Phase.III 【Boy meets Girl ~introduction】
破壊不能の左腕と世界最高のマシンを持つ男
人呼んで、MIDNIGHT
俺の誕生日とおふくろの命日がシンクロしてから数年、俺と親父は合衆国のオハイオ州、グリーブランドって街で生きてた。
と、その前に、ちょっと脱線して良いか?
あの白昼の悪夢から数日間、ベッツィに任せて当ても無くコソコソと走り続けてたと思ったのは俺の勘違いで、やっぱ親父は考えてる男だったって話。
おっと、派手なバトルには期待しないでくれ。
さて、人目を避けて辿り着いたのは、親父の大学以来のダチの研究所。
そのダチってのは、新須賀から出た時にも別荘を用意してくれた、親父が全幅の信頼を寄せる男だ。学生時代にIT関連の特許を3件取得し、親父と主席を争ってたほどで、いわゆるライバル関係だったらしい。
そのダチの研究所に着いて、まずしたのはおふくろの遺体の埋葬だ。
破壊不能の特殊な皮膚構造のおかげで、腐敗どころか肌の変色も無く、このまま待ってれば目を覚ますんじゃないか? と思えるくらい死を感じさせなかったが、3日と経たずにそんな幻想は捨てた。
おふくろは死んだ。
その現実を認識したから、俺も親父も、湖が枯渇して水底がひび割れるように目を真っ赤にして涙を流し続けたんだ。
でも、涙が枯れるまで泣く、なんてよく言うけど、ホントはどれだけ流しても枯れたりしないんだな。そのダチに事情を話してる(隠してる事も多かったが)時も親父は泣いてたし、少し離れたソファで膝を抱えてた俺も、釣られて泣いてた。2人分の涙を受け止めながら話を聞くのも大変だったろう、と思う。良いダチを持ったよな、親父。
結局、おふくろはアメリカの故郷に埋葬してもらえる事になった。
もちろん、おふくろに確認した訳じゃないが、親父とそのダチの話し合いの中、生まれた土地で土に還るってのは万国共通って事になったみたいだな。
そのダチが……、話を進める前に、ホンの少しだけ紹介しとこうか。
名前は旭日明。在学中に起業した情報技術系の会社、サンライズ研究所の所長。
親父とは同級だが、高校卒業直後に2年間海外留学してから日本へ戻って来たんで歳は2個上。1988年当時で36歳だった。
切れ長の涼しい目元と玉の肌は歌舞伎の女形を思わせ、女は放っとかないだろうと思うんだが、浮き名を流してる様子は無い。そっちの協会の人間か? って噂も立ったりするが、そうでもない。要するに、女よりも、研究や実験をしてる方が楽しいタイプ、言うなれば一種のヲタクだ。親父とは似た者同士で気が合ったんだろう。
そんな2人の最大にして決定的な相違点は、親父にはおふくろと出逢う幸運があって、日明さん(俺はそう呼んでる)にはそれが無かった。つまり、50歳を目前にした今でも独身貴族を謳歌し続けてる。
ま、日明さんの紹介は追々するとして、話を戻そうか。
日明さんが留学する時に世話になった教授を頼って、おふくろの墓を用意してもらえるように決まった後、親父は千里の家に置いてきたSCI-KYOHの回収と、研究所の一室を貸してもらえるように頼んだ。
日明さんは渋い顔をして、
「深輝さんしか乗れないんだろ? 誰も乗れないバイクなんて、どうする気なんだ?」
と問いただしたが、
「僕が乗る! 一所懸命練習するって、お母さんと約束したんだ!」
泣きながら横槍を入れる俺に微笑みで応えて、
「分かった、引き受けよう。もちろん、研究室は自由に使ってくれ」
それ以上は何も聞かず、何も言わずに親父の頼みを聞いてくれた。
そして、真面目な性格と切羽詰まった状況が重なり、翌日と言わず、その日から親父の研究は始まった。
アッと言う間に3週間が過ぎたが、親父の研究が一段落付くとそれを一時中断して、合衆国に渡る、と言い出した。しかも、3週間の船旅だ、と。
「追い駆けてる方からすれば、まさか見つかれば逃げ場の無い海の上を、のんびり移動するなんて思わないだろ?」
確かに理屈だが、追い駆けられてる立場からすれば、おいそれと出来る選択じゃない。繊細なのか、大胆なのか。せっかちなのか、のんきなのか。血液型性格診断なんて信じちゃいねぇが、AB型の2面性ってのは、親父に限って言えば当たってるな。
研究データは既にディスクへ書き込み終わり、すぐにでも出発できる状態だったが、さすがにそれは世話になった日明さんやスタッフに気が引けたのか、出発は3日後と言う事になった。
3週間の船旅で羽を伸ばし、合衆国に着いたらスイッチを入れ直して研究再開だ。
親父が心血を注ぐその研究ってのは何んなのか? ……は今さら言う必要も無えか?
ま、ご想像通り、ベッツィの更なる小型化だ。この時点でスーツケースほどの大きさまで小さくなってたが、まだ大きい。何んでそんなに小さくする必要があるんだ? なんて野暮な質問はやめろよ。
ただ、親父が何故そこまでSCI-KYOHにこだわるのかは興味ねぇか?
その理由が判ったのは合衆国に渡る2日前の夜。
日課になってるハーブティーを飲みながら、日明さんにSCI-KYOHを合衆国へ持ち込む手配を頼んでた時だった。俺も何んだか寝付けなくて、ぼんやりとテレビを見ながら、2人の話に耳を傾けてた。
「何故、そんなにあのバイクにこだわる?」
「ナイトが乗りたがってる」
日明さんの問い掛けに、親父も最初ははぐらかしてた。
「それだけじゃないだろ?」
「……深輝の形見だ」
これは本音。でもまだ半分。
形見なんて言葉を出されて、俺はまた泣きそうになったが、親父の顔を見たら泣けなくなった。
日明さんから目線を外し、壁に掛けられてた、アルフォンス・マリア・ミュシャの連品『ビザンティン風の頭部』 2枚並んだ『ブルネット』と『ブロンド』を、睨みつけてるのか、ただ視線の先にそれがあったのか判らない鋭い目は怖かった。確かに怖かったんだが、涙が流れ落ちるのを必死で堪えてるようにも見えて、俺にも、泣くな! って言ってる気がした。
「僕は深輝を守れなかった」
親父が呟く。
「お前の責任じゃないだろ、それは」
そう、親父の責任じゃない。
俺のバカさ加減が招いた結果。守るどころか、俺がおふくろを殺したんだ。
「深輝とナイトを守る為に、KYOH-Let’sを最強の盾にしたつもりだった」
もはやスクラップ。筋肉お化けの前じゃミニカーも同じ。最強の盾なんておこがましい。
「でも、それは間違った方法だった。守る対象よりも脆い盾なんて無意味。最強の盾は深輝自身なんだ。『破壊不能の女』を守る為の盾なんて、最初から必要無い」
親父はずっと『ブルネット』と『ブロンド』から目を離さない。2枚1組の肖像に『葛城深輝』と『破壊不能の女』を重ね合わせてたんだろうか。
「必要なのは、最強の矛だった」
「それがあのバイクか」
おじいちゃんは解ってたのかな?
「あの時、深輝がSCI-KYOHに乗っていたら……」
言葉に詰まる親父に、
「お前も科学者なら、検証不可能な仮説を立てるな」
日明さんは少しだけ厳しい表情と口調で叱責した。俺達だけじゃなく、おふくろまで突き放されたようで、研究所暮らしの3週間で唯一、日明さんを冷たく感じた。なのに親父は、俺とは真逆の反応で口元を弛め、この夜、初めて笑った。
科学者の慰め方ってのは独特で解りずらいな、とその時は思ったが、
「検証は可能だよ。ナイトがいる」
この一言で親父の笑った意味が完全に理解不能になった。
「8歳の子供をあんなモンスターバイクに乗せる気か?!」
いつも穏やかな日明さんの語気が荒くなった。もっと言ってやってくれ。マッドサイエンティストの父親に翻弄されるガキなんて、お約束が過ぎる。
「もちろん今すぐSCI-KYOHに乗せるつもりは無い。だから日本を離れて、検証可能になるのを待つ」
親父はいつの間にか『ビザンティン風の頭部』から視線を戻し、日明さんの目をしっかり見てた。
「そんなプランには協力出来ない。悪いがあのバイクはこちらで処分させてもらう」
慰めのつもりが、おかしな方向に話が進んでる。
いや、違うな。親父のプランはおふくろが死んだ時から始まってた。でなきゃ、ここへは来ない。もちろん、親父の性格からして、もし、おふくろが死んだ時にどうするかなんて四六時中考えてたとは思えねぇ。きっと、あのデパートから逃げて、ベッツィに運転を任せてる間の数日で作り上げたプランだろう。
それを後押しする一言を発した日明さんには責任を取って欲しいとこなんだが、
「SCI-KYOHは僕の物だ!」
俺が、待ったを掛けちまった。
「ほら、ナイトも乗りたがってる」
親父がまた笑った。
「息子が母親の形見を持つ。ごく自然な事じゃないか」
険しい表情より笑ってる方が怖い時もあるって事を、まさか親父から教えられるとは思ってもみなかった。
「お前のやろうとしている事が不自然なんだ! 何故、母親の形見を武器にしようとする?!」
聞く気は無い、と主張するかのように、親父はまた視線を逸らし、『ビザンティン風の頭部』を見つめて黙り込んだが、
「そもそも、破壊不能の肉体が前提条件なら、仮説自体が成り立たない。検証以前の問題だ」
日明さんには隠してた。左腕の包帯は、あの日の巻き添えで火傷を負ったんだ、と。
「仮説は既に成立してるんだよ、旭」
日明さんの顔が訝しげに曇った。
「どう言う事だ?」
「もう1度しか言わない。ナイトがいれば、検証は可能だ」
日明さんは頭の良い人だ。火傷が嘘なのは解ってたと思う。それでも、俺がおふくろの能力を受け継いだのは想定してなかったようで、饒舌な日明さんには珍しく、言葉を繋げる事が出来なかった。
そりゃ、そうだ。
おふくろは能力を自在にコントロール出来る。メタルシルバーに輝くのは戦闘の時だけ。わざわざ包帯でグルグル巻いて隠すような真似はする必要が無いんだからな。
実際にはどれくらいの時間だったんだろうか。ずいぶん長く感じる沈黙が流れた。
親父は『ビザンティン風の頭部』を見つめ、日明さんは俺の左腕、俺は親父が振り向いてくれるのを待ってた。誰の視線も交わらない時間。
「葛城……」
静寂(テレビは付いてたが、全く耳に入ってなかった)を破ったのは日明さんだ。
「あのバイクがあるから追われるんじゃないのか?」
「それはあるかもしれない。それも1つの仮説だね」
核心を突く問いにも、親父は動揺しなかった。
「その場合、やるべき事は1つしかない。簡単だ」
8歳のガキでも解る。
「あれは僕が……!」
「話はまだ途中だよ、ナイト」
不意にこちらを向かれて、言葉を詰まらせた。
眼鏡が無ければ更に鋭かったのか、眼鏡のせいでそう見えたのか。親父の目から威圧を感じたのは、後にも先にも、この時だけだ。
「京龍ラボが僕達を追ってくる理由として考えられるのは、少なくともまだ4つある」
俺が黙り込むのを確認すると、『ビザンティン風の頭部』には視線を戻さず、日明さんの方へ顔を向けた。
「2つ目はもちろん深輝だ。被験体が逃げ出したとなれば、探すのは当然だね」
親父の論説が始まった。
「それなら……、言いたくはないが、もう逃げる必要は無くなっただろう?」
日明さんも論破しようと必死だ。
「今後の実験に当たって生死は問わないとすれば? 遺体を回収する為に埋葬場所を知ってそうな人間を追うだろうね。そもそも、深輝が死んだ事を把握していない可能性も高い」
この夜の日明さんは冷静さを欠いてたかもしれない。いつもなら、2人の論戦が一方的になる事は無かった。
「続けるよ。次はSCI-KYOHの開発者である父さんをターゲットとした場合。父さんが生きていたら、と言う条件を加え、更にラボも消息を確認出来ていないと仮定すれば、僕達から居場所を聞き出そうとする可能性はある」
この夜の親父はいつもの日明さん以上に饒舌だった。おじいちゃんが生きていたら、なんて聞き捨てならねぇ台詞を聞き流しちまうほどに。
「4つ目。僕だ」
ベッツィほどの超高性能AIを作れる天才科学者はそうそういない。だが、親父にはその自覚が無いようで、
「まぁ、僕程度の科学者なら幾らでも代わりがいる」
「お父さんは天才なんでしょ?」
思わず口を挟んだが、親父は人差し指をゆっくりと唇に持っていき、静かにしていろ、と意思表示した後、微笑みを浮かべて、
「君も代わりになりそうだ」
日明さんが息を飲んだ。
「怖い事を言うんだな。今日のお前は何か変だぞ」
同感だ。
「……続けろよ」
日明さんはまだ反論したいようだったが、これを否定すると親父のプランを後押しする事になりかねない。ここはとりあえずスルーってとこだ。
「最後、5つ目の理由。僕はこれが1番可能性が高いと思っている」
親父がチラリと俺を見て、少し間を置いた。日明さんはそれを見逃さず、親父が続けようとした台詞を奪った。
「狙われてるのは深也君か!」
「新須賀から逃げ出したのは、ナイトとラボを引き離す為だ」
初耳だった。
結局、おふくろが死んだ原因は、最初から最後まで俺だったって事だ。ここから先は口を挟む事も出来ず、ただ事の成り行きを見てるしかなかった。
「お前がやろうとしている事は、深也君と京塚重工の因縁を深めるだけだぞ!」
「手段は問題じゃない。結果が全てだ」
「追われる結果になると言ってるんだ!」
「それを前提としている」
「何んだと?!」
2人の温度差が激し過ぎる。日明さんが熱くなればなるほど、親父は冷たく応える。このままじゃ、どっちが父親だか判らねぇ。
「ナイトが生き続ける。それが導くべき結果だ」
この一言で邪気が去った。なんて言えば大袈裟だが、狂気じみた笑みが消え、いつもの親父の顔に戻った。
日明さんもそれを感じ取り、大きく息を吐いて、次の言葉を待ってた。
「僕は……深輝を守れなかった」
「話をふりだしに戻す気か?」
「絶対に守るなんて、恰好つけたのに……」
親父の声が震え出した。
「だから、それはお前の責任じゃ……」
「約束したんだよ!」
温度差が逆転した。
「なのに……」
遂に涙が溢れだした。いつもの泣き虫な親父の顔だ。
「落ち着け、葛城。方法なら他にいくらでも考えられるだろう?」
「君は僕が陸に考えもせず息子に武器を与えようとしているとでも思ってるのか!」
そんな訳はない。考えに考え抜いた末の結論だ。
現に俺はラボにも捕まらず、10年以上経った今も、こうして生きてる。
「すまない、軽はずみだった。だがな、葛城……、1人で考えるのはやめろ。1人で全てを背負おうとするな」
真面目過ぎるのも考え物だ。
「1人で背負う気なら、息子に危ない橋を渡らせるような真似はしない」
眼鏡を外し、指先で涙を拭った親父は、少し落ち着いた様子で、
「僕は深輝との約束を守れなかった。でも、せめて、その約束の半分は、ナイトだけは絶対に守る。いや、絶対に死なせない」
覚悟が見えた。
「僕に出来るのは、ナイトに自分自身を守る力を与える事だけなんだ」
腹を決めた親父には、もう何を言っても無駄だ。
頑固爺じいの息子は、どんなに表面を取り繕っても所詮は頑固親父。
頑固親父の息子は、乗れもしねぇバイクを自分の物だと言い張る聞かん坊。
3代揃って厄介な性格だな。
「その目、葛城教授に……、お父さんにそっくりだな」
見た目じゃない。頑固者が醸し出す雰囲気の事だ。それを感じた日明さんは、遂に説得を諦めた。
「あんな頑固者と一緒にしないでくれよ」
親父がまた笑ったが、もう怖くなかった。
「お父さん……」
ガキにはガキなりの覚悟がある。
「何んだい、ナイト?」
今言わなきゃダメだ、と思った。
「僕とおじいちゃんの約束覚えてる? 『お父さんを頼んだぞ』って」
親父と日明さんが顔を見合わせて笑った。親父が声を出して笑うとこなんて初めて見た。親父の気分がほぐれたなら結果オーライだが、ガキの真剣さってのは、どうしてこうも大人に伝わらないんだろうな。
「笑ってゴメン、ナイト。嬉しかったんだよ」
前言撤回。伝わってるのがガキには読み取れねぇんだ。
「これから僕達を守ってくれる人はいない。2人で頑張って……、生きよう!」
2日後、親父の計画通り、俺達2人は合衆国へ出発した。
雨でも快晴でもなく、特に印象に残らない空の下だった。
さて、話をグリーブランドに戻すぜ。
合衆国に渡った俺達は毎年3月1日に、エリー湖と言う湖を挟んで北西にある、ミシガン州はモンローって町に墓参りに行った。
クリスチャンにそんな風習があるかどうか知らねぇが、命日ってやつだ。
モンローはおふくろの故郷。そこに住んじまったら足が付きやすいって判断で、対岸のグリーブランドを選んだんだろうが、湖(工業排水でお世辞にもキレイとは言えないが)の向こうに眠る想い人なんて、親父のロマンティックな部分が見え隠れしてる。毎月29日には湖岸からモンローに向かって花を捧げてたりしてたからな。
アフリカンマリーゴールドなんて、聞いた事も無い花だったが、
「アフリカンと冠されているけど、原産はメキシコだ。その名の由来はイギリスのチャーチル5世がチュニジア遠征時に栽培し、同地に広まったのがきっかけとも、スペインのカルロス1世がアフリカ経由でヨーロッパに持ち込んだのが始まりとも言われている。フレンチ種に比べて大輪で背が高い。本来は6月から11月頃に開花するんだが、特別にハウス栽培をしてもらった」
聞いたが最後、長い講義が始まった。
「花びらから抽出されたキサントフィル脂肪酸エステル混合物に含まれるヘレニエンと言う色素は、暗順応改善薬の原料になる。ブルーベリーより効果があると言われているんだよ」
俺の視力は1.5だ。そんな薬は必要ない。
「話が逸れたね」
自覚はあるんだな。
「この花は10月28日の誕生花だ」
何んの事は無い。おふくろの誕生日じゃねぇか。それだけ教えてくれりゃ良かったのに。
「ちなみに……」
まだ続くのか?
「フレンチ種もメキシコ原産なんだけど、その話は長くなるのでやめよう」
もう充分長い。
おじいちゃんの話が長い、としょっちゅうボヤいてたけど、その血はしっかり受け継がれてるみたいだ。……って、俺の話も逸れてるか?
オッサンになった時に、ウザいジジィと言われないように、俺も気を付けないといけねぇな。
ま、こんな風におふくろの話をしても、もう涙は出ない。あの日、2人で生きよう、そう親父と誓った時から、お互いの前では涙を流さないのが、どちらから言った訳でもなく、暗黙のルールになってた。
俺達は強くない。自分の事は自分で守り、お互いの事はお互いが守る。そうしないと生き残れない。
おふくろの遺体を埋葬する時、涙を我慢してた俺に、神父が、
「ナイト、君は強い子だね」
と言った。
「僕は強くない。でも、泣かないのが強いなら2度と泣かない。僕は強くならないといけないんだ」
「何故、強くなりたいんだい?」
責める訳でもなく、優しい声だった。
「生きる為」
神父は少し哀しそうな目をしたが、すぐに笑顔に戻って、
「神の御加護があらん事を」
とだけ言って、祈りを捧げた。
その神父、名はニコラウス。聖ニコラウスのイメージ(プレゼントを配るのが好きな、恰幅の良い派手な爺さんは知ってるよな?)とは掛け離れた小柄な好々爺で、いつも笑顔を絶やさない人だった。
この日を入れても、会ったのは両手にも余るが、この人のおかげで、おふくろの墓を前にしても泣かずに済んだ気がする。ニコラウス神父と話をしてると、俺も親父も無条件で笑顔になれた。
中でも1番好意を抱いたのは、1度として、神を信じなさい、と無理強いしなかった事だ。だから、俺は洗礼を受けてないし、そもそもクリスチャンですらない(仏教徒って訳でもないが)
そのニコラウス神父が亡くなったのを知ったのが、共暦1992年2月28日。モンローに向かう前日に、後任の神父から手紙が届いた。
嫌な感じ、背中に冷たい汗が流れ落ちるようなゾクゾクする感覚があった。そして、その悪い予感が現実となって襲い掛かってきたのが翌日、2月29日。
また、俺の誕生日だった。
……と、もう少し前置きは続くんだが、そろそろ飽きてきただろ?
ここで1つ、俺の武勇伝を挟む事にするよ。
次回 Phase.XVI 【冬の稲妻】