りても見下されるのは変わらず、彼女はまた蛙だ。何も応えられない。
「悪い虫のせいなのかな?」
「殺虫剤を撒こうか?」
後から現れた神父の方が、ゆっくりと俺に近付いてくる。
「私に構わずに逃げて!」
女にそんな事言われて逃げる男はいねぇだろ。
ガキが大人2人にケンカで勝つには、
「破ァッ!」
不意打ちしかない。
影を頼りに左腕の裏拳を放ち、神父の顎を捉える。当たった感触はあった。確かに感触はあったんだが、何かが変だ。
神父が吹っ飛んだ壁の方に目をやると、そこには神父が2人倒れていた。
「え?!」
訳が解らず、彼女の方へ振り向くと、その横にも神父は立っていた。
「殴ったね」
「父親にも打たれた事無いのに」
立ち上がった2人はやっぱり2人で喋り出した。
「当然だよ。僕が生まれてすぐ、父親は僕から逃げ出した。僕はノンナートだからね」
ノンナート……、生まれそこない……。
ラボの研究とは関係無い、生まれながらの能力者って事か。
「近付いたのは、ただ包帯を取って欲しかっただけなんだ」
「疑心暗鬼になり過ぎだよ、ナイト君」
そりゃ疑うだろ。こんな異常な状態に放り込まれたら。
「でも、もう確認の必要は無いかな」
「ケガをしている腕で、あんな思い切り良く殴ったりしないだろうからね」
声の主が3人になった。もう、どこを向いて良いか判らねぇ。
「それに【破壊不能】の能力が受け継がれたのかどうかも、実は重要な事ではないんだ」
何んだよ、まだ本題に入ってなかったのか?
「君達を追い駆けまわしてるラボの連中にとって、能力の遺伝は最重要項目なんだろうけど」
「少なくとも僕には興味が無い」
だったら何んでこんなトコに誘い込んだ?
「重要なのは肉体的資質ではなく、精神的な資質」
「海の向こうの友人が言うよう、取るに足らない存在なのか? それとも彼に仇なす存在となるのか?」
「君のこの後の行動によって、見極めさせてもらうよ」
この後?
「今、君はどうしようか迷っている」
逃げるに決まってるだろ。
「彼女は……、MVは僕の味方なのか? 君に寝返ったのか?」
「1人なら逃げられたかもしれないのに、そうしなかったのが迷っている証拠だ」
ガキの考えなんてお見通しだな。
「私の事はいいから! 逃げて!」
だから、それは逃げすに助けろって意味になっちまうんだよ。
タイマンでもヤバそうなのに、3対1で勝てるのか、この左腕だけで?
「今、左腕を見たね」
「その左腕は君の唯一の武器」
「武器を確認するのは、戦う意志を持つ者の行動だ」
3人に囲まれちゃ、迂闊に首も動かせねぇ。
「どうやら君は、逃げるのが苦手な人間のようだ」
苦手なんて妙な言い方だが、確かに逃げなかったせいで、おふくろも死なせちまった。
「そして、無視するのも苦手」
「君はMVを無視出来ないでいる」
「無視して逃げる。2つ同時にするなんて、簡単な事なのに」
そうだ、簡単な事だ。彼女の声を聞くな。
「逃げて!」
逃げるな!
ダメだ。頭ん中ですぐに変換されちまう。
「自らを盾として人を守れるかどうかは、男だからとか、女だてらにとか、大人だから、子供なのに……、そう言った属性とは関係の無い、固有の資質の問題だ」
「利口だとか、愚かだとかとも次元の違う話だ」
「君は放っておいていい存在ではない。海の向こうの友人にいずれ仇をなす、危険な資質を持った男だ」
高く評価してくれて、ありがた迷惑だな。
「早く逃げて、ナイト君!」
絶対逃げるな、ナイト!
「もう喋らないでいいよ、MV。今、助けるから」
俺が覚悟を決めた時、彼女の表情も変わった。笑ったように見えた。こんな状況で笑うなんてありえねぇが、俺には確かにそう見えた。
クリナムリリーに込めた彼女のメッセージ。父親の呪縛から逃れて、
『どこか遠くへ』
その想い、俺が受け取った。
「応ぉぉーーォッ!」
まずは彼女を神父から遠ざける。
神父と俺を繋ぐ直線上に、彼女が壁となって死角を作るように走り込み、彼女の脇の下を通して左拳を神父の腹に叩き付ける。
キョロキョロと戸惑ってたガキが急に腹をくくって突っ込んで来たのに面喰ったのか、意外とアッサリ神父は吹っ飛び、彼女は俺の左腕に抱かれる形になった。
高そうなシャンプーの香りが鼻先をくすぐったが、ときめいてる場合じゃない。吹っ飛ばした神父がまた2人に増え、合計4人。ますます窮地に陥った。
「大丈夫だよ、MV。安心して」
言ってはみたものの、どう考えてもヤバい。
3方向を塀に囲まれて逃げ場が無い。親父なら予め逃走経路を確保してただろうが、俺は女の尻を追っ駆けてきただけ。逃げ道どころか、ここへ誘われてるのにさえ気付いてなかった。
「1つだけ聞いていい?」
「何?」
「MVは僕の味方なの?」
近くで見ると、彼女の瞳は左右で色が違ってた。
右目のコバルトブルーは澄み渡る空のような気高さを想わせ、、左目のエメラルドグリーンは透き通る海原のように惹き込まれそうな深さを感じさせた。
彼女は躊躇いながら、
「解らない……」
と答えた。
自分で自分の行動が解らない。
何故、あんな事をしたのか? 何故、あんな事を言ったのか?
そんな事もあるさ。
敵か、味方か、確率がフィフティフィフティなら、自分の直感を信じる!
……とカッコつけたいトコだが、この窮地を乗り切るには、やっぱり確実な答えが欲しい。
「だったら、僕の味方になって」
「うん、分かった」
今度はハッキリと頷いてくれた。これで彼女は俺の味方だ。……鵜呑みにすればな。
「走るのは得意?」
「苦手じゃない」
フィンランドの嫁担ぎレースみたいにマヌケな姿は回避できた。
いくら逃げるのが苦手と言われても、得体の知れない奴を4人も相手にするほどバカじゃない(と信じたいね)
前に2人、後ろに2人。前門の虎、後門の狼。
「MV、少しだけ離れて」
逃げ道が無いなら、
「打ぁーーァッ!」
作るまでだ。
毛が3本のオバケみたいに壁を通り抜けられたら良いんだが、あいにくそんな芸当は持ち合わせてない。壁の向こうに行くにはブチ壊すしかねぇ。
ラッキーな事に、子供は楽に通れるが、大人は苦労しそうな、ちょうど良い大きさの穴が開いた。
そう言えば、この壁の修理代は払ってなかったな。
「行くよ、MV」
彼女の手を取って穴を抜けると、母屋が遠くに小さく見えるほどの広い庭。こんな広い庭付きの家が近所にあるなんて、全く知らなかった。
どこへ向いて走るか迷ってると、
「出口はこっち」
と彼女に手を引かれた。
やっぱり道に迷った訳なんかじゃなく、俺を誘い込んだって事だ。
彼女はこの周囲の地図を完璧に把握してる。これじゃ、どっちが助けられてるのか判らねぇが、思った通り、神父は追ってきてない。油断はならねぇが、とりあえず逃げるのに集中できる。
「この先にプードルがいるから気を付けて」
地図だけじゃなく、あらゆるルートや障害をシミュレートして俺に近付いたのか。
壁を抜けたら犬がいた、なんてお約束にしても、プードルとはまた可愛い番犬だな。
「BOW WOW!」
忠告された意味はすぐに解った。
何んだ、あの馬鹿デカいプードルは?!
「僕の知ってるプードルじゃない!」
後ろ足で立ち上がれば、人間のガキとほとんど変わらねぇデカさだ。
「それはたぶんトイプードル。愛玩犬として人間が改造した犬種」
改造だなんて、嫌な言葉を使うんだな、とその時は思ったが、今なら彼女がその言葉を選んだ理由が解る。生命を自分の勝手な都合でいじくり回す奴は最悪だ。
「本来のプードルは、第二次世界大戦時に海難救助犬として活躍したくらいだから、大きくて当然。あのスタイルにカットするのは可愛いからじゃなくて、泳ぐのに特化させる為よ」
俺達は侵入者。救助の対象じゃない。
「来るなよ、来るなよ」
リードも付いてない巨大プードルを牽制しながら、その横を走り抜けようとするが、
「BOW!」
黙って通すなら番犬失格だ。
「気を付けて。アプリコットは1番気が強い」
毛の色で性格が変わるとは思えねぇが、確かに狂暴そうな面構えだ。
「噛むなよ、噛むなよ」
どっかのトリオのつもりは無かったが、
「絶対に噛むなよ!」
こんな風に言われたら、
「WOW!」
噛むに決まってるよな。
お気の毒さま。破壊不能の左腕に思いっ切り噛み付いたんだ。もう大好きな骨付き肉は食えないぜ。
「だから噛むなって言ったのに」
意気消沈した巨大プードルを尻目に、俺達は出口に向かった。
日本人と外人さんの感覚のズレを考えても、かなり広い。2分は走った。
そこに、刑務所の壁をブチ壊して入っちまったのか? と錯覚させるほど頑丈そうな鋼鉄の門が現れた。
まぁ、いくら頑丈でも門と言うのは内側から開けるのに苦労はしない。苦労するのは出てからだ。
どこへ逃げたら良い? まずは親父と合流するか?
だが、手紙を寄こした以上、アパートの場所も割れてる。連絡を取ろうにも、携帯なんて有って無いような時代だ。
「携帯電話、持ってる?」
一応、聞いてみるが、
「持ってない」
だろうな。とりあえず、外へ出ようと門に近付くと、
「待ってたよ、ナイト君」
門の上から、また神父が見下してた。まるでオーギュスト・ロダンの『地獄の門』 服は着てるが、クリーブランド美術館にもあった『考える人』のつもりか?
「汝等、ここを通る者、一切の希望を捨てよ」
門が開いて、もう1人の神父も現れた。
ダンテの『神曲』 やっぱり、ここは地獄の門。
だが、ここで希望を捨てるくらいなら、最初から逃げたりしねぇ。
でも、こっちはほぼ一直線で走ってきたのに、レンガ塀の迷路を通って来た神父に、どうやって追い抜かれたんだ?
この門をくぐれば絶望が……、残る2人の神父も待ち構えてるのか?
「ここは何んとかするから、MVはこの家の人に頼んで、警察へ通報してもらって」
浅はかだ。警察に言って解決するなら、逃亡生活なんてする意味が無い。
壁を壊して、番犬を潰した挙句に、助けてくれなんて、我ながら都合のいいガキだと呆れるぜ。
「いない。今日は出張で、帰ってくるのは明日の朝」
そこまで調査済みかよ。状況を打破するどころか、さらに悪化していく。残る2人の神父が後ろから追ってくる可能性だってある。迷ってる暇は無い。
「走って、MV」
窮地に追い込まれると突っ込む癖は、8歳の時から進歩が無い。
「破ぁぁーーァッ!」
門をくぐって入って来た神父に走り、力一杯殴り付ける。当たった感触は、やっぱりどこか変な気がした。
神父がまた2人に増えて、それぞれに右と左の腕を掴まれ、足が宙に浮いた。
「子供が喜びそうな表現をすると、忍法・分身の術」
「この国の人間は、忍者と赤いマントの超人を同一視してるみたいだけどね」
日本のガキも大して変わらねぇ。
「僕は忍者でも超人でもない。ただのノンナートだよ」
磔にされて身動きが取れないトコへ、門の上から飛んで来たもう1人の神父に膝蹴りを喰らい、後ろを付いて来てた彼女ごと吹っ飛ばされて、唇が切れた。ランスロットもそうだったが、京塚の連中は子供相手に手加減ってもんを知らねぇのか?
「ごめん、MV、大丈夫?」
「私は平気」
彼女は石畳で、手の甲に擦り傷を負ってたが、口から血を流した奴に言われたら、こう返すしかないか。
「あなたの方こそ大丈夫なの?」
彼女が唇に薬指で触れた。
「少し染みるけど、大した傷じゃない」
手当てとはよく言ったもんで、痛みはすぐに治まった。
「MV、他に出口は無いの?」
「さっき壊した壁から反対に行けば、裏口がある」
一旦ふりだしに戻る訳か。
神父全員が外から回って来てるのか、2人づつで挟み撃ちにしようとしてるのか、どっちだ?
「その目、まだ諦めてないね」
「この状況で、まだ突破口を切り開こうとしている」
「君のような資質を持った男が作る綻びは、やがて組織を崩壊させるだろう」
買い被り過ぎだぜ、全く。
「寄ってたかって子供相手にムキになる大人の集まりなんて、1回潰れた方が良いんじゃない?」
自尊心の強そうな面構えだから、挑発すれば元の1人に戻るんじゃないかと思ったが、期待通りだった。
3人の神父が肩を組むように近付くと、神父の白い肌がモザイク模様のようにザラついて、2人に減り、そして1人になると、また、きめ細やかな肌に戻った。
「挑発に乗ってみようか」
「だったら僕も一緒になるかい?」
門の外から更に2人の神父が現れてはモザイクとなり、次々と分身が消えていく。
これで1対1。
だが、まだ立ち上がるのは早い。もう少し神父が俺達に近付いてからだ。
「どうした、ナイト君。威勢が良いのは口先だけなのかい?」
挑発に乗ってくれたのに申し訳ないが、俺の方は挑発には乗らないぜ。もっと近付いて来い。
「そっちこそ、1対1になって、ビビってるんじゃないの?」
神父の灰色の瞳からは感情が読みにくい。ガキの抵抗に付き合ってるのか、本気で怒ってるのか。
「図星だよ。僕は君を恐れている」
神父が胸元から、黄金の刃の根元に、白銀の天使のレリーフがあしらわれた短剣を取り出した。
まるで十字架。どこまでもゲームみたいな男だな。
「だから、君が強く成長する前に出逢えて、安堵している」
神父との距離、5m。
「MV、君はこちらへ戻っておいで。今回の事は気の迷いとして許すよ」
神父との距離、3m。
彼女は黙ったままだったが、俺の後ろで上着の裾を握り締めてるのが伝わった。これは一緒に逃げるって決意表明で良いんだよな?
「MV、僕の合図で走るよ」
神父に聞こえないように囁く。
神父との距離、2m、1m、ここが限界。
「走って、MV!」
「そうはいかな……!?」
左腕でこっそり削って作った石畳の粉を神父の顔に投げ付けた。
幼稚な作戦だが、幼稚過ぎて大人には想像できなかったみたいだな。
「子供みたいな真似を!」
みたいじゃなくて、子供なんだよ。
視界が閉ざされた神父を、正面から体当たりで吹っ飛ばす。この時、神父の体の変な感触の正体が判った。
大人にしては軽過ぎる。
12歳だった俺と同じか、もっと軽かったかもしれない。
だが、そんな事を気にしてるような余裕は無かった。神父の視界が復活しないうちに全力で裏口へ向かって走る。
……はずだった。
振り向くと、走り出していた彼女はすぐそこに立ちすくみ、その先に4人の神父が横並びで歩いて来るのが目に入った。
「まさか壁を壊して逃げるとは思わなかったよ」
「てっきり、4人の僕のうちの誰かに向かってくると身構えてたんだけどね」
「砂を投げ付ける、なんて幼稚な事をするとも思わなかったよ」
「でも、ここまで。技ありが1回、有効が1回。残念だけど、合わせ技一本とまではいかなかったね」
どう言う事なんだ? 4人揃って現れるなんて……。だったら、後ろで泣きながら目をこすってる神父は、どっから湧いて出た?
「門の上から見下ろされた時、追い付かれたと思ったね?」
「そう思ってしまったのが君の敗因だ」
勝手に勝った気になるな! と吠えられるほど、情報が整理出来てない。
「君が花屋を出た時、既に僕は6人いたんだよ」
「君を誘い込む為に、あらゆる角度から見ていた」
「気付かなかったかい?」
悪りぃか、女のケツしか見てなくて。
「走る、歩く、止まる。MVに指示を出して、付かず離れずの距離を保っていたのにも気付かなかったね」
いっそ、マヌケと罵ってくれ。
「MV、君の役目はここで終わりだ。戻っておいで」
唇を震わせた彼女は何も言えず、ジッとこっちを見てた。
どうして欲しい、MV?
いや、違うだろ。彼女の決意表明は終わってる。
どうしたいんだ、僕は?
「MV、こっちに来て! 僕は君の味方だ!」
逃げるのが苦手、無視するのが苦手。もう1つ苦手なもんがあったぜ。
俺は、諦めるのが1番苦手なんだ。
4人の神父と、視界を奪われた1人の神父。どっちを選ぶか迷う必要は無い。
「走って、MV!」
まだ泣き続けてる神父の横を全速力で走り抜けたら、その先はすぐ鋼鉄の門だ。他にもまだ神父がいて、先回りしてる可能性は否定出来ねぇが、門をくぐり、アパートまで辿り着ければ、きっと親父が何か策を用意してるはず。最初からそうすりゃ良かったんだ。
『2人で頑張って、生きよう』
あれは地獄の門じゃない。あの先にあるのは絶望じゃない、希望だ。
「目が見えなくても、君を捕らえる事くらいは造作もないよ」
目を閉じたまま両腕を広げた神父が、2人、4人、8人と倍々ゲームで増殖し、アッと言う間に行く手を阻まれた。
「破ぁァーーッ!」
吹っ飛ばせるのは既に判ってる。真ん中の神父を吹っ飛ばし、
「止まらないで、MV!」
出来た隙間からMVを逃がす。だが、そこまでだった。
闇雲に掴み掛かってくる残り7人の神父からは逃げられなかった。3人まではかわせたが、4人目、5人目と繋がれていく足枷で身動きが取れない。
「僕に構わず逃げて、MV!」
この台詞はダメだ。彼女の足を止めちまった。俺が1番解ってるはずなのに。
「今まで気付かなかったよ、MV]
「どうやら君も、無視して逃げるのが苦手なようだね」
「娘の新しい一面を発見する事が出来たよ」
「ナイト君には感謝しないとね」
ご褒美に見逃して欲しいトコだが、
「でもね、君が脅威である事は、もはや疑いようが無い」
「逃がす訳にはいかないよ」
そんな甘い男じゃないみたいだな。
「敬意として、一思いに天へ召されるようにしよう」
目潰しの効果が切れた。
天使の短剣を持った神父がゆっくりと近付く。
朝の爽やかな太陽の光が白銀の翼を輝かせ、俺の心臓に黄金の刃が突き立てられる。
「死んでたまるか!」
必死に左腕で短剣を叩き折ると、その破片が神父の首筋に深く傷を付けた。
「……!」
神父は天使をその手にしたまま、血飛沫を上げ、天を仰いで倒れた。狙った訳じゃないが、これで逃げられるか?
「短剣を持ってるのが本体」
「本体を倒して勝利」
「そう思ってるなら甘いよ、ナイト君」
違うのかよ。セオリー通り、と簡単にはいかねぇな。
「僕は全員、僕なんだ」
足枷と化してた4人の神父が立ち上がり、今度は脚を取られた俺の方が、地ベタに背を付く事になった。
「一思いに死んだ方が良かったと、後悔するよ」
見下されながら、横っ腹に蹴りを1発づつ、合わせて4発入れられた。
「痛ぅッ!」
5人目、6人目と囲まれては蹴られ、踏まれては蹴られた。
痛みが最高潮に達し、遠のく意識の中で、俺は彼女しか見てなかった。
「もうやめて!」
彼女は泣いていた。
自分の為に泣いてくれる女を守れないのが、こんなに惨めな事なんだと、この時知った。親父も、この気持ちをずっと背負ってたんだな。
「私は戻るから、もうやめて!」
彼女が駆け寄り、神父達が俺の周りから離れた。
「良い子だ、MV」
「最初から、そう言ってくれれば良かったのに」
神父の言葉には耳を貸さず、彼女は膝を突き、もう首を動かすのさえもままならない俺を抱き起こした。
「ごめんなさい、私のせいで」
彼女に抱かれてると、不思議に痛みが和らいでいった。朦朧とした頭が覚醒していく。
「MVのせいじゃない。僕が追われてるのはずっと前からなんだ。巻き込んだのは僕の方だ。ごめん」
激しく首を横に振りながら、彼女は何か言ってたが、水道工事の音に掻き消されて聞き取れなかった。甲高いモーターの音と、アスファルトを砕く重低音。大通りまで逃げられたら助かったかもしれない。もう少しだったのに……。
「もういいだろう、MV。ナイト君から離れるんだ」
神父の声に応えて、俺を再び横にすると、
「あなたはもう立ち上がらなくていい」
そう言って、観念したように立ち上がり、1番奥の神父の元へ歩を進めた。彼女の涙は止まってたけど、その背中はまだ泣いていた。
彼女はクリナムリリーの花言葉を諦めた。
「ナイト君、やっぱり君は放っておけない男だ」
「今、確信以上のものを感じたよ」
やっぱり俺は諦められなかった。
「そんな! 私が戻れば助けてくれるんじゃなかったの!?」
彼女は必死で訴えてくれたが、神父の灰色の瞳は、今までで1番暗く、冷たくMVを見下ろした。
「可愛い娘の願いは聞き入れてあげたかった」
「でもね、MV、君の存在はナイト君に立ち上がる力を与えてしまうんだよ」
神父の言葉を聞いて振り向いた彼女の顔は、
『何んで立ってるのよ、バカッ!』
とでも言いたげだった。
「君がいる限り、ナイト君は何度でも立ち上がる」
「その魂を天に召さない限り、何度でも僕達に牙を剥く」
立ち上がったトコで何が出来る訳でもなかった。
牙を剥いても、どこに噛み付けば良いのか判らなかった。
この時は何も考えず、ただ立ち上がらずにはいられなかった。
俺の為なんかで、彼女にクリナムリリーへ託した想いを捨てさせる事は出来なかった。
「逃げて、ナイト君!」
水道工事の音に負けないくらいデカい声で彼女が叫んだ。
「逃げるな、ナイト!」
そうだ、絶対に逃げるな。
……え? 工事の音に混じった、この声は誰だ?
甲高いモーター音と、アスファルトを砕く音がドンドン大きくなって近付いてくる。
「守りたいんだろ、その娘を!」
突然、塀が砕かれ、SCI-KYOHに乗った親父が飛び出してきた。
水道工事の音じゃなかった。さっきから聞こえてたのは、SCI-KYOHのスパイクがレンガ塀を削り砕く音だった。
「守りたいなら、絶対に守り抜くんだ!」
居並ぶ神父達の隙間を縫うようにSCI-KYOHが走り抜け、次々と神父達を吹っ飛ばしていく。
「応ぉぉ―――ッ!」
どうして親父がSCI-KYOHを乗りこなしてるんだ? なんて疑問はそっちのけで、とにかく彼女の元へ走るのが先だった。殴っては増える神父の群れを掻き分け、一直線に彼女へ走った。
「自棄を起こしたのかい、ナイト君?」
「こんな事をしても僕が増えるだけなのは解ってるだろう?」
神父の声なんか聞く気は無かった。
「止まるな、ナイト!」
親父の声と、俺の感情は完全にシンクロした。
そうだ、止まっちゃダメだ。
「増えるなら勝手に増えろ! 全員ブッ飛ばしてやる!」
一体、何人の神父を殴ったか判らない。無我夢中で彼女を目指した。
「MVィィーーッ!」
最後の1人をブッ飛ばして、ようやく彼女に辿り着いた。
「どうして逃げなかったの!?」
「神父が言った通りだよ。僕は逃げるのが苦手で、……それに、君を守りたいから」
彼女はキョトンとした目で俺を見つめた。
「今日逢ったばかりなのに、どうして?」
当然の反応だな。数分前に遭ったばかりの男に、命を懸けるなんて言われて、「はい、そうですか」と信じるような、めでたい女はいない。
「家族以外で初めてなんだ、僕の味方になってくれたのは」
日明さんには悪いが、こう言う時は多少なりとも大袈裟に言った方が信じてもらえるって事で、勘弁してくれ。
「ナイト、後ろ!」
慌てて振り返り、左の裏拳で神父を吹っ飛ばす。
油断禁物。神父はまだまだ増えていく。女を口説いてる間に死にました、なんて閻魔様も笑ってくれねぇ。
シートロックで下半身を固定した親父は、人馬一体でSCI-KYOHを自由自在に操り、群がる神父達を薙ぎ倒し続けてる。
「これ、持ってて」
もうボロボロでほとんど花ビラも残ってないアフリカンマリーゴールドを彼女に預け、親父に続いて神父を次々に吹っ飛ばす。
「抗うのは無意味です」
「戦えど、戦えど、あなた達の敗北は変わりようが無い」
「僕はいくらでも増えますよ、葛城博士」
余裕の笑みを浮かべながら増え続け、襲い掛かってくる神父に、
「もうすぐ北風が吹く」
親父が理解不能な言葉を投げ掛け、
「君は自分の能力の仕組みを理解しているのかい?」
と余裕の笑みを返した。
「仕組み? 面白い事を言いますね」
吹っ飛ばす奴と、吹っ飛ばされる奴が両方笑ってるなんて、狂気じみた光景だ。
「母親から生まれた直後、僕は双生児だった」
「でも、翌日には1人になって、病院中が大騒ぎになってしまった」
「新生児の拉致事件として警察も動いたし、小さな記事とは言え、新聞にも載った」
「だが、その2日後、今度は三ツ児になった」
身の上話を語り出しながらも、神父は攻撃の手を緩めない。
「母親は産後の経過が悪く、点滴で栄養を補いながら眠っていた」
「父親はそんな母親を置いて、僕を1度も抱き上げる事無く、姿を消した」
俺の拳は止まった。こんな話をされて殴り続けるほど、俺は強くない。逆に殴り飛ばされて、また彼女に抱かれる形になった。
「幸運な事に、母親が目覚めた時、僕は1人に戻ってた」
「それは、育ててもらう為の本能だったのかもしれない」
「病院では、この一連の流れを禁忌とし、母親の耳に入る事は避けられた」
「それから10年間、僕が2人や3人に増える事は無かった」
ここで神父の手も止まり、それに合わせて親父も止まった。
「しかし、1970年12月20日、クリスマス直前の日曜日、母親と2人で礼拝へ行った帰り、僕を取り上げた産婆の孫と会った」
「近所に住んでいたその孫は僕と同い年だったが、身長で10cm、体重は20kg重ほども大きい男だった」
「そいつは僕の事を悪魔と呼び、母親を魔女と罵倒した」
「母親の前で初めて4人に増えた僕は、そいつを殴って、蹴って、叩き付けて、殺した」
俺は息を飲み、首筋に粘るような汗が流れるのを感じた。彼女も、この話は初めて聞いたのか、似たような状態で、その表情は強張っていた。
「母親は僕を置いて一目散に家へ帰り、部屋から出てこなかった」
「翌日、昼過ぎになっても出てこない母親が気になって、庭から窓を覗くと、母親が首を吊っているのが見えた」
「僕は父親にも母親にも見捨てられた、ノンナートなんだよ」
「増えるのは当たり前」
「仕組みを理解する必要など無い」
240の瞳が親父に視線を向ける。哀しみも怒りも、何も感じない表情だった。
「不幸自慢はそれで終わりかい?」
親父は動じないどころか、4年前、日明さんと対峙した時と同じ冷徹な顔を覗かせ、神父を挑発し始めた。
「君は命を懸けて子供を守ってくれる親が羨ましいんだね」
神父の目が変わった。歯噛みしながら、240の瞳で親父を睨み付ける。
「だから、ナイトが気に入らない」
「ふざけるな!」
120人の神父が一斉に怒号を上げる。それでも親父は動じない。
「特別な能力があるからと言って、10年も共に暮らし、育てた我が子を簡単に見捨てられるものじゃない」
親父の表情が優しく戻った。
「君の母親は、君を贖罪する為に自らの命を捧げたんだ」
真実なんて誰にも判らない。ただの奇麗事かもしれない。それでも神父が動揺してるのは明らかだった。あれだけ雄弁だった神父の口から言葉が出ない。
「僕にも命懸けで我が子を守る覚悟がある。このまま戦いを続けるなら、君もそれ相応の覚悟をしなければならない」
親父が一旦、間を空けると、微かに、断続的な電子音が聞こえた。
そう、親父がSCI-KYOHを乗りこなせる理由はただ1つ。ベッツィの小型化、そして、SCI-KYOHへの搭載が完了していた。
ベッツィが何をしているのかは判らなかったが、SCI-KYOHのタンク上部に設置されたモニターをチラッと覗いた親父は、シートロックを解除して、SCI-KYOHから降りると、
「『北風と太陽』の話を知ってるかい?」
また突飛な事を言い出した。
神父は何も応えなかった。
「旅人の上着を脱がせる事が出来るか、力比べをしよう、と言う有名なイソップの寓話だ」
だから、どうした? と言わんばかりに、神父は親父を睨み続ける。
「北風は力任せに上着を吹き飛ばそうとするが敵わず、太陽が照り付けると、旅人は暑さに耐えきれず、自ら上着を脱いだ」
この間も電子音は鳴り続けてる。
「でも、この有名な話には省略された部分があってね。実は北風は1度、太陽に勝ってるんだよ」
これはガキでも判るほど見え見えの時間稼ぎだ。神父もとっくに気付いてただろうが、誘いに乗るのがお好きな自信家は、黙って話を聞いてた。
「最初の勝負は旅人の帽子を取る事だった。太陽がいくら照り付けても一向に帽子を取る気配は無く、北風が吹くと、いとも簡単に帽子は飛ばされた。何事に対しても適切な手段を選ぶのが重要。時には強引な手段が有効な場合もある。……と言う事だね」
「僕を倒すのに、その強引な手段を使おうと言う訳ですか?」
「もう1度だけ聞く。君には北風と勝負する覚悟はあるかい?」
「僕には守ろうと思う家族はいない」
彼女を……、守る気が無い? さっきまで愛娘と呼んでたのに。
彼女も神父が父親と名乗る事を拒否してた。この神父の言葉にも動揺は見せてない。
「でもね、海の向こうの友人、唯一無二の友人の為に命を捧げる覚悟はいつでも出来ている」
神父の顔から動揺が消えた。
「だったら見せてみるがいい、その覚悟を!」
親父の最後の挑発。
120人の神父が再び動き出し、怒涛のように押し寄せる。
「荒れ狂え、ボレアース!」
親父の言葉と同時に突風が吹き荒れ、120人の神父が俺達の前から跡形も無く、霧散した。
俺も彼女も何が起こったのか見当も付かず、ジッと親父を見つめるしか出来なかった。
「『北風と太陽』の寓話は、ギリシャ神話にある北風の神・ボレアースと、太陽の神・アポロンの話を元にしたと言われている。ボレアースの持つ意味は、貪り尽くす者」
神父はガキが殴って吹っ飛ぶほど異様に軽かったから、北風で飛ばされるくらいなら解る。だが、跡形も無く消えてしまったのは何故だ? 北風はどうやって神父の群れを貪り尽くした?
「彼の能力は原子と原子の間に隙間を作って、体積を増やす事。おそらく人数を増やさなければ、巨人になる事も可能だろう」
風船に空気を入れて膨らますようなもんか?
「ただし、質量が変わる訳じゃない。2人に増えれば体重は半分、4人になれば更に半分」
だからガキが殴っただけで簡単に吹っ飛んだ訳か。
「それと共に、隙間が増えれば増えるほど、原子間の結合は弱まっていく。分裂しやすくなるって事だ」
確かに10人を越えた辺りからは、神父自身が能力をコントロールしてるようには見えなかった。吹っ飛ばした分身が、他の分身にブチ当たって勝手に増えていってる感じだった。
「自分自身を維持できるギリギリまで分裂してしまった彼は、北風に吹かれて、原子レベルでバラバラになってしまった。それが120人の神父が突然消えてしまった理由だよ」
「どうやって風を吹かせたの?」
言わずもがな、ベッツィの天気予報にタイミングを合わせただけなんだが、この時は親父が魔法でも使ったのかと思ってた。
親父はいつものように思わせぶりなウインクをして微笑むだけで、俺の疑問には答えてくれなかった。意地が悪い。
「なるほどね」
ウインクした目を開けると、親父の目の色が変わっていた。比喩ではなく、現実に。
さっきまで俺達の周りを360度囲んでた灰色の瞳、神父の瞳だった。
「隙間を利用して、他の人間の中に入る事も可能な訳か」
話口調は元々似てるんで変わりはしないが、声音は低く艶やかな神父のそれに変わっていた。
「都合良く風が吹いた理由を聞くまで大人しくしていようと思っていたけど、どうやら話してくれそうにない。意地悪だね」
そこに関しては同意するが、意気投合なんてしない。
神父の瞳と、神父の声に変わった親父が、振り向いて離れて行き、さっきブチ折った短剣を拾い上げた。
「父さんじゃない……、どう言う事……?」
「風に煽られている人間は見た事があるだろう?」
もったいぶった口調や、回りくどい話の展開は親父と瓜二つ。瞳と声が違わなければ、どっちが喋ってるのか判らない。
「そう言う状況に置かれた時、人は本能的に何かに掴まろうとする。今の僕はまさにそうだ。飛ばされまいと掴まったのが葛城博士の体で、そのまま体の中に入る事が出来た」
ラッキーな奴だ。その運を半分でも分けて欲しいぜ。
「そう、この能力はたった今、身に付けた。……いや、能力自体は生まれた時からあったはずだが、葛城博士のおかげで、それに気付いた、と言う事だよ」
話しながら、ゆっくりと俺達の方へ戻ってくる。
「父親の体を使って、その息子を殺すなんて、悪趣味極まりないけど、これは偶然そうなっただけだ。許してくれ、ナイト君」
刃先が折れてるとは言え、刃物には違いない。突き刺せば充分な殺傷能力がある。
「ごめん、父さん!」
殴れば神父が親父から離れる、そう思って殴り付けたが、俺の右拳は簡単に受け止められた。手加減なんてしてないのに。
「さっきの葛城博士の講義は無駄だったようだね。分裂するから軽くなる。軽くなるから飛ばされる」
4年間休まず鍛えた大人が、ガキに吹っ飛ばされはしねぇって事だな。
「覚悟は出来ているかい?」
神父の声で、親父が短剣を十字架のように胸元へ持っていった。
「あんたをブッ飛ばす覚悟なら200%だよ」
覚悟だけならいくらでも出来る。肝心なのは、どうやってブッ飛ばすかだ。
「それなら、2000%の覚悟で応えるよ、ナイト君!」
黄金の刃が俺の心臓に襲い掛かった。その時、
「ならば僕は∞だ!」
親父の声に戻った。
短剣を持った右手がブルブルと震え、俺の胸先寸前で止まってた。
「君を倒す方法を思い付いたよ」
親父が短剣の持ち方を変えた。
嫌な持ち方だと思った。あれは時代劇でよく見る、侍が切腹する時の持ち方だ。
「僕と一体化している以上、僕が死ねば、君も同時に死ぬ」
やっぱり、そうだ。
「ダメだ、父さん!」
止めようとした俺に向かって、親父が嫌な笑い方をした。
「心配する必要は無いよ」
また神父の声に変わった。
「そんなブラフが通用すると思いますか?」
「こけおどしだ、とでも?」
「僕を倒した所で組織が無くなる訳じゃない。利口な人間はこんな所で命を捧げたりしない」
「お褒めにあずかって光栄だね」
名人芸の落語家みたいに、目まぐるしく声色が入れ替わる。
「あなたは愛する我が子を残して死ねるような性質じゃないでしょう?」
「覚悟はあると言ったはずだよ!」
遂に親父の覚悟が勝り、黄金の短剣が振り下ろされた。が、その刃は親父の体には届かなかった。
必死に立ち上がり、俺が左腕でその行く手を塞ぎ、金属同士がぶつかる甲高い音が鳴り響いた。
親父を死なせるわけにはいかない。おじいちゃんとの約束がある。
「ありがとう、ナイト。そうしてくれると信じていたよ」
「え?」
親父のハッタリに俺まで釣られたって事だな。
「そして、君もそうすると思っていた」
親父の体に一瞬モザイクが掛かり、神父が飛び出していた。
「チキンレースは僕の勝ちだ」
神父が飛び出すのと同時に走り出したSCI-KYOHが、ブレーキターンで俺達にケツを向ける。
「吹き飛ばせ、ベッツィ!」
親父の声に合わせて、マフラーから吹き出すエグゾーストが、今度こそ神父を塵にした。
ここで終われば、ハッピーエンドだったんだが、
「ありがとう、父さん。どうして、ここが……」
分かったの? と聞く間も無く、親父が天を仰いで後ろへ倒れていった。
その胸の上に、どこから出てきたのか、赤くグロテスクなモノが脈打ちながら落ち、水風船のように弾けて、深紅の飛沫を撒き散らした。
「え……何……父さん……?」
俺は何が起こったのか理解不能だったが、彼女は見ていた。
「ライムンド・ノンナート神父が手に持って出て来た。ナイト君のお父さんの心臓を」
自分が飛び出したのが癪だったのか、親父の心臓まで引っ張り出しやがった。神に仕える身のくせにエグい事をする。神父が塵になって吹き飛んだんで、それだけが残って落ちたって事だ。
「父さん……」
おふくろの時と同じだった。視界が極端に狭くなって、親父しか目に入ってなかった。彼女が親父の手を取って何か言葉を掛けてるのを見てるはずなのに、認識出来てない。そんな感じだった。
「ナイト君!」
彼女の声とビンタで再び視界が開けたが、そのビンタが1発だったかどうかは覚えてない。
「お父さんの最期の言葉、しっかり聞いて!」
彼女に手を引かれて、親父の横に膝を突いた。
すでに虫の息で目も虚ろ。そして、
「ナイト……」
蚊の鳴くような声だった。
残った力でゆっくりと上げられた親父の手を握って、耳を傾ける。
「もう1度、旭の所へ行くんだ。そこでSCI-KYOHは完成する」
そんな言葉が聞きたかった訳じゃねぇが、親父に取っては重要な事だ、……俺を生かす為に。
「破壊不能の左腕と、世界最高のマシンがあれば、彼女を守る事も出来るはずだ」
今になると安請け合いも甚だしいが、これで最後だと思うと、
「父さん……、必ず守ってみせるよ」
口からこぼれてた。
親父がウインクして微笑み、俺の手を強く、強く握り締めながら、
「生きろ、ナイト!」
これがホントの最期の言葉。親父の手から力が抜けていくのが判った。
「父さん!」
叫んでも目を開けてくれない。
「父さん!!」
喚いても手を握り返してくれない。
「うわあぁぁーーーーーーぁぁぁ!!!」
おふくろの時と違って、すぐに涙が流れた。
でも、泣いても、泣き続けても、親父は動いてくれない。
『お父さんを頼んだぞ、ナイト』
おじいちゃんとの約束は守れなかった。
いつまで泣いてたのか、覚えちゃいない。
俺の記憶にあるのは、翌朝、ソファに横たわってる彼女を、ベッドの上で膝を抱えてボンヤリと眺めてる光景からだ。
涙は止まったが、考えるのは親父の事ばかり。
あの時、モンローに行く予定を送らせてでも、一緒にアフリカンマリーゴールドを買いに行ってれば、父さんは死なずに済んだのかな?
あの時、アンドレに任せず、自分でアフリカンマリーゴールドを選びに行けば、父さんは死ななかったのかな?
あの時、彼女の言葉通りに逃げだしてれば……。
でも、彼女に出逢わなければ……、と思う事は無かった。
彼女に出逢わなければ、俺は立ち上がれなかった。
彼女が俺に前へ進む力をくれた。
彼女に出逢ったから、俺は生き延びる事が出来た。
きっと、俺が泣き疲れて眠るまで、ずっとそばにいて、見守ってくれてたんだろう。
だから、彼女が目覚めたら、おはようの前に、ありがとう、と言おう。
カーテン越しに差し込む朝の光に刺激されて、時折寝返りを打ちながらも目を覚まさない彼女を見ながら、そう思った。
窓際には、花瓶代わりの水差しに、彼女へ預けてたアフリカンマリーゴールドが挿されていた。花言葉は、
『絶望を乗り越えて生きる』
その言葉通り、花ビラを半分以上落としながらも朝日に向かい、茎を真っ直ぐ伸ばす姿に、ホンの少しだけ勇気付けられた。
次回 Phase.IV 【炎の聖書 ~introduction】