Phase.XIX 【薔薇の鎖】
破壊不能の左腕と世界最高のマシンを持つ男
人呼んで、MIDNIGHT
「破壊不能なんて、本当なんですか?」
どこで見てたのか、聞いてたのか。
さっきの蛇野郎との戦いが決着し、人気の無い公園でベンチに座って、コーラを飲みながら一息ついてた所へ、不意に不思議な少年がイチャモンを付けてきた。
まぁ、少年かどうかは疑問だ。
150cmそこそこの建っ端、肩から詰襟の学生服を掛けてた。そして、声変わりもしてなさそうな高く幼い声だった。ただそれだけで顔は見てない。
少年(とりあえずそうしとく)は真っ白な……、例えるなら、塗装してないヴェネツィア土産の仮面で顔を隠し、上着の袖に通してない両腕を、黒魔術で封印するかのように鎖で雁字搦めにして、その先端を地面に引きずった、誰が見ても異様な姿だった。
「僕は壊してしまうんです、どんなモノでも」
俺が言うのも何んだが、幼稚な挑発だ。
どんな矛も通さない盾と、どんな盾も貫く矛。どっちが嘘吐きか、ハッキリさせようじゃないか。
そう言う事だろ?
待ち伏せされたか? とも思ったが、わざわざ声を掛けるなら待ち伏せする意味が無い。待ち伏せするなら不意討ちだ。
少年はベッツィに搭載されてる、俺達のような特殊能力を持つ人間を感知するレーダー【エスパーダ】に反応しなかった。つまり、恰好は特殊なセンスだが『普通』の人間だ。
あの戦いを見てケンカを吹っ掛けてくるようなイカレたガキは、俺が言えた義理じゃねぇが、陸な大人にならねぇ。お仕置きが必要だ。
だが、もし何んらかの方法でエスパーダに反応せず近付いた、京龍ラボからの追手だとしたら、もっとヤバい。それこそ、ガキだからって手加減も出来ねぇ。
「壊せるもんなら、壊してみろ」
ガキ相手に大人げないと思いながらも、俺なりの礼儀の言葉でその挑発に乗った。
俺が1歩踏み出すと、少年は念を押すように静かに警告してきた。
「僕に触らない方が良いですよ、壊れますから」
ガキが生意気な事を言いやがる。お構い無しでまた1歩近付くと、少年は地面に垂らした鎖を振り上げて攻撃してきた。蛇野郎の猛攻に比べたら、欠伸が出るほどスローな動きだ。
が、左腕で掴み取って、お尻ペンペンしてやろうと思ったのは失敗だった。
左腕で鎖を掴んだ瞬間、得体の知れない衝撃に見舞われて、地ベタを転げ回る無様な姿を晒す羽目になった。
「機械的なエネルギーじゃない。彼も能力者よ」
つまり、京龍ラボからの追手。ガキ相手だと躊躇したら、こっちがヤバい。
それにしても、エスパーダに引っ掛からなかったのは何故だ?
「正体不明の武器に触るなって、親切に教えてもらったばかりよね?」
「うるせ」
高性能なのは良いんだが、この嫌味機能だけはアンインストールして欲しいもんだ、とつくづく思う。
「壊れなきゃ良いんだよ」
と身構えたが、少年は続けて攻撃してこずに、そばにあったベンチに鎖を垂らした。
数秒後、時限爆弾でも仕掛けてたみたいに、鉄製のベンチが砕け散った。
「僕の能力が消えた訳じゃない……」
「俺の能力が無敵なんだよ」
ただし、左腕に限る、の注釈付き。
「破壊不能が本当なら、触っても構わないですよね?」
触る? 殴るじゃなく?
その疑問を謎解きしてる暇は無かった。
少年は数歩の助走を付けただけで、大人顔負けの跳躍力を見せた。オリンピックの幅跳びでも金メダルは夢じゃなさそうだ。
蛇野郎の能力は危険だったが、純粋な身体能力なら少年の方が上回ってるだろう。
鎖に巻かれた両腕で掴み掛かってくる少年を、後ろに跳んで避けた。
「返事くらいさせて欲しいわね」
「お前が言うな」
俺の本能ってヤツが叫んだ。直に触られるのはマズい。
「何んか解んねぇのか?」
「分析中よ。とにかく触られないようにして」
ベッツィにもまだ分析出来てねぇようだが、あの腕がヤバいってのは意見が一致した。ここは分析が終わるまで時間を稼ぐしかねぇが、少年の身体能力を考えると、
「1ラウンドが精々ってとこか」
前に出るか、距離を取るか、と考えてる間も無かった。
サッカーのスライディングタックルの要領で地ベタを滑って、脚を払ってきた少年を飛び越えて避ける。跳ね上がってきた鎖に触りそうになったが、空中で体を捻って何んとか避け切った。
それでも少年の身体能力はやっぱり高い。地ベタを蹴ってブレーキを掛けるのと同時に体を反転させ、すぐさま立ち上がると、右の回し蹴りと左の後ろ回し蹴りを交互に繰り出して迫ってくる。
「独りでクルクルと楽しいか?」
ガキ相手に余裕が無いのは情けねぇが、ケンカでハッタリを噛ませなくなったら負けだ。
挑発して独楽を回すジェスチャーを見せると、少年は横回転から縦回転に動きを変化させた。
側転、ロンダード、バク転、ムーンサルト、と縦横無尽に跳ね回る。
「今度はポップコーンか?」
蹴り技としての威力は低いだろうが、純粋な力は関係無い。動きが読めない分、当たる確率は高く、当たれば、あの衝撃が来るはずだ。詰襟の袖や裾がなびいて死角を作るのと、時折飛び出してくる鎖が厄介だ。
むしろ、こちらが本命だったか、左腕にさっきと同じ衝撃が走り、また地ベタを転げ回った。
「1ラウンドじゃなくて、1分だったわね」
「うるせ」
嫌味の知識はどこから仕入れてくるんだ?
「ガキにしては戦い慣れてやがる」
こんな強がりが精一杯。
「慣れ過ぎてると思わない?」
何んだ、お前もそう思ってたのかよ。
「ちょっと安心したぜ」
「どう言う事?」
「気にすんな」
少年が攻撃の手、いや脚を止めて、その辺の石ころを拾い上げると、ベンチに鎖を垂らした時とは比べ物にならない早さで砕け散った。
「本当に壊れないんですね」
破壊に掛かる時間と、対象の質量は比例するのか? それともやっぱ、直がヤバい?
「何んか解ったか、ベッツィ?」
「転げ回ったのは正解だったわ」
この状況でしつこく嫌味を連発するほどバカじゃないのは解ってるが、
「ああ?! どう言う意味だ?」
やっぱり語気が荒くなる。
それで頭を下げてくれる訳じゃない。ベッツィは何も聞こえなかったように解説を始めた。
「彼の両腕から、今あるデータでは分析不能なエネルギーが放出してる。だから物質に触れる事で破壊に至る。ここからは仮説だけど、破壊エネルギーの放出は自己制御出来てない。その為に放出し続けるエネルギーを腕に巻いた鎖でアースさせてる」
能力者から出てる特有の波動が地ベタに散ってるから、エスパーダに反応しなかった訳だ。
「次は攻略法。あの鎖、硬度はそれほどでもないけど、あなたの皮膚構造に近い。だから転げ回った時に破壊エネルギーを地面に逃がす事が出来たって訳」
確かに、転げ回ったのは正解だった、て事だな。
「なら話は早えぇ。左腕でブン殴ってタッチダウンだ」
言うは簡単だが、素直に近付かせてくれるほど、楽じゃない。
少年は鎖を振り回して、辺りに落ちてる石コロを飛ばしてきた。5回に1回くらい、直に手で拾って投げてくる。時に速く、時に山なりでゆっくりと。周りから見れば、
「ガキのケンカだな」
まぁ、見てる奴はいないし、見た目ほど生易しい攻撃じゃない。少年のエネルギーが詰まった石コロは機雷と同じ、触れると吹っ飛ぶ。
「二手に分かれれば、当たる確率は半分よ」
「ガキ相手にそんなみっともねぇマネ出来るか!」
と強がったものの、今のままじゃ近付く事すらままならねぇ。ここは恥を忍んでベッツィの策に乗るか? と考える間も無く、
「あなたは右に、私は左に」
振り向いたら負け。ガールズロックの先駆けだな……って、
「勝手に決めるな!」
と一応文句は言いながら、ベッツィが走り出すのに合わせて、俺も走り出す。
少年の身体能力の高さから来るコントロールの良さは厄介だが、弾数が半分なら近付けねぇ事もない。
バイクが勝手に走り出して面喰らったのか、ちょくちょく明後日の方向に飛ばしてくれるのも助かる。
と思ったのは甘かった。
触れれば吹っ飛ぶんじゃなく、少年は当てて吹っ飛ばす気満々で緻密に機雷を配置してた。最後の一発が起爆剤だ。
砕けた破片が配置された機雷に当たり、機雷の破片はまた別の機雷を誘爆させる。止まらない連鎖反応は最後に標的へ一斉射撃で向かい飛ぶ。
標的は俺じゃなくて、ベッツィの方だった。
砕けたせいで1つ1つの威力は小さいが、如何せん数が多過ぎる。避け切れなかった石粒がSCI-KYOHのボディにダメージを与えた。
「エフレン・レイズ並みのテクニックね」
誰だ、そいつは?
後で聞いた話だと、プロのハスラーで、その魔法のような超絶テクニックから『ザ・マジシャン』と呼ばれてるらしい。が、どうでもいい知識だ。強がりの為に検索したのか?
「言ってる場合か!」
蛇野郎に滅多斬りにされても塗装が剥げただけのSCI-KYOHのフェンダーやタンク、テールランプやミラーに大小の穴が増えていく。
「穴だらけじゃねぇか!」
まずはベッツィの破壊を止める。
少年を無視する形でベッツィに駆け寄るが、その俺を無視するように、少年は棒立ちだ。攻めてくる気配すら感じられない。
「機械に用は無いんです。僕が知りたいのは破壊不能が本当かどうかだけですから」
少年の腹の底が見えねぇ。仮面のせいで、こっちを見てるのかさえ判らねぇが、ただ、ベッツィを助けるには一先ず好都合だ。
少年の動きを警戒しつつ、左腕でSCI-KYOHのボディにめり込んだ石粒を取り出していく。
あの衝撃が左腕を這い上がってくるが、思いっ切り地ベタを殴り付けると衝撃は治まって、さっきみたいに転げ回らずには済んだ。
「ベッツィ、大丈夫か?」
「あなたがエネルギーを逃がしてくれたおかげで破壊は止まったわ」
石コロに込められた破壊エネルギーがベッツィに移動。ベッツィに蓄積されたエネルギーは俺に移り、俺が殴った地ベタに散った。つまり、
「最後にジョーカーを持ってた奴が負けって事だな」
俺の呟きを聞いて、少年の声のトーンが急に落ちた。
「ジョーカー……」
理由は解らねぇが、ここがチャンスと少年に迫る。
「その名で僕を呼ばないで下さい!」
少年の事を言ったつもりは無いが、激昂の後、動きが変わった。と言うより、動かなくなった。防戦一方だ。
こちらはこちらで左腕以外を掴まれると即アウトだし、やっぱりガキ相手には本気になれず、攻め切れない。かと言って、俺がバテるのを待ってるとも思えなぇ。表情が見えねぇのが不気味だ。笑ってるのか、怒ってるのか、案外ヘロヘロで必死な顔してるのか。
ここは1つ、ベッツィを信じて、
「ツラ見せやがれ!」
左腕で仮面を砕きに掛かる。当然、少年はガードを上げる。跳ね上がった鎖に触れないように左腕を引くと、空を切った鎖が少年に目隠しする。
ここだ!
ベッツィの分析では破壊エネルギーは腕からしか出てない。と言う事は、それ以外の場所なら左腕じゃなくても触れるはず。
少年の左脚を狙ってローキックを放つ。が、あの衝撃は来ない。ここまでは予想通り。だが、当たった感触もほとんど無かった。
少年は俺の脚が当たった瞬間、バク転して逃げやがった。身体能力の高さに加えて、勘も鋭い。
「さて、どうしたもの……か!?」
次の手を考える間も無く、あの衝撃に襲われた。気付けば左腕に鎖が巻き付いて、独特の感触が手首から肘に上がってくる。薔薇の茎がミミズみてぇに絡み付いて這い上がってくるような、痛くて気持ち悪い感触。
逃げるついでに仕掛けやがった訳だ。まったく、
「何んて反射神経だ」
「子供相手だからって手加減してるとやられるわよ」
「解ってんだよ、それくらい!」
解ってるのと、出来るのは違うって事だな。
「綱引きでガキに負けるか!」
力任せに引き寄せて、少年をブン投げる。強引だったが鎖は外れて、すぐに地ベタに手を突いた。
破壊エネルギーが移動する理屈が判ったのは良いが、あんな思いっ切り投げ捨てたのに、膝さえ突かないなんて、どうなってんだ、あのガキの反射神経は?
「戦いにくそうだから言うけど、彼、見た目は子供、頭脳は大人よ」
ちびっこ名探偵のキャッチフレーズはどうでもいいが、能力者なら有り得ない話じゃない。でも、そう言う事は、
「もっと早く言えって!」
「動いてる人間の脳をスキャンするのは難しいのよ」
まぁ、ベッツィにしか出来ない芸当だろうな。判っただけでありがてぇ。
ガキじゃねぇってなら、
「また無鉄砲に突っ込む気ね」
チッ、お見通しだな。
「それ以上穴だらけになったらヤベえだろうが!」
理由は判らねぇが、俺に対する攻撃と比べて、ベッツィには容赦が無いように感じる。またあんなの喰らったら、動けなくなるかもしれねぇ。
「いつも言ってるでしょ。私はあなたを守る為に存在してる。無茶をしようとした時は当然止めるわ」
またそれか。このやり取りは何回……、何百回目だ?
「俺もいつも言ってるよな。お前が壊れたら、誰が俺を守るんだ?」
ベッツィは死なせねぇ。どんな敵が来ても守る。俺がそう決めた。だから、
「俺は絶対に壊れねぇ!」
セコいマネはヤメだ。性に合わねぇ。
破壊エネルギーを全部喰らってやる。確実とは言えねぇが、やるしかない。気合で乗り切る。
全身を硬質化させる!
少年に向かって一直線に走って、左手で握手するように少年の手を掴む。衝撃で飛ばされないように、しっかりと。
手から肘、肘から肩へと衝撃が這い上がる。包帯がズタボロに千切れて、メタルシルバーの左腕が丸出しだ。
これ以上はヤバい、もっと気合入れろ!
「テンション上がって来たぁーあッ!」
鼓舞するように吠えて、
「もう壊せねぇぜ、少年!」
衝撃が胴体に伝わる寸前、全身の硬質化が始まる。これで防御は完璧。
でも、そんなに都合の良い能力でもないのは経験済み。こうなると水の中にいるようなもん。精々2分が限界ってとこか。
全身に薔薇の茎が絡みついてるみてぇに痛みが走るが、胴体を抜け、脚を滑り落ちて、地ベタに散っていくのが判る。
あとは少年のエネルギーが尽きるのが先か、俺の息が上がるのが先か、なんだが、
「もう離して下さい! 死んじゃいますよ!」
相変わらずナメた口を利くガキ……、実は俺の方が年下なのか?
そもそも俺を殺しに来たんだろ、てめぇは?
「壊せるもんなら壊してみろって言ってんだろが! 何回も言わせんな!」
体力的には吠えない方が良いんだろうが、声を出してねぇと落ちそうだ。
あれ? あの仮面、無表情だったよな? いつの間にか、口を歪めて笑ってやがるぞ。
……ヤベえな。そう見えただけか。
「ベッツィ、何んか派手な曲流せ」
「こんな時に何言ってるの?」
そう言うと思ったよ。
「寝ちまいそうなんだよ」
「了解。ハードロックで良いわね?」
珍しく聞き分けが良い。
「ああ。ボリュームMAXで頼む」
誰もいない公園にヘビーなサウンドが鳴り響く。
リズム隊の腹から震える重低音と、エッジの効いたギター、パワーに溢れたヴォーカルが心地好い。冬真っ盛りに気分は夏フェスだ。
気のせいか、衝撃が和らいでいく。
少年が何か叫んでるが、ハッキリと聞こえない。大音量のせいか、それとも……、
「限界よ、ナイト! 能力を解除して!」
ベッツィの声が聞こえる。こっちに走ってくるのが見える、ハッキリと。
「機械に用は無いって言ってるのに!」
少年は俺の手を振りほどき、ベッツィに掴み掛かる。
ヘッドライトが割れて、飛び散った。
「ベッツィ!」
全身を包むメタルシルバーの輝きが消える。左腕だけを残して。
「私達の勝ちよ、ナイト」
破壊の連鎖は起きない。少年のエネルギーは尽きた。
少年は意識を飛ばして、俺の胸にしなだれかかってきた。
「納得したか? 俺達は破壊不能だ」
俺の声が聞こえてたかどうかは判らねぇが、最後に残った僅かな破壊エネルギーで、仮面の頬にヒビが入った。
それは一筋の涙のようだった。
……カッコつけ過ぎたな。最後のは忘れてくれ。
次回 Phase.III 【Boy meets Girl ~introduction】