Phase.XVⅠ 【冬の稲妻】
破壊不能の左腕と世界最高のマシンを持つ男
人呼んで、MIDNIGHT
共暦1999年11月8日。
ハロウィンの余韻もすっかり冷め、気の早いサンタが街にチラホラ出現するようになった頃、季節外れの雷に襲われた。
稲穂の夫は豊穣をもたらすらしいが、冬の稲妻は俺に何をもたらしてくれるんだ?
この日は朝から雲1つ無い快晴。暦を鵜吞みにして冬と呼ぶにはまだ早い、小春日和だった。
こんな穏やかな日に、空気を読まずに襲ってくるなよ、と願いつつ、海岸沿いのバイパスを走ってた。健康の為にランニング……じゃないぜ。もちろん、ベッツィと一緒だ。
潮の香りと波の音を心地好く感じてたのに、
「能力者の反応が近づいて来るわ」
だ・か・ら、空気を読めって言っただろうが。
「勘弁してくれよ」
「能力があるから追手とは限らないけど、その可能性に賭けてみる?」
それこそ勘弁。
「気付いたら、輪っかと羽が付いてました、なんてゴメンだぜ」
「だったら用心しなさい。バイクに乗ってるから、すぐに来るわよ」
能力も見てない段階で用心もクソも無えが、SCI-KYOHのディスプレイに表示された白い光点は、ものの数十秒で追い付きそうな速さで俺達に迫ってる。
「時速120kmってとこか?」
こっちはのんびり制限速度で走ってたが、直線に入って、バックミラーに姿が見えたんで、試しに少し速度を上げてみる。
「何んだ? 離れていくぞ」
こちらに合わせて速度を上げてこない。
「ホントに追手じゃないんじゃねぇのか?」
「通りすがりのライダー? そうは思えないけど」
警戒はしつつ、今度は速度を落としてみる。
やはり、向こうの速度は変わらず、徐々に距離が縮まる。
「ビューエル社製なんて、渋いね」
「今はハーレーダビットソンの社内ブランドよ」
小っちゃい事は気にすんな。
「白い雷か。さらに渋いな」
ビューエル S1-W ホワイトライトニング。
カウルやタンクだけじゃあ飽き足らず、フレームまで白いカラーリングの徹底ぶりで、見た目重視かと思いきや、ご存知スポーツスターのエンジンを、これでもかってとこまでカスタムし、100馬力を叩き出したモンスターマシンだ。
馬力自体はSCI-KYOHに及ばないが、重量や、シングルシートって潔さを考えると、現在唯一、タメを張れるマシンかもしれない。
白ベースのサイドに雷マークの入ったジェットヘル、白のカットソー、白のダウンベスト、白のデニムパンツに白のスニーカー、とマシン同様これまた徹底した白い出で立ちの男は、100m後方から追い越し車線に入り、横に並ぶと、
「カッコいいバイクだな」
と親指を立てた。
「あんたも渋いぜ」
とサムズアップを返すと、そのまま走り去って、アッと言う間に見えなくなった。
「拍子抜けだな。ホントにただの通りすがりか?」
「どうかしら。褒められて悪い気はしないけど、しっくりこないわね」
「だったら、追い駆けてって、ブン殴るか?」
なんて軽口を叩いてると、今度は青いマシンが猛スピードで迫って来た。
「何んだ?」
「X-1ライトニング。ビューエルの最新型ね」
「今日はテストランでもやってん……!」
のか? と言い切る前に、右腕に衝撃が、ガキの頃にイタズラでコンセントに触っちまった時のような感電の衝撃が走り、
「痛ッてェ―ッ!」
見事に落馬。
良い子のみんな、バイクに乗ってる時はしっかりハンドルを握っとかないとダメだぜ。
「大丈夫、ナイト?!」
と言いつつも、ベッツィはそのまま青いイナズマとの追い駆けっこに突入した。
「こっちは大丈夫だ」
軽い痺れはあるが、意識ははっきりしてる。メットの着用が義務付けられてて助かった。
「それより、何んで追手に気付かなかったんだ?」
「能力者の反応は無いわ。さっきのは機械による攻撃よ」
スタンガンみたいな武器を持ってるって事か。肩透かしを喰らった直後で油断したな。
「どんな状況だ?」
イヤーカフの送受信器で会話は出来るが、2台のバイクは既に視界から消えてる。
「……回ほ……攻撃さ……たから、電……統に少……障が出……るわね」
ノイズで聞き取りにくい。
「で……すぐに戻……大人し……こで待って……さい」
日明さんがSCI-KYOHに後付けした通信機がまずイカレたみたいだな。
まぁ、ベッツィなら『普通』の人間に後れを取る事は無いだろう。
能力の無い奴を追手に差し向けるなんて、ラボもいよいよ人手不足か? と楽観は出来ない。逆に厄介なんだ、これが。
能力の無い奴はエスパーダに反応しない。つまり、ベッツィにも接近してくるのが察知できないって事だからな。にしても、
「待ってって言われても、こんな何んも無いとこでどうすんだよ?」
ベッツィの返事は無い。
意図せず独り言になっちまった声は、虚しく波の音に搔き消された。
「とりあえず、道の真ん中で突っ立てる訳にもいかねぇな」
これは完全に独り言。
言いながら、ガードレールに腰を掛け、メットを脱ごうとした時、青いイナズマに喰らったのと同じ衝撃がケツに走った。
「ドッキリか!?」
思わず隠しカメラを探しそうになったが、目に飛び込んできたのは、あのビューエル、白いイナズマだった。
「クソッ! やっぱ、こっちが本命かよ」
本線をまともに引き返してきたとは思えない。戻ってくるのが早過ぎる。舗装もされてない道なき道をショートカットしてきたとしたら、ベッツィに匹敵する運転技術。強敵だな。
「一撃で決める!」
白いイナズマの足を止める為、左拳に力を込め、進路に入った途端、右脚にあの衝撃が走った。
「痛ぅッ! 遠隔攻撃も出来るのか?!」
白いイナズマはそのまま突っ込んでくる。足が痺れて避け切れそうもない。左腕を盾に白いイナズマの特攻を真っ正面から受け止める。
……なんて出来る訳もなく、感嘆に吹っ飛ばされちまった。
白いイナズマは間髪入れず突っ込んでくる。メットは被ったままの方が良さそうだ。
「ベッツィ、戻って来れねぇか?」
やはり通信は途絶えたままだが、こっちの状況には気付いてるのか?
いや、俺と離れたらエスパーダはほとんど機能しない。青いイナズマは俺とベッツィを引き離す為の囮だ。援護は期待しない方が良い。
だったら、気合入れて、
「壊せるもんなら壊してみろ!」
と大声を出したからって、どうにかなるもんでもなく、馬100頭分の特攻にまた吹っ飛ばされた。
飛ばされながら気付いたが、遠隔攻撃から後、あの電撃を放ってきてない。連発は無理って事なのか、ただ俺を嬲って楽しんでやがるのか。
余裕かましてるならマヌケだぜ。足のしびれが徐々に抜けてきた。
次の特攻を横へ飛んで避け、その後も繰り返される特攻は右へ左へと何んとか避けた。
その間、電撃は来ないが、能力の無い奴を囮にするようなセコい野郎だ。油断は出来ない。かと言って、このままじゃ埒が明かねぇ。
見様見真似のぶっつけ本番だが、アレを仕掛けてみるか。
「せえの!」
白いイナズマの特攻にタイミングを合わせて、横へ跳ぶ。
「よッ!」
と見せて、ガードレールに足を掛け、
「三角飛びだ!」
ガキの頃、サッカー漫画で見た、空手使いのゴールキーパー(意味が解らねぇか?)が、ここ一番で使ってた技だ。
タイミングはドンピシャ。メットを叩き割って、そのツラ拝んでやるぜ。
「見え見えなんだよ」
おっと、読まれちまった。あっさりと左腕を掴まれ、
「初挑戦だろ? 顔が完全にこっち向いてたぞ」
新ネタはしっかり練習した方が良い。
電撃が走って、またまた地面に叩き付けられた。
「痛ッデーッ!」
ガードレールを使ったり、遠隔で攻撃された時よりも、直はキツい。右腕を掴まれてたら、手首から先が無くなってたかもしれねぇ。
「次はどんな技を見せてくれるんだ?」
白いイナズマは、すぐさまUターンで戻ってくる。
マフラーやリアサスペンションを車体真ん中へ置いた、マスの集中化に加え、極端なキャスター角を付けたフロントフォークと、極端に短くしたホイールベース。ビューエルのお家芸とも言える独特のシルエットは流石の小回り。それを操るイナズマ野郎も立派なもんだ。
……と褒めた途端にコケやがった。
「調子に乗り過ぎだぜ」
そうじゃなかった。
「あんたは油断し過ぎなんだよ」
コケたんじゃない。マシンをカーリングのストーンみたいに滑らせて、俺をぶっ飛ばす気なんだ。
「危ねッ!」
上に跳んで避けるが、マシンの後ろを走って付いてきてた野郎の右手が、空中で無防備な俺の頭、メットに触れると、神鳴が落ちた。
「連発できるのかよッ!」
メットが真っ二つに割れた。メットを脱いでたら頭がスイカ割りのスイカだった。……って、さっきから致命傷にならねぇとこばっか狙ってる。やっぱり嬲ってやがるな。ツラを拝むつもりが、先に拝まれちまった。
「何んでこんな奴に誰も勝てないんだよ?」
野郎の声が聞こえねぇ。神鳴直撃の轟音で耳がやられたみたいだ。
「覚悟してきたのに、全然弱いじゃないか」
聞こえねぇが、バカにしてやがるのだけは判るぜ。シールドのせいで口元しか見えねぇのが余計にムカつく。絶対ぇにそのツラ拝んでやるからな。
「さっきので曲芸はネタ切れか?」
聞こえねぇのが幸い。
「それとも、子守りのバイクがいないと何も出来ないのか?」
野郎の挑発に乗らなくて済む。あの雷をこれ以上何度も喰らう訳にはいかねぇ。
いや、待てよ。この距離なら、もう1回掴んできても良さそうなもんだ。あからさまな挑発には乗ってこないと踏んで時間稼ぎ、電気をチャージしてるとしたら、ヤバいな。
喰らっても軽いダメージで反撃できる方法があれば……ある!
「その挑発、乗ってやるぜ!」
俺の言葉に含み笑いを浮かべた野郎は、左手を広げて掴み掛かってきた。
「今度は左かよ!」
ちっと読みが外れたが、何んとか対応出来る。
右足で野郎の左手を止める。ちょうど靴底が当たるように。
「絶縁体?!」
「インテリなんだよ、俺は!」
ゴムは電気を通さない。コンセントを触った時に、親父が色々丁寧に説明(長々と説教とも言うか?)してくれたが、覚えてるのはこれだけだ。
「お見それしたよ」
何かを呟いて、野郎が右手を上げた。余裕こいてるつもりでも、連発出来るのはさっき見たぜ。
「遅せぇ―ッ!」
掴まれるより早く、俺の左拳が野郎のメットを捉えて、砕いた。
ようやく拝めたそのツラは、一昔前なら紅顔の美少年と持て囃されただろう整った顔立ちだったが、その目だけは狂気じみてた。
「つまらないと思ったけど、楽しませてくれるじゃないか」
怒りや憎悪で睨んでこない。むしろ楽しんでやがる。
この野郎は笑いながら人を殺せる。そう直感した。
「これならどうだ?」
野郎の右回し蹴りを左腕でガードする。脚からも電気を流せるようだが、一瞬ビリッときただけで、大したダメージは無い。チャージ不足なのか、油断させる為なのか、表情からは読めねぇが、そんなもんどっちでも良い。
「全ッ然、効かねぇぜ!」
逆に俺の前蹴りが野郎を吹っ飛ばす。まともに腹へ入ったはずだが、それでも野郎は笑いながら立ち上がり、
「あんた、能力がスゴいんじゃなくて、ただケンカが強いだけだろ?」
徐々に耳が治ってきた。薄っすら聞こえた『だけ』ってのは、何んだよ? またバカにしやがったな。
「てめぇッ!」
文句を言ってやる、と数歩踏み出したが、その分、野郎は後ろへ下がる。さらに前へ出ると、距離を保ってまた下がる。
やっぱり、あの電撃にはチャージが必要なんだ。連発出来るって言っても、2、3発が限界か?
ヘラヘラ笑ってられるのも今のうち。充電完了するのを良い子で待ってるほど、俺は大人じゃないぜ。
「チマチマ逃げてんじゃねぇ!」
野郎に向かって走り出そうとした時、意外な邪魔が入った。いや、意外じゃねぇか。危ないから車道で遊ぶなって、ガキの頃に言われたよな?
デカいクラクションを鳴らしながら、トレーラーが俺達の間を横切った。
ドットコムバブルで大儲けしたIT企業の新社屋でも建てるのか、建材を満載したトレーラーを先頭に、クレーン車を挟んで、砂利を山積みにしたダンプカー。いつまで続くんだ?って感じで連なった最後尾には見た事も無い、弩デカいショベルカーが続く。
その内の1台でも良いから、ロボットに変型して、野郎をとっ捕まえてくれりゃ大助かりなんだがな。
黄色い車御一行様が通り過ぎると案の定、充電完了してやがる。
右腕を上げ、俺が1番強いとでも言いたげに人差し指を突き立てて、余裕の笑みを浮かべてる。
「今度はそっちが逃げる番だな」
とことんナメやがって。充電完了まで指を咥えて待ってたと思うか?
「ほ~ら、避けろよ」
避けるのとは、ちと違うな。
野郎が腕を振り下ろすのと同時に、さっきブッ壊されたメットを投げ付ける。
「いつの間に拾って……!」
一直線に向かってきた電撃がメットを直撃し、俺まで届かない。
今度こそ、充電完了までにブッ飛ばす。
一気に道路を横切り、右拳を思い切り握る。
野郎も右手で掴み掛かってきたが、それを左腕でガードする。
「俺の左腕は破壊不能だ!」
だが、掴まれたのに電撃が来ない。いよいよ電池切れか?
「壊せないのは左腕だけだろ?」
「それで充分だろが!」
と殴り掛かったが、俺の右拳が野郎の顔面へ届くより先に電撃が走り、右半身が痙攣した。
どこに隠し持ってたのか、野郎の左手にはスタンガンが握られ、バチバチと音を立てて、俺の右腕に押し付けられてた。
「痛ぅッ!」
「また油断したな」
返す言葉が無い。だが、
「勝った気になってんじゃねぇぞ!」
右半身は動かない、左腕は掴まれてる。ここはインテリの見せ所。頭を使って、
「打ァッ!」
デコとデコがぶつかる鈍い音と引き換えに電撃から逃れる事が出来たが、そこまで。痙攣は治まらず、立ち上がる事が出来ない。
「硬い頭だな。頭突きもらって血が出たのなんて、初めてだよ」
脳震盪でも起こしてくれりゃ、ベッツィが戻ってくるまでの時間稼ぎにはなっただろうが、野郎はすぐさま立ち上がり、額から口元に流れ落ちる血を舐めながら、なおも不敵に笑ってやがる。
「それに、能力者が武器を持ってないって思い込みも、頭が固い」
座布団でも欲しいのか?
「実はさっき、撃とうと思えば、もう1発くらいは撃てたんだよ」
最初から騙す気満々かよ。やっぱ、セコい野郎だ。
「左腕で防がれるのは予想出来たから、無駄な体力を使うのはやめたんだ。骨折り損のくたびれ儲けってやつだろ?」
こっちが動けねぇと思って、ベラベラと嬉しそうに喋りやがって。
「左腕で防いだら、喜んで右手で殴ってくるのも、だいたい想像が付いたから、タイミングを合わせるのは簡単だったな」
悪かったな、単細胞で。
「動けなくしてしまえば、いくらでもチャージする時間は出来る。アトどれくらい掛かるか……、それまでに痺れが回復するかもな」
俺が動けるようになるのを待って、正々堂々と決着を付けるってか?
思ってねぇだろ、そんな事。
「ま、田舎の遊園地程度には楽しめたかな」
勝った気になるなっつったよな? ……このザマじゃ仕方ねぇか。
「じゃあな」
万事休す、なんて言葉、俺は知らねぇぜ。
ガードするだけなら、さっきもやった。気力を振り絞って、左足を蹴り上げる。と、野郎が笑った気がした。またフェイクか?
「あんたが負けたのは、思い込みで油断したせいだ」
自信満々で右手を振り下ろしてくる。
「待たせたわね」
その時、野郎の右手と俺の左足に、SCI-KYOHの前輪が挟まれるように割って入り、バーストした。
「ベッツィ!」
瞬間硬化剤GEMを仕込んだ二重構造のおかげで、破裂した前輪はすぐに修復されたが、
「ゴムは電気を通さないんじゃねぇのか?!」
ウイリー状態のまま回転し、野郎を吹っ飛ばした後は、
「絶縁破壊よ」
おなじみ、ベッツィの科学講座だ。
「絶縁耐力……、耐電圧って言った方が解りやすいかしら」
どう言われても解らねぇが、、その辺はいつも通り、お構い無しだ。
「それを超える高い電圧が加わると、導体間に放電現象が起こって導通する。更に、絶縁体を破壊して、永久に絶縁状態が得られなくなるように性質が変化する場合もある。雷のように遠くから攻撃可能、つまり空気の絶縁耐力を上回るほどの能力なら、ゴムなんて、ひとたまりもないわね」
要するに、物には限度があるし、ずいぶん手加減してくれてたって事だな。
「チッ」
海外ドラマの吹替えみたいにハッキリした舌打ちが野郎の口から漏れた。
「時間稼ぎも出来ないのか」
そう言ってやるなよ。俺からしたら稼ぎ過ぎだぜ。
「動ける、ナイト? 逃げるわよ、乗って」
さすがに逃げるのが苦手(妙な表現だが、誰に言われたんだっけな?)なんて言ってられる状態じゃねぇ。ここは戦略的撤退って事にしといてくれ。
左脚で踏ん張り、左腕で体を支えながら、何んとかSCI-KYOHにまたがる。
「運転は任せるぜ」
右半身の痺れは徐々に治まっていってるが、、アクセルもブレーキも使えない体で、このじゃじゃ馬を操れる訳も無く、運転はベッツィに丸投げだ。片手で掴んでるだけじゃ振り落とされるかもしれねぇんで、シートロックで固定された。
これで俺は、ただのお荷物。
「行くわよ」
コースはやっと予定通りに戻ったが、こんな状態で走る事になるとは思わなかった。もっと、のんびり走りたかったぜ。
「もっと遊んでくれよ」
野郎もホワイトライトニングを起こして、エンジンを掛ける。
「待ってくれよ、冷たいなぁ」
バックミラー越しに迫ってくる野郎の顔は、鬼ごっこしてる子供みたいに無邪気だ。
「あの男、ずっとあんな調子なの?」
「ああ」
「不気味ね」
そうか? 俺は、
「ただムカつくだけだ」
しまった。口に出したら余計にムカついてきた。
「やられっぱなしじゃ気が済まないって顔してるわね」
そりゃ、もちろん。
「でも、そこは大人の……ね」
「大人の?」
「大人の……よ」
「大人の何んだよ!?」
漫才してる場合じゃねぇだろ。追い付かれちまったじゃねぇか。
「鬼さん、こちら! ハハハハッ」
本気で鬼ごっこのつもりかよ。そんなもんに付き合う訳ねぇだろ。そこは大人の、だぜ。
野郎はまた追い越していこうとするが、こっちに追い駆ける気が無いのを見て取ると、ホンの少し左前方に位置をキープするように速度を合わせ、
「何んだよ、ノリが悪いなぁ」
俺は堅実派なんだ。
とは言え、このまま並んで走ってても野郎の充電完了を待つだけ。何か打開策を考えねぇとな。
「ガードして、ナイト!」
考えてる暇も無い。
ビューエルの後輪が浮いたと思ったら、前輪を基点に180度横回転。目が合うと、
「当たると痛いぞ」
例のムカつく薄ら笑いを浮かべて、更に90度回転すると、視界がビューエルの後輪で一杯になる。
「当たっても痛くねぇんだよ!」
左腕でガードする。シートロックで下半身はがっちりホールドされてる。破壊不能の左腕がベッツィの馬力で突っ込んだら、ぶっ壊れるのはどっちだか判るよな?
ド派手に吹っ飛んで、イナズマ野郎はリタイア。マシンもお釈迦で追い駆けっこは、これにて終了。
……のはずなんだが、どうも腑に落ちない。セコい手ばっか使ってたにしては呆気なさすぎる。
バックミラーに映る野郎の姿が消えてから、
「何んで最後だけ、あんな無茶しやがったんだ?」
ベッツィに聞いてみた。
「最後じゃないからよ」
「最後じゃない?」
「私はホワイトライトニングが仕掛けてきた場所から、あなたの所へ引き返した。つまり……」
「あそこで青いビューエルを倒したって事だろ?」
このもったいぶった言い方は、それが偶然じゃないって事か。
「追手は倒したけど、X-1は倒してない」
何んの謎掛けだ?
「そろそろ来るわよ」
ベッツィに言われて、バックミラーを覗くと、
「青いビューエル?!」
が追い駆けてきてた。
「倒したんじゃなかったのか?!」
「追手は倒したわ」
でも、X-1は倒してない……、なるほど。新しいオモチャを見つけて、今まで持ってたオモチャに興味が無くなったガキみたいなもん。いや、ホワイトライトニングもカーリングのストーン扱いしてたような野郎だ。元々、マシンに対する愛着なんて無えか。
派手にコケたせいでダウンベストが破れたんだろうな。白い羽根を舞い散らしながら、嬉々とした顔でイナズマ野郎が迫ってくる。
これがホントの雷鳥ってか?
とにかく、乗り換え完了、充電も完了。だがな、
「ベッツィ、シートロック外せ」
こっちも手足の痺れは消えた。
「大丈夫なの?」
「ああ、気合入れるぜ」
「了解」
シートロックが外れるのと同時に、野郎が追い付く。どうしても俺の左腕を壊したいのか、また左にポジションした。
「さぁ、セカンドエンド、始めようか」
ふざけんな。これでファイナルエンドだ。
「その左腕、本当に壊れないのか、試してやるよ」
もう騙されねぇよ。
「俺の左腕は破壊不能だ!」
2回も言わせんな。決め台詞は1日1回がお約束だぜ。
俺が殴り掛かろうとした瞬間、野郎が視界から消え、すぐに右側に現れた。急減速と急加速。使い古されたセコい手だが、そんなもんはお見通し。
「テンション上がってきたァーーーーーッ!」
俺の右腕がメタルシルバーの輝きを放つ。
「右腕も?!」
俺も成長してる。おふくろの真似も少ったぁ出来るようになった。
「だったら両腕とも壊してやるよ」
野郎が掴み掛かってくるのを、逆に右手で掴み取る。
「痛ぅッ!」
電撃が走る。でも、離さねぇ!
「離さないと壊れるぞ」
壊す気なんじゃなかったか?
「こっち来やがれ!」
野郎をビューエルから釣り上げ、
「馬鹿力だな」
バカで結構。
「ベッツィ、飛ばせ!」
「どこへ?」
「ガードレールの外だ!」
「了解」
ベッツィが後輪を浮かせて、俺達2人を放り出す。
ガードレールを越えた、その先は、
「ショートさせてやるぜ、イナズマ野郎!」
海へ向かってバンジージャンプ。紐が無いのが問題だが、それで良い。
「流石、インテリだな」
「ああ?」
「電気ウナギが自分の電気で感電する所、見た事あるか?」
そもそも電気ウナギを見た事が無えが、
「そうなのか、ベッツィ?」
だったら何んで、この作戦に乗ったんだ?
野郎が左腕を掴み、
「初めて全力を出してやるよ」
今までで1番の衝撃が走り、左右の腕が硬直して離れない。
「焦らないで良いわよ、ナイト」
この状況で焦るなって方が無理な注文だ。
「2人とも勉強不足ね」
電気ウナギの生態なんて、勉強じゃなくて、研究の域だろ。
「電気ウナギは自分の電気で……」
「まさか?!」
野郎の顔が初めて引きつった。
「感電してるのよ」
海に落ちた途端、野郎の手が離れ、電撃が消えた。
「分厚い脂肪が絶縁体となってダメージを軽減してるだけ。体脂肪率10%程度のスリムボディには耐えられないわ。あなたも今までずっと感電してたはずなんだけど、能力全開じゃないから気付いてなかったのかしら?」
わざわざ説明してくれたのに、
「聞こえてねぇよ、ベッツィ」
「あら、残念。せっかくの質問に答えてくれないなんて、冷たい男ね」
確かに冷たい。
いくら小春日和っても、11月に海へ飛び込むもんじゃないぜ。
だから、
「早く助けろよ、ベッツィ。冷たい女だな」
次回 Phase.III 【Boy meets Girl】