無垢なる民の愚かなるパレード
戦況は苛烈を極め、『ぺレスロウレ』の街には数多もの戦火戦塵が降り注いだ。本来は憲兵側の仕事だが、一般市民の避難誘導を行っているのは、そのほとんどが騎士団員達であった。
「ご安心ください、すぐに収まりますから」
そう言って微笑む憲兵は民間人に付き添うことなく、すぐに戦場へと加入した。形だけ、口先だけの避難誘導。憲兵の連中にとっては王とゼロスの命令だけが全てであり、民間人の生死などどうでもいいことなのである。
「クズ共が!!」
とはいえそれを咎めている暇はない。騎士団側はヴェルウォークの掲げる正義を信じ、殉ずる覚悟だからだ。民間人の避難に人員を割かれ戦況が不利になろうとも、それでもなお無関係の人間を無意味に死なせるわけにはいかなかった。
「くははっ、実にばかばかしい正義感だねぇ。そんなクソの役にも立たない感情論を戦場に持ち込むなんて、君たち、戦いを舐めてるの?」
フリードリヒはケタケタと笑いながら、ヴェルウォークの正義に感銘を受け命を懸けた人間をばかばかしいと吐き捨てた。
スノウスにとってそれは断じて許せないことだった。
自分がなんと言われようとも、仲間の覚悟を馬鹿にされることだけは耐えられない。
「……ヴォルフガング・フリードリヒ。……君、楽には死ねないよ?」
「いや、楽だろうがなかろうが僕は死ねないんですけど~?」
スノウスはフリードリヒを睨みつけた。
「……だったら全細胞の活動を停止させるだけだ」
☆ ☆ ☆
白の空間。
壁も床も天井も、その全てが白一色に染め上げられた異様な空間。
目を覚ますと同時に青年は磔から解放され、ふわり……と地に足を着いた。
「目深にフードを被った男。その男が『アダマイトス』討伐クエストを発令し、今回の大量殺人の引き金を引いた。そしてその男は父さんと繋がっている、もしくは……父さんそのもの、か」
ゾイド・ペンタークはゆっくりと歩を進めドアノブに手を掛けた。
扉を開け放つと、目の前には蒼空が広がっていた。
「……これは」
「てんいまほうじんだね」メシュアが言った。「くうかんをまるごときりとって てんいさせたんだ」
「あの男が関わってるのは間違いないな。急いで地上に戻ろう。とてつもない魔力の衝突を幾つも感じる」
ゾイドはその身を大空に投じ、地上を目掛け猛スピードで落下していった。
☆ ☆ ☆
「クク、やはり来ましたか。ゾイド・ペンターク――!」
ゼロスは賽子サイズの石像を摘まんだ。遠目からでは分からないが、近くで見るとそれが亀の形を模していることが分かる。他にも鳥や虎や竜の形の石像もあった。親指と人差し指で軽々しく摘まめるそれは、彼が趣味で嗜んでいる盤上遊戯の駒だ。
「まずはコイツで揺さぶりをかけようか。ああ――、しかしそれにしても実に良い気分だ。やはり私の目論見は正しかった。私はね――私はねぇ、間違えないのさ。失敗をしない。もう過ちは犯さない。もうあんな惨めな思いをすることもない。この屈辱の炎が消え失せることも……あぁ忌々しいな――。ふふ、くはは…………。まずは、フェーズワンだ」
ゼロスは一気にワイングラスの中の液体を飲み干した。
「ふー……。君たちは民間人を見殺しに出来るかな?」
☆ ☆ ☆
始めに、異質な光があった。
その光は太陽の輝きにも似ていたが、同様の温かさや朗らかさを有してはいなかった。むしろ、その輝きから感じられるのは悍ましい程の悪意、そして冷酷さだった。
その光を前に、スノウスは身震いした。
その輝きは、絶対零度を超越する程の冷酷さを感じさせた。
「……あれは、なんだ」
「あー……始まっちゃったねぇ」
フリードリヒは下卑た笑みを浮かべた。何が楽しいのだろうか? 何が嬉しいのだろうか? この男は何が面白くてこんなに笑っているのだろうか?
「……お前は、なんなんだ」
両者、拮抗状態が続いていた。
スノウスもフリードリヒも攻撃力という一点においては互角だった。
だが、フリードリヒという存在の本質は邪悪そのもの。
「ふっ、ふひッ、ヒヒヒ、ヒヒヒヒヒ、イヒャハハハハハハハハハハッッ!! あ”~~~~、楽しいなァ!! 楽しくて嬉しくて気持ち良くて堪らないッ!!! あ~、マジでイッちゃいそう」
スノウスは困惑した。
……なんだ、コイツは。なんなんだこの男は。
気持ち悪い、不気味、怖い、悍ましい、忌々しい、汚らわしい、嫌い、嫌い、嫌い嫌い――。
「……僕、お前のことが嫌いだ」
「そっか、それは残念だ。だけどお遊びはここまでだよ。君の相手はもう僕じゃあないからね。ふふふ、君もきっと楽しめるんじゃないかな?」
フリードリヒはまるで紳士のような振る舞いで足を交差させ、九十度お辞儀をした。そして歪な笑みを携えながら、ショーの始まりを宣言した。
「無垢なる民の愚かなるパレードをとくとご覧くだされ……、クヒヒヒヒ、アヒャハハハハハハハハ、ハーヒャッハッハッハッハッ!!!!!!」
フリードリヒは水の波紋のように揺らめき、やがてその輪郭すらをも消失させ、完全にその場所から姿を消した。
フリードリヒが消えた後、スノウスは奇妙な音を耳にした。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ――。
「………………まさか」
【無垢なる民の愚かなるパレ―ド】
スノウスは確かにその異様な光景を自分の目で目撃した。団員たちが必死の思いで避難させた筈の一般市民たち。彼らは目を真っ赤に血走らせながら、何かを呟いていた。
彼らが歩を進めるにつれ、その言葉はしっかりとした輪郭を帯びてゆく。
彼らは確かに言っていた。目を血走らせ涎を垂らし、確かにこう口にしていた。
「極光の騎士団を壊滅させよ――」と。
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