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那智は目を丸くして問い返した。
「何ですか、それ」
「豊玉島は国内希少野生動植物種保護地区(こくないきしょうやせいどうしょくぶつほごちく)となっておりまして、豊かな生態系と真珠養殖産業を保護するため、観光客の立ち入りが制限されております。
また島には宿泊施設がございませんので、事前に島民の方の紹介状か豊玉島村役場の発行する上陸許可証が必要になります。
万が一そのどちらもお持ちでない場合、誠に恐縮ながら、島への上陸をお断りさせていただきます」
まるで空中に見えない字でマニュアルが書いてあり、それを読み上げているかのような調子で船員は言った。
那智はばつが悪そうに頭をかいて、
「紹介状というか、知り合いだったらいるんですけど」
「では、その方のお名前と連絡先を」
と言って、胸ポケットから用紙を取り出す。
「いや、連絡先は知らないというか……」
言葉を濁していると船員は疑いの様相を濃くして、さり気なく那智との距離を詰めた。
いつの間にか背後に警備員らしき人間の姿もある。
風向きの悪さをひしひしと感じていると、
「許可証は必要ありません」
隣の部屋のドアが静かに開き、深緑色のワンピースに身を包んだ透子が毅然とした表情で告げた。
「この方は私の客人です。滞在場所はわたくしが提供いたします」
そのときの船員と警備員の表情といったら、見ものだった。
まるで水戸黄門に印籠を示されたかのように、ひれ伏さんばかりに透子に頭を下げて、
「大変失礼致しました、天上河原様。こちらの手違いでお手数をおかけして申し訳ございません。どうぞごゆっくりおくつろぎください」
そして那智の方を振り向き、とびきりの笑顔で、
「よい船旅を」
船員と警備員が去ると、透子は「出ましょう」と甲板のほうを指さした。