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メモリーズ・オブ・ゼロス2

いつかこんなシーンが書きたい。そう思っていたシーンが書けました。これもひとえに、この作品にお目通し下さっている皆様のお陰でございます。本当にありがとうございますっ!!

「俺を殺すだぁ? お前みたいな貧弱で軟弱なゴミカスが?」


 ヴォイドは大口を開けて笑った。二人の戦力差は天と地ほども離れている。その気になれば、ヴォイドは指一本でゼロスを吹き飛ばせるのだ。ゼロスが勝てる見込みは満に一つもなかった。


「うおおおおおおおおおおおおッッ!!!!!」


 ゼロスは吠え叫びながらヴォイド目掛けて突進する。


「馬鹿がッ! そんな隙だらけの構えで俺をどうこうできると思ってるのか!? それにさっきの攻撃で全身ズタボロじゃねーか。どう足掻いてもお前に勝ち目はねえよ!!」


 そんなこと、言われるまでもなくこの私が一番よく理解している!!


「はあっ!」


 ゼロスは懐から何かを取り出した。それは対モンスター用の魔道具であった。微量の光魔法と微量の爆破魔法。その二つが複合されたそれは、モンスターの動きを一瞬だけ封じる効果がある。


「ぐおっ!? これは、スタン攻撃か!!」


 生意気な真似しやがって!

 

 とっさの判断で目を閉じ耳を塞いだヴォイド。しかし、自身に攻撃が来ることは無かった。しばし経って目を開けると、そこからゼロスの姿は消え失せていた。


「ぐふ、ぐふふ、グアッハッハッハ!! そうかそうか、あの臆病者、俺を殺すなどと息巻いておきながら逃げ出したという訳か!! ハッハッハッハ!! やはり弱者はどこまでいっても弱者!! 所詮は俺たち強者側にいいように利用されるだけの存在だったという事だ!! グアーッハッハッハッハッハ!!!」


 悔しいが、今はこれでいい。今は耐えるんだ。今の私には力がない。例え刺し違える覚悟で攻撃を繰り出したところで奴には少しのダメージも与えられないだろう。


 ――惨めだ! 無念でならない!! 

 アリーシャ、君はこんな私の為に……、こんな不甲斐ない私なんかの為に!!


 ゼロスの瞳からボロボロと涙が零れ落ちる。

 今は亡き愛しの恋人に、ゼロスは心の中で何度も何度も謝った。


          ☆     ☆     ☆


 あれから十年の時が流れた。

 

 ヴォイド・ジンによって尊厳を踏みにじられたゼロス・リンドシリアという青年は『完膚なきまでの力』を求め、ある計画を画策した。


 アリーシャ。君の為なら、私は人の心を捨てるよ。

 私は、この国の王を殺す。

 そして他の誰でもない――この私こそがキングとなるのだッ!!


 ゼロスは憲兵に入隊し、人形のように、ただ言われたことだけを実行する存在となった。たった一つのミスも許さない。完璧でなければゴミも同然。ゼロスは自分にそう言い聞かせ任務を遂行した。


 休日には、ひたすらに研究に明け暮れた。全てはかつての自分と決別する為である。


 私が強ければ、アリーシャはあんな男との取引に応じる必要は無かった。

 私が強ければ、あの男から逃げ出すなどという醜態を晒さずに済んだ。


「弱いというのはそれだけで罪だ」


 それが、ゼロスの導き出した答えだった。


「モンスターに宿るスキルというのは、そのモンスターの遺伝子を取り込むことによって人間でも使えるようになるのか。これは興味深いな」


「ほほう、種族の異なるモンスターを交配させても子は生まれないのか。だが、代わりにスキルの能力は入り混じると……」


 研究の日々の中で、ゼロスはふと疑問を抱いた。


「なぜテイマーはモンスターをテイムできるのだろうか?」


 その疑問が氷解したのは、さらに十五年後のことだった。

 

 ゼロスは数多くのライバルを蹴落とし憲兵司令官へと昇り詰めることに成功する。さらに、休むことなく続けていた研究の方でも大きな成果を得るのだった。


 「なるほど。テイマーという存在はモンスターの肉体に含まれるスキル因子へと直接的に干渉しているのか。個体差はあれど、その因子への干渉が強力であればある程、モンスターは忠実にテイマーに従うと……」


 この時、ゼロスに天啓が舞い降りた。


 ――では、もしもそのスキル因子を人間が有していた場合はどうなるのだろうか?――


 立証するには人体実験が必要だ。

 被験体は誰にしようか?


「フフ、考えるまでも無いな――」


 ゼロスは憲兵隊の中でも特に信頼できる人間を三人集った。そして彼らに目も眩むほどの大金を掴ませ、「ヴォイド・ジン」という人物を連れてこいと命じた。


 この組織は三人から五人、五人から十人と数を増やし、やがて憲兵の【暗部】と呼ばれることになる。


          ☆     ☆     ☆


「ここは、どこだ……?」


 ヴォイド・ジンは、四方石造りの空間で目を覚ました。(ひび)割れた床に水の染みた壁面。天井は部分的に崩落し、真下には瓦礫が積み重なっていた。薄暗く黴臭く湿気の多いこの空間は、ヴォイドに恐怖感を植え付けた。


「だれかぁ~~~ッ! 誰かいないか!? どうなってやがるんだ、チクショウッ!! くそ、クソが!!!」


 ヴォイドは木椅子に縛り付けられ全く身動きの取れない状況だった。なんらかの魔法でも受けたのか、全身は強い脱力感に襲われている。


 そんなヴォイドの耳に、何者かの足音が聞こえてきた。


 かつー……ん、かつー……ん、かつー……ん。

 

 ヴォイドは音のする方向に希望の眼差しを向けた。助けが来たのだと、そう思った。安堵であった。これで自分は助かるのだと、根拠もないのにそう信じて疑わない。


「おい、早くこっちに来てくれ! 誰の仕業かはわからねぇが、体が……動かな……」


 ヴォイドは驚愕した。

 アルコールランプを片手に微笑みを携えるその人物の顔に見覚えがあったからだ。


「お前、どこかで会ったような……」


 しかし、イマイチ思い出せない。


 ヴォイドは考える。どこだ? 俺はどこでこの男と会ったんだ?


「私のことを覚えていないとは、つくづく呆れた男だ」


 ゼロスが声を発すると、ヴォイドは「あっ!」と目を見開いた。


「お前、ゼロスじゃないか!! ゼロス・リンドシリア! そうだろう!? ああ、なんていう運命だ。まさか、こんなことがあるだなんて」


 ヴォイドは大きく息を吐き、そして言った。


「殺せよ。全部合点が行ったぜ。そうさ、そうだよな。お前が俺を忘れるわけがない。忘れられる筈がない。俺はお前に殺されても文句を言えないだけのことをした。言い訳にはなるが、聞いてくれ。あの時の俺はどうかしてたんだ」


 ヴォイドは弁明を始める。全てを諦めたかのような表情を浮かべてはいるが、どこかで反撃の隙が生まれないかと探っているのだ。


「軌道に乗って全てが上手くいって、俺は自分が神であるかのように錯覚しちまった。だが、それが間違いだったとすぐに気付いたよ。お前を追放した後、仲間が次々に辞めていった。俺の態度が気に入らないってな。俺はあっという間に一人ぼっちになった。そして気付いたんだ。大事なのは強さじゃない。人を敬う心だったんだって」


「あなたは、後悔しているのですか?」


 ゼロスが問うと、ヴォイドは大量の涙と鼻水を流しながら震え始めた。


「いづが、こんな日が来てほじいと、願っでだんだ!! 死ぬときにはぜめでお前に謝りたいって、そう思ってた!! ああ神様ありがとうございます!! 最後にこんな、こんなクズ野郎の俺に懺悔の場を設けてくれで…………ッ!!」


「……あなたは、長い時間の中で変わったのですね」


「ああそうさ。変わったさ、変わったとも!」


 ヴォイドは「だから助けてくれよ」とでも言いたげだった。


「分かりました。あなたの気持ち、しっかりと伝わりました。あなたが改心したというのであれば、私はあなたを助けましょう」


 ヴォイドは内心でほくそ笑む。

 

 馬鹿が! 馬鹿が馬鹿がばぁぁぁぁああああああかがっ!!!!

 

 だァーーーれが反省なんてするかよボケ野郎ッ!!

 グアッハッハッハ!! さあ縄をほどけ!! 下らねー懺悔で時間を稼いでいる内に右腕だけは動くようになってきた!! 貴様が縄を解いたその瞬間、俺は容赦なく貴様をブチ殺すッ!!!


 ゼロスは縄を解いた。


「馬鹿がッ!! 死ねい!!!」


 だが、ヴォイドの体は動かない。

 微動だにしない。

 かろうじて動くのは右手の指先、ただそれだけ。


 なぜだ。

 なぜなぜなぜなぜなぜ!? なんで、どうして――!?


「やはり、私の考えは正しかった」


「……は?」


「人体にモンスターのスキル因子が混入された場合、テイマーの効力はその人体にまで影響力を拡張する。つまり、やり方次第では、テイマーは全生命体を支配下に置くことができるということだ」


「なにを――言っている?」


「お前には私に攻撃できないようにと、既にそういう指示を出していた。まるでモンスターに命令を下すかのようにね」


「……バカな。テイマーなんぞにそんな力が――」


「あったんだよ」ゼロスは遮るように言った。「テイマーの真価はモンスターを操ることにあらず。スキル因子を有する生命体を操ることにあったのだ!! ふ、ふふふ、ふはははははははははッ!!! これは素晴らしい、素晴らしい力だッ!!! この力があれば私は世界を掌握できる!! だが、その前にやっておかねばならないことがあるな――」


 ヴォイドは瞬時に理解した。

 自分の命の終わりは今なのだと。


「ま、待って!」


 ヴォイドは逃げようとする。しかし――。


「静止しろ」


 ゼロスの命令で体が動かなくなってしまう。

 筋肉には自慢のあるヴォイドだが、どんなに全身に力を込めても体が動かない。


「お、おねがい、お願いします! やめて、やだ、やだやだやだ!! 死にたくない! 頼む、このとおりだっ!! 謝る! あの女に酷いことしてごめんなさい、だから許してッ!!」


「あの女って、誰のことだ?」


 ゼロスが問うと、ヴォイドは言葉を詰まらせた。

 長い年月の中、ヴォイドはアリーシャの名前を忘れていたのだった。


「あ、あああああ……、やめてぇぇぇええええええええええええええッ!!! だれか、だれか助け!! たすっ、助けて! あ、あ、あっ、ママァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!!!!!」


 その後、二週間にも及ぶ残虐非道な拷問の後、ヴォイド・ジンはただの肉片と化し、死亡したのであった。

ここまで読んで頂きありがとうございますっ!!

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