Phase.I 【Runaway】
破壊不能の左腕と世界最高のマシンを持つ男
人呼んで、MIDNIGHT
色々と話が途中になっちまったが、どこから話そう?
そうだな、まずは俺とベッツィが何んでさっきの蛇野郎みてぇに妙な能力を持った連中(俺もその妙な能力を持った1人だけどな)とガチバトルをしなきゃならなくなったのか? そのきっかけからにしようか。
その時の状況は全く理解不能だったし、今じゃ記憶も曖昧だ。親父とおふくろ、それとベッツィに聞いた話を俺が頭ん中で組み立てたから、これから話す中に多少の脚色が入ってるのはご勘弁。
あれは共暦1984年2月29日、俺の4歳の誕生日だった。
「克也、深輝さん、急げ! ナイトも早く!」
俺のおじいちゃん、葛城百年の台詞。相当、焦ってたんだろうな。
京塚重工新須賀工場・地下2階にある管理センターから出て、予め綿密に計画してた逃走経路をひたすら走ってた。
おじいちゃん1人なら何も問題は無かったはずだ。その時すでに60歳は越えてたが、ホントに科学者なのか? と疑うような、今の俺でも勝てる気がしねぇくらいガチムキの筋肉マンだったからな。
問題は一緒に逃げてる3人。
そこの工場で研究ばっかりしてた葛城克也。おじいちゃんの息子で、つまりは俺の親父。
その妻、て事は俺のおふくろ(アメリカ人とのハーフで、黒髪以外は完全に外人なんで、不自然極まりない呼び方なんだが、ママなんて呼べるガラじゃねぇから、そこは見逃してくれ)で、SCI-KYOHのテストライダー、葛城深輝。
そして、葛城深也。イコール俺だ。
と言っても、まぁ、おふくろは問題無い。でも親父は根っからの勉強一筋で体力はからっきし。特に足手まといなのは俺。
4歳になったばっかりで走るだけでも危なっかしいのを見かねて、おじいちゃんは俺を背負って走る事にした。
「しっかり掴まってるんだぞ、ナイト」
この時泣かずに済んだのは、安心感がハンパねぇおじいちゃんの背中のおかげって感じだな。
親父は身の程もわきまえず、
「父さん、ナイトは僕が……」
なんて言って、
「お前みたいな軟弱者に子供を背負って走るなんて出来る訳が無いだろう!」
と一喝されてた。
日頃から、
『わしは百まで生きる。名前負けはせんぞ』
と鍛えまくってたおじいちゃんと比べて……っつうか、一般的に見ても親父の線の細さは明らかだった。縁無しの眼鏡が更にひ弱さを強調してる。
まぁ、内心はホッとしてたんじゃないか? おじいちゃんとおふくろに付いていくのが精一杯だったんだから。その後は黙っておじいちゃんの後ろを走ってた。
おふくろはそんな親父の肩に手を掛けて、
「あなたはこの後に頭脳労働が控えてるから、肉体労働は私達に任せて」
と、これは半分なぐさめだろうが、惚れた女に頼られてデレデレしてる親父の顔が今でも目に浮かぶ。
言葉通りの白衣の男2人とは対照的に、おふくろは、かの大泥棒の孫でも誘惑するつもりか? ってくらいボディラインがクッキリと浮かび上がる黒いエナメルのライダースーツを着て、完全に戦闘態勢だ。
軍用としておじいちゃんが開発したSCI-KYOHのテストライダーだったおふくろは身体能力に自信を持ってただろうし、おじいちゃんから習った空手や柔道、合気道なんかの格闘技も、並の男では敵わないほどの腕前を誇ってた。
「追手は無いか、深輝さん?」
おじいちゃんも研究以外では我が息子よりもよっぽど信頼してたと思うぜ。
「大丈夫です、プロフェッサー」
同じ研究室に2人の葛城。研究員達は、大学で講義してた経験のあるおじいちゃんを教授、親父の事は博士と呼んで区別してたそうだ。それに倣って、おふくろもおじいちゃんの事はプロフェッサーって呼んでた。
「設計図を入手できたおかげね、ドクター」
その流れで親父はドクターと呼ばれてたが、結婚してからもその呼び方が変わらない事は、息子に愚痴るほど不満だったみたいだ。可愛いと思わねぇか? 息子が言うのも何んだが。
おっと、話が逸れたな。
逃走を計画する時、親父が手に入れた新須賀工場の設計図には、10年以上そこで研究してたおじいちゃんですら知らない部屋や通路がそこかしこにあったそうだ。おそらく全容を把握してる研究員はいないだろう。逃げ道を選ぶのに相当役立ったはずだ。
おふくろに褒められて、心なしか親父の足音が軽くなったように聞こえた。やっぱ可愛い男だ。
「ルートの選定はわしがしたんだぞ」
手柄を競うおじいちゃんも大人げない。思わず笑っちまったおふくろは、
「もちろん、2人のお手柄ですよ」
と、お手伝いでどっちが役に立ったか言い争ってるガキをなだめるようにフォローしてた。
おふくろの笑い声で後ろを振り向いたら、親父の息が上がってたんで、
「大丈夫、お父さん?」
と声を掛けたが、
「大丈夫だよ、ナイト」
口は動いてたけど、声は出てなかった。
「しっかりせんか!」
おじいちゃんは親父のケツを叩いて先に行かせた後、デカめのため息を吐いてた。あれは甘やかし過ぎたって反省してたのかもな。
「頑張って、お父さん」
後ろから声を掛けると、ズレた眼鏡を直しながら、頑張って走り続けてたよ。
そもそも親父はこの逃走計画に乗り気じゃなかったっぽい。
いや、正確に言うと最初の計画は親父が考えたんだが、ただ逃げるだけだったそれをおじいちゃんに相談した時、
「それなら……」
と開発段階だったSCI-KYOHを完成させ、強奪するように計画変更を迫られた。
「そんなの無理ですよ、父さん」
親父は反対したが、
「無理が通れば道理が引っ込む」
科学者とは思えない言葉に軽く目眩を覚えた後、2時間掛かりで説教寄りの説得をされた。
この頑固親父には2度と盾突かないと決意したそうだが、この時点で同じ決意を人生で4度経験してたらしい。
実は、更にさかのぼると、親父の逃走計画は1度失敗してる。
俺や蛇野郎の妙な能力が、京龍ラボの研究に由来してる事はまだ言ってなかったな。
表向きは薬剤を中心に医療関連の製品を開発してるって事になってるが、裏に回ると……ってお約束のアレ。
漫画や特撮ヒーロー風に言うと改造人間とか、サイボーグ、超人化、とまぁ色々言い方はあるが、要は科学の力で人間の体をいじくって能力を付加してるって事だ。
おふくろは俺が腹ん中にいる時から、そんなヤバい組織と縁を切るにはどうすれば良いか? そればっかり考えてた。
最初の逃走劇は俺がまだ1歳の頃だ。
計画通りに逃げ切ったと思った翌日、新須賀工場の副工場長が薄ら笑いを浮かべながら、潜伏先のアパートの玄関先に立って、インターホン越しにこう言った。
「困りますよ、葛城博士ぇ~。お引っ越しされたなら転居届を提出していただかないと」
「あの、そ、それはすいません。即決なら格安で、と条件を出されたもので……」
そんな言い訳がやっとこさ。
計画を立てる時には、おじいちゃんにも頼らず、
「僕には腕力は無いけど、君達は絶対に守る」
なんて鼻息も荒かったらしいが、この時以降、副工場長が親父の顔を見る度に薄気味悪くニヤニヤするんで、京塚重工からは逃げられない、と思い知らされたとさ。
でも諦めたのは親父だけで、おふくろはそうじゃなかった。
「プロフェッサーなら、きっとお力になってくれるわ。百人力よ」
その口車に乗って、さっき話した百人力の説教2時間コースを喰らったって訳だ。
そして3年後。SCI-KYOHが完成し、2度目の逃走計画が実行された。
「ここからは予定通り、二手に分かれる」
警備体制の隙を突いたルートが功を奏して、地下1階まで順調(親父がへばってたのは目をつむってやってくれ)に辿り着いた俺達は、地上に上がるエレベーターの前で立ち止まった。
「深輝さんは9階の大会議室でSCI-KYOHを手に入れてくれ」
何んで会議室にバイクが置いてあるんだ? って思うよな。
これがおじいちゃんの計画の肝、SCI-KYOH完成のお披露目を兼ねたプレゼンを、この日の午後に設定してた。
まさか逃げようって奴らが地上を通り越して上に行くはずが無いって思い込みで、警備が薄くなるのを狙っての事だ。
「ルートは問題無いね?」
「はい、プロフェッサー」
エレベーターは事前におじいちゃんのIDカード無しでは動かないように、親父が管理センターのコンピューターに細工してあった。
「いざとなったら、手裏剣代わりに投げてもらっても構わんよ」
と、ふざけるおじいちゃんからIDカードを渡されたおふくろは、
「美人3姉妹の泥棒みたいですね」
アメリカ育ちのおふくろが日本語を覚える為に見てたマンガらしいが、
「誰の事だ、それは?」
おじいちゃんも親父も首をひねってた。研究と修行しかしてないんだから、マンガなんて見てる訳が無い。
「わしと克也は例のモノだ」
逃亡に必要不可欠だと、おじいちゃんが計画に追加したそれはSCI-KYOHのテストコースに直結する格納庫に保管されてる。
「無事でな、深輝さん」
「気を付けて、深輝」
「大丈夫なの、お母さん?」
エレベーターに乗ったおふくろが心配で声を掛けたが、
「無敵のおじいちゃんと、天才のお父さんに任せておけば大丈夫よ」
そっちじゃねぇって。
「僕じゃなくて、お母さんの事だよ!」
と言う前にドアは閉じちまった。
「大丈夫だよ、ナイト。お母さんは破壊不能なんだから」
親父が不安そうな俺の頭を撫でてくれた。
「ハカイフノウ……」
そう、おふくろも俺と同じ能力を持ってる。
『破壊不能』
その時の俺には言葉の意味すら解らなかったが、何んだか強そうだ、と思った。
「どうして2シーターになってるんですか?!」
数分後、俺達3人は、サッカーコート2面分、地下1階と地上1階をブチ抜いた広大な格納庫に辿り着いた。
1階部分に当たる明かり取りのガラス窓からは、真冬の太陽の冷たい光が差し込んでた。
そこには10台ほどの車、どれも発売前のテストマシンが並べられてたが、おじいちゃんが逃走用に選んだ車に乗った親父は愕然としてた。
「お前がもっと小型化できてれば問題無かったんだ」
運転席におじいちゃん、助手席には俺を膝の上に乗せた親父が窮屈そうにキーボードを叩いてた。
「テニスコート程あったのをここまで小さくしたんですよ。ワゴンカーなら充分納まったでしょう?」
「そんな車じゃ、SCI-KYOHに置いて行かれるだろうが!」
おじいちゃんが選んだのは【KYO-Let’s】
ゼロヨン最速の触れ込みで、半年後の発売を前に問い合わせが殺到してたスポーツクーペだ。
ガキを乗せるにはドアの無い後部座席が最適なんだが、トランクと後部座席は機械で埋め尽くされ、ガキ1人座る余地も無かった。
「ゴチャゴチャ文句を言う前に、早くこいつを起動させろ」
だいたい予想は付くだろうが、その機械が超高性能AI・Elizabeth、通称・ベッツィだ。
まだバイクに載せられるほど小さくねぇし、何より会話が出来ねぇ。一応、音声認識だけは可能だが、KYOH-Let’sに積む時、1度シャットダウンしたんで、この時は車半分を占領した本体にノート型パソコンを接続して、コマンド入力しないと再起動できない状態だった。
今みたいに、
「起きろ、ベッツィ」
じゃ、返事もしてくれねぇ。
「マズいぞ、克也。本気で急げ!」
サイドミラーに大柄・小柄・長身とバラエティに富んだ3人の警備員の姿が映ってた。
真っ先に気付いたおじいちゃんは運転席を飛び出し、
「シャッターが閉められた。わしが開けてくるから、同時に発進させろ」
と親父に指示したが、
「僕は運転免許を持ってません!」
マジかよ? と思ったのは俺だけじゃなく、おじいちゃんも一瞬固まってたけど、すぐにニンマリと笑って、
「それは好都合。そいつの能力を試す絶好の機会じゃないか」
「オートクルーズモードはまだテスト段階ですよ!」
おじいちゃんは聞く耳持たずでドアを閉めた。
親父は警備員達に向かって走っていくおじいちゃんの後ろ姿を口を開けたまま、しばらく見てたが、
「ちょっとそっちへ座ってて」
俺を運転席へ移して深呼吸すると、白衣の袖を捲った。どうやら親父も覚悟を決めたようだ。
「父さんの本気を見せてあげるよ」
猛烈なスピードなのに優雅に見える、親父のキーボードさばきはまるで、
「ピアノを弾いてるみたいだね」
親父は眼鏡の位置を直してウインクした。
純血日本人のくせに、こんな仕草が似合っちまうんだよな、不思議と。
おじいちゃんが戦って、親父はパソコンとにらめっこ。俺は何んの危機感も無く、ディスプレイをぼんやりと見てた。
「お父さん、これ、どう言う意味?」
ディスプレイに表示された英文を指差すと、
「名前を教えてくださいって事だよ」
コマンド入力は既に完了し、残すは搭乗者の設定のみ。
「ナイト!」
名前を教えろ、と言われたら、ガキはすぐに応える。
マイクもセット済み。って事は、
【DRIVER:NIGHT】
ハンドル上部のディスプレイに俺の名前(ニックネームだけど)が表示されると同時に、エンジン音が格納庫に反響した。
「え?」
親父は焦る。
「光った!」
俺ははしゃぐ。
インストルメントパネルの赤いランプが次々と緑に色を変え、超高性能AI・エリザベスの起動が完了した。
「えぇ―ッ!?」
親父の叫び声を掻き消すかのように、サイレンが鳴り響いた。
3人の警備員を蹴散らして、シャッターを開けて待ってるおじいちゃんも叫んでる。
「克也、何をモタモタしてる! 早く発進させんか!」
搭乗者を変更するには、もう1度ベッツィに寝てもらわねぇといけねぇ。新手の警備員が駆け付けるまでに間に合うのか?
いくら親父のタイピングスピードでも、そんな余裕は無いだろう。
「ナイト、このKYOH-Let’sは今からナイトの命令通りに動く」
この言葉を聞いた途端、オモチャをもらった時みてぇなキラキラお目々だったと思うぜ。
「ホントに?!」
正確に言うと、俺の命令を聞いたベッツィがKYOH-Let’sを運転するんだが、まだまだテスト段階の機能だ。
でも状況が状況。親父も腹をくくって、ゆっくり頷いた。
「発進させて、ナイト」
「うん!」
俺は両腕を胸の前で交差させて、
「KYOH-Let’s発進! GOぉ―ッ!!」
叫ぶと同時に交差させた腕を前に突き出すと、KYOH-Let’sがおじいちゃんの開けたシャッターに向かって走り出した。
「何それ?」
「アオ!」
「あお……青色?」
5色のイメージカラーの衣装を身にまとった5人の戦士が活躍する子供向けの番組のキャラクターが、愛機を発進させる時の掛け声とポーズ。
俺としては渾身の物真似だったんだが、親父はサッパリ何んの事か解ってなかった。
「おじいちゃんを乗せて」
気持ちを切り替えてベッツィに命令すると、ディスプレイに、
【Roger】
の文字が表示される。
おじいちゃんの横で止まると助手席のドアが自動的……、いや、ベッツィが開けた。そこは満席なんだがな。
「何んでナイトが運転席に座っとるんだ?」
見てなかったんだから、当然の疑問だ。
「ちょっと手違いがありまして……」
親父はバツが悪そうにゴニョゴニョ言ってた。
「まぁ、仕方ない。2人とも運転出来んのだから、どっちを登録しても同じ事だ」
流石、切り替えが早い。
「それに、搭乗者の生命維持を第一優先にプログラムしたんだろう? ならば、ナイトを搭乗者にしたのは最善の策と言えるじゃないか」
4歳にしちゃ、ナイス判断だっただろ?
ま、嘘だ。ケガの功名ってヤツだな。
「とにかく乗って下さい、父さん」
俺を膝の上に戻そうとする親父を止めて、おじいちゃんは眼光鋭く後ろを向いた。
「新手が来たようだ」
おじいちゃんの視線の先から、例の3人組が駆け寄ってきてた。
「あれはさっきの……」
向こうでノビてる大柄・小柄・長身と全く同じ姿を見た親父は、その先の言葉が出なかった。
「クローンなのか、深輝さんのように特殊な能力を持たされているのか」
おじいちゃんが握り拳をブルブル震わせてたけど、もちろんビビってる訳じゃねぇし、武者震いでもねぇ。怒りまくってる。
「双子なのかな?」
俺がバカみたいに聞くと、
「ハハ、そうだな。きっとそうだ」
おじいちゃんの気が抜けた。いや、良い意味で肩の力が抜けたって事にしといてくれ。
「ナイト、おじいちゃんとお母さんは後からすぐに行くから、お前はお父さんと一緒に先に行って待ってるんだ」
「うん、分かった」
おじいちゃんが負ける訳ねぇから、俺は素直に言う事を聞いた。
親父が外したシートベルトを締め直してくれると、シートが変型する。
KYOH-Let’sのシートはエアクッションの調節で、ガキだろうが大人だろうが、男も女も関係なく、体型を選ばすにコンピューター制御でジャストフィットするようになってる。ちなみにこれは市販のKYOH-Let’sにも搭載されてた、ベッツィとは無関係な機能だ。おかげでメチャメチャ高額になったみてぇで、後に機能をオミットしたヴァージョン違いが発売されたそうだ。
「克也、しっかりせんか! ナイトの方がよっぽど度胸が据わっとるぞ」
度胸の意味は解ってなかったが、何んとなく褒められてるのは判った。
「克也!」
額が赤くなるほど強烈なデコピンで我に返った親父は、
「す、すいません!」
慌ててノートパソコンに目的地を入力し、
「良いよ、ナイト。発進させて」
「行け! KYOH-Let’s!」
今度は巨大ロボットをリモコンで操る少年を真似てみたが、親父はやっぱりサッパリだった。
「お父さんを頼んだぞ、ナイト」
逆だろ、普通。
「うん!」
気にせず、返事は元気良く。
「ちょっと、父さん!」
おじいちゃんは大笑いしながら、助手席のドアを閉めた。
元々デカい声なのに、更に大声で笑うもんだから、走り出してもしばらく後ろの方から聞こえてた。
でも、シャッターをくぐり抜けた直後にピタリと笑い声が消えた。
「え?!」
親父の驚く声でサイドミラーを見ると、シャッターは既に閉まってた。
「父さん!?」
親父は焦ってたが、
「大丈夫だよ。おじいちゃんは無敵だし、お母さんはハカイフノウなんでしょ?」
流石は俺。落ち着き払ってるだろ? 誰だ、ただの能天気なんて言ってるのは?
親父はまたズレた眼鏡を直しながら深呼吸した。
「この車を作ったのは天才のお父さんだしね」
「それは……」
親父は口籠った。
車体の設計にはノータッチだと告白されたのは、ずいぶん後の話だ。
1時間後、SCI-KYOHにまたがったおふくろは、工場から100km離れた湾岸道路で俺達に追い付いた。
破壊不能の能力のおかげで致命傷は免れているが、服はボロボロ、SCI-KYOHも傷だらけ。無事とは言えない状態だった。
工場を出てから数分は追跡の手があったらしいが、
「SCI-KYOHに追い付ける車なんて無いって判っただけよ」
てのがおふくろの談。
親父がエレベーターに細工したついでに、ヘリで追跡出来ないように妨害しといたんで、システムが復旧する頃には、どこに向かって飛べば良いのかも判らないくらい、充分な距離が稼げてた。
15分ほど並走して、親父の大学以来のダチが用意してくれた別荘に到着した。
社員寮住まいしかした事が無かった俺は、広い庭付きの洋館、本来の意味でのマンションにテンションが上がってたが、夜になってもおじいちゃんが来ないんで不安になり始めた。
おふくろは俺の好物のハンバーガーを作って平静を装ってたが、親父の演技力では生来の心配性を隠し切れず、額や首筋が汗でしっとりしてた。
2人が黙ってるんで、俺はとりあえず何も言わなかったが、翌日もおじいちゃんは合流せず、その夜、辛抱たまらなくなって、おふくろに聞いた。
「おじいちゃんはいつ来るの?」
おふくろは何も応えてくれなかった。奥歯が音を鳴らすほど堅く口を閉ざして、何かを我慢してた。たぶん、泣くのを。
「言……言ってなかったかな? おじいちゃんはお母さんのバイクのパーツを作らなきゃいけないから、すぐには来られないって」
親父が慌てた様子で言い訳したが、根も葉も無い嘘が丸出しだ……、泣いてるじゃねぇか。
おじいちゃんにはもう会えないかもしれない。
そう思ったら、俺も泣きそうになったが、
『お父さんを頼んだぞ、ナイト』
おじいちゃんとの約束。向こうは冗談のつもりだろうが、それを思い出して、
「じゃあ、僕が大きくなったら、あのバイク、貰っても良い?」
親父の下手な噓に乗っかった。
精一杯無邪気なフリはしたつもりだが、無理してるのはバレてただろうな。
「それは、お母さんに聞いてごらん」
振り返ると、おふくろは膝を突いて、しっかりと俺に目線を合わせた後、思いっ切り抱きしめてくれた。
「お母さん?」
「良いわよ。ただし、乗る為には一所懸命練習しないとダメよ」
「うん!」
その時の約束通り、俺は今、SCI-KYOHに乗ってる。
ただ、ベッツィが一緒に乗るようになるまでは色々あってな。話が長くなるんで順々に話すよ。
しばらく付き合ってくれ。
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