神の人形と追憶の日々
とある文献に、イノと呼ばれる女性の存在が記載されている。魔導都市国家テーバの王女として誕生した彼女は、後に王都から外れた辺境の地にて王妃となった。死後、彼女はテーバ王によって【白い女神】の称号を与えられる。
☆ ☆ ☆
「大空も大海も生命の育みには欠かせない。生命維持の三大原則をご存じかしら? それはね、大空と大海、そして大地よ。……私の身は三大原則の内の二つの力を有している」
空は太陽――。
海は静寂――。
【モード・レウコテア!!】
白極の騎士、ルル・メリー。その姿が大きく変貌していた。
光り輝く太陽の剣、白亜色の楕円の盾、そして神話に登場する女神を彷彿とさせる二対の翼――! その姿はまさしく女神であり光神であった。
「この形態になるとね、尋常じゃない量の魔力を消費するの。それに持続時間も長くはない。だからこれは最終奥義。……ヒナ、別離の時よ。下らない因縁の全てに決着をつけましょう」
「はっ! 人間如きが笑わせるっ!!」
魔破の黒龍は咆哮を解き放つ。大地と大気を揺るがす殺戮の熱線である。
「笑止っ!!」
ルルの指先が、そっと熱線に触れる。途端、その熱線は消滅した。
「なに! 何が起きた!?」
「空は太陽、海は静寂。そして、大地は均衡。私の扱う太陽の力は万物を両断し焼き尽くす。私の扱う海の力は万物に黙することを強要する」
「生命維持の三原則……、その程度の力でいい気になるなよ、人間ガァッ!!!!!」
「もう届かない」
「黙れ!!」
「もう通じない」
「小賢しい!!」
「ヒナ。もうあなたは――」
「その目をやめろッ!! ルル・メリィィィィイイイイイイイイイイイイイイッッ!!!」
☆ ☆ ☆
「なんだこの小娘は。ああ、眩しい。見ていられない」
「あの親子、憎たらしくて仕方ないわ」
「なによ、幸せそうにしちゃって」
陰湿な村。呪いの村。妬み、嫉み、憎しみ、悲しみ、嫉妬羨望渇望……。
誰もが、理由あって王都を追放された人間。彼らは全てを憎んでいた。そして嫌っていた。私にはその感情が理解できなかった。
「何がそんなに気に入らないの?」
問うてみても返ってくる声はなく。ただひたすらに暴力だけがあった。
薄暗い陰湿な村。そんな村で、私は彼女と出逢った。一目見て、これが運命なのだと悟った。
ルル・メリー。可憐な女の子だった。いつも笑顔の絶やさない、まるで太陽のような――。
ある日父が言った。
「もう限界だ。今宵、全てを終わらせる。ヒナ、こっちへ来なさい」
私は父の元へ寄った。この日、父は珍しく優しかった。私を抱きしめ、髪を撫でてくれた。私は嬉しくなって、この時間がずうっと続けばいいのにって、そう思った。
今のお父さんなら、ひょっとしたら許してくれるかもしれない。だから私は勇気を出して聞いてみた。
「ねえお父さん。今日はルルちゃん、お家に入れてもいい?」
ルルちゃん。その名前を聞いた途端、父の顔がぐにゃりと歪んだ。ああ、やっぱりダメなのか。どうして村の皆はルルちゃんを嫌うのだろう? あんなにも可愛くて優しい子なのに。
「あの子は災いを招く存在だ。だから……だから、こんなことになったんだっ!!」
当時も今も、父の言い分は理解できない。きっと、ただの八つ当たりだったのだと思う。ルル・メリー。彼女の放つ幸福そうなオーラが村の人間には耐えがたい程に苦痛だったのだろう。
その日の夜、私は父の書斎に閉じ込められた。父は外から鍵をして「何があっても出てくるな」と指示を下した。その声色には、いつもの父からは感じられない不穏な空気が孕まれていた。
その日の夜、村人は全員死んだ。
村の土地全てを使用した魔法陣の展開痕が見受けられたことと、争った形跡がなかったことから、これは村人による集団自殺だということが分かった。
私は両親の死体に寄り添って泣いた。
「どうして? ねえ、どうしてなの?」
そのことに気付いたのは、翌日のことだった。
「ルルちゃん……」
ルルちゃんの死体がない。どうしてだろう。なんで? なんでルルちゃんの死体だけがないの?
「そっか、逃げたんだ。私は置いてけぼりにされたのに。一緒に連れてってもらえなかったのに、ルルちゃんは逃げたッ!!!」
許せなかった。何が許せない? 村人? ああそうね。許せないわ。どいつもこいつも揃いも揃って馬鹿でしょう。勝手にやっかんで、勝手に嫉妬して、勝手に……私を置いて死んでしまった。
私は思わず笑ってしまった。村人の間抜け具合にお腹が壊れてしまうんじゃないかって思った。
「そんなに憎かった?」
死体は答えない。答えないけれど、黒い異質な霧を放っていた。触れてみると、その霧は私の中に吸い込まれるようにして消えていった。私は村人全員分の死体から生じる霧で、その身を汚した。
行く当てもなく彷徨っていると、小汚いおじさんに声をかけられた。「ウチで仕事しないかい?」そう言うので、私は黙って頷いた。
そこからは全てを呪う日々が続いた。全部が憎かった。全部が嫌いだった。何もかも、生きとし生ける全てが許せなかった。
だから私は運命に従った。
「君の力が必要だ」
そう言って、あの方が笑ってくれたから。
私は元の名を捨てた。そして自らエルドールを名乗った。全てはあの方の為に。救いの笑みを向けてくれた貴方のために……。
なのに私は一度しくじった。ルル・メリーの暗殺。隙はいくらでもあったのに、私には彼女が殺せなかった。
どうして? どうしてどうしてどうしてどうしてどうして!!
思えば、あれがターニングポイントだったように思う。あの失敗がなければ、私の力は進化しなかっただろう。
二度は無い。二度目は許されない。だから……だから私は!!
☆ ☆ ☆
何故、今更こんなことを思い出す。
何故――どうして。
「うぅぅおおおおおおおおお、行くぞメシュア!!」
「まっかせろぉいッ!!」
「ルル、避けろ!!」
ゾイドの指示でルルは魔破の黒龍から距離を取った。
ゾイドの右腕は大きく変化していた。肘から先が水色のゼリー状になっているのだ。
「――!?」
驚きの声を発する間もなく、魔破の黒龍はそれに飲み込まれてゆく。
――なんだ、これは!? いや、そんなことより……こ、これはッ!!
今、ゾイドの腕の中にはメシュアの空間が広がっている。そして、その空間はメシュアの意志によって一定の面積に抑えられていた。
幼火竜討伐クエストの際、メシュアは自身の体内に『レミア湖』と同じくらいの水分が貯蓄されていると言った。『レミア湖』とは『バルンコッタ王国』に存在する湖で、集水面積は200,000㎞²を記録している。水深は600mにも及び周囲長は7000㎞!!
魔破の黒龍は、世界一巨大な湖に脱出不可能な状態で閉じ込められたのである!! いくら伝説に記される龍であろうとも、空気がなければ生きられない。
……バカな、そん、な――。
こんな、こんなところで……。 ああ、意識が薄れてゆく――。
私は何がしたかったんだろう? 結局私は、何の為に生まれてきた?
その答えを見つけられぬまま、ヒナ・エルドール――魔破の黒龍はその生命活動を停止させたのであった。
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