目覚めの時
ノーダメージだと? あの威力の攻撃を受けて? そんなことあり得るのか?
疑念を抱くゾイドの脳内にメシュアの声が響いた。
「のーだめーじじゃないよ。あんしんして。ちゃんときいている。ただ、あいつはちょっととくしゅみたいだね」
特殊、ねぇ。まあなんとなく普通じゃないような感じはしていたが。
「あいつはじぶんのことをにんげんじゃないっていってただろう? それはほんとうさ。やつのにくたっ……い……は、――あ、れ?」
なんだ? どうした? メシュア、返事をしろ!!
慌てふためくゾイドの姿を滑稽に感じたのか、フリードリヒは大口を開けながら腹を抱えて笑い声をあげた。
「あは、あは、あは、あははははははははッ!!!」
「何がおかしい!」
「はぁ、はあ、ヒ―ーー、ほんっと笑わせてくれるよ。一から十まで意味不明なスライムだなあ、そいつ」
「……お前、メシュアに何をした!?」
「安心しなよ。ダメージを与えるようなことはしてないからさ。っていうか、例外に例外が重なりすぎててこれが限界だったっていう方が正しいんだけど。でも仕方ないよね。だって勝負ってのは本来一対一で行われるものだろう? 二対一なんてズルはさせないよ」
「俺たち二人の精神に干渉できるのか」
「僕の手にかかればお茶の子さいさいのさ……い”ッ、ぐ、ぅオ!?」
突如フリードリヒの様子が変化した。苦しんでいるようにも見えるが、どちらかといえば激しく混乱しているといった方が正しいだろう。
「なンダっ!? なにが……起きて――? ぐお、ぐ、ああああああ????」
「やあ、こんにちは!」
フリードリヒの脳内に語り掛ける声。声の主が例のスライムだと気づくのに、そう時間はかからなかった。
「なっ、き、貴様! どうやって僕の精神世界に!!」
「ぼくはね、すきるをふくすうもっているんだ。そのなかのひとつに「能力模倣」っていうのがあってねぇ。きみがぼくたちにかんしょうしたとき、きみののうりょくをもらっちゃったよ」
「……はあああああああああああああああああああっ!!???」
「べんりなのうりょくだねえ。「他者の能力を受けずに精神世界に干渉する」。それだけじゃない。きみもぼくとそっくりだ。いくつものまほうをあつかえるみたいだね」
「ぐっ、こんのスライム野郎、ふざけやがって!!」
ゾイドは目の前で繰り広げられている光景に首を傾げた。
一体全体、何がどうなっているんだ? まさか、メシュアがなにかしているのか?
「ぐぎ、ぎががががががが!?!?!??? で、てけ! 僕の中から、出ていけええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!!!!!!!!!!!!!」
「うわわわわわ、うおわあああ~~~~っ!!」
「はぁ、はぁ、はぁ……。あ、ああ、あ”あ”あ”あ”あ”あ”~~~~~~~~~~~~~、とことん……、とことんとことんとことんとことんとことんとことんとことんとことんフザけた野郎だなああああああああああああああッ!!!! クソ!! まさかこの僕様ともあろうお方がたかが低級のスライム如きに精神干渉を許してしまうとはっ!! それどころか能力の模倣だとォ~~?????」
どうやらメシュアの行動は相当にフリードリヒのプライドを傷つけたらしかった。どうやら彼は他者の中に入り込むのは大好きでも、その逆だけは許せないらしい。
「あ~~あ。一気に萎えちゃった。もういいや、帰ろ。それに君ももう少しで目を覚ますみたいだしね。……次に会う時は現実かぁ」
言い捨てながら、フリードリヒの体が少しずつ実態を失っていく。キャンバスに解けゆく絵の具のように、やがてその輪郭は知覚することすら叶わなくなった。
「ゾイド・ペンターク君。僕は君のことは好きだよ。強いし気色悪いからね。でも、あのスライムだけは絶対に許さない。君を取り逃そうともスライムだけは必ず殺す。どんな手を使っても、必ずだ。――肝に銘じておきな。ってことで、ばいば~い。それなりには楽しめたよ。あはっ、あははは、あはははははははは」
ゾイドはしばし茫然としていた。ヴォルフガング・フリードリヒ。あまりにも得体の知れないその存在に抱いた感情は恐怖でも嫌悪でもない。それは言葉では言い表せない、今までには一度も感じたことの無い実に奇妙なものであった。
やがて落ち着きを取り戻したゾイドは周囲を見渡した。だが、そこにオークキングの姿は無かった。ゾイドは大きく溜息を漏らした。
「……父さん」
幼少の頃、ラックは憲兵の連中に引き連れられていった。多くのS級モンスターが集うファームだったが、ゾイドと妻が人質に取られたことにより、その猛威は完封された。
少しの抵抗も許されず、S級モンスターとラックはでっち上げの罪で投獄される。唯一ゾイドに残されたのは、神属性モンスターの『アガド』のみだった。
きっとなにか深い事情がある筈だ。父さんが自らの意志で人を殺すわけがない。もしかしたら、あの時みたく憲兵の連中に弱みを握られて、それで嫌々ながらも奴らの計画に加担させられているのかもしれない。
ゾイドは天を仰いだ。
偽りの空には幾筋もの亀裂が生じていた。
フリードリヒの言う通り。どうやら、目覚めの時はもうすぐのようだ。
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