VSフリードリヒ
ヒメト・ヨリシロ。世界最強のパーティ【叡智の神域】のリーダを担う現代最強の魔法使いである。彼女は自身を【炎生の巫女】と呼んでいる。
当初、誰もが困惑した。
「みこ、というのはなんだ?」
当然の問いかけに対し、ヨリシロはこう答えた。
「私の頭の中にのみ存在する概念さ。ちなみに私の身が纏うこれは巫女装束と言ってね。遥か古来より、太陽神・アマテラスの加護を齎すとされているんだ。ああ、あまり気にする必要はない。アマテラスというのも私の頭の中にのみ存在する概念だから」
捉えどころのない人物というのが周囲の評価だった。変な人間もいるんだなと、それが当時の彼女に向けられた印象だった。だが、ある一件がキッカケで彼女の名前は全世界に轟くこととなる。
ある日、街にドラゴンが出現した。ただのドラゴンではない。古の書物に記載されている神龍・ゼラギオンだ。ゼラギオンは「二重粒子」というスキルを有していた。このスキルは物事の結果を都合よく書き換えるというものである。
つまり、どう足掻いても勝ち目はない。運良く討伐したとしても、その結果を無かったことにされてしまうのだ。
だが、そんなゼラギオンの前にヨリシロは立ちはだかった。
誰もが無謀だと口にした。
誰もが無駄死にだと悲観した。
だが、彼らの心配は杞憂だった。
「はい、終わり」
ヨリシロの目の前で、ゼラギオンが静止していた。大口を開け、目を見開き、剛腕を振り下ろさんとした格好のままでその場に静止していたのだ。
何が起きたのか、民は説明を求めた。ヨリシロは彼らの問いに笑顔で応じた。
「ゼラギオンは殺せない。殺したらそれを無かったことにされるからね。だから殺さないまま、ゼラギオンという存在が知覚している時間の概念を永続的に停止させたんだ。
スキルを発動するという判断を下すことも言ってしまえば生命活動の一環だろう? 脳から神経を伝いスキルを発動する、攻撃を繰り出す、翼を動かし空を飛ぶ、尻尾で周囲を薙ぎ払うと指令を下すわけだ。でもね、時間が止まってしまえば神経伝達もクソもない。つまり、これでゼラギオンは永遠に時の牢獄に閉じ込められてしまったという訳さ」
ヨリシロの魔法は常軌を逸していた。彼女の魔法は神の叡智と崇められ、瞬く間に英雄と呼ばれるようになった。
この世界に生まれ彼女の名を聞いたことの無い人物は存在しないとまで言わしめる存在。それが【叡智の神域】のリーダーであるヒメト・ヨリシロなのである。
☆ ☆ ☆
「ハッタリにしては下手くそだな」
ゾイドの頬を一筋の汗が伝った。口では「ハッタリだ」と強がっても、メシュアのスキル「真偽判別」がフリードリヒの言葉を「真実である」と認めてしまっている。
「ま、信じるも信じないも君の勝手だけどね。でも、危機感は持った方がいいんじゃないかな? 君の命は今、文字通り僕の掌の上なんだから」
「どういうことだ?」
「どういうこともなにも、そのままの意味だけど? だってさ、考えてもみなよ。この世界は君の世界なんだぜ? イデアというのは魔法には欠かせない重要な要素だ。魔法とは想像力そのもの!! そして想像力とは、生物の意識そのものなんだ」
こいつの言わんとすることがなんとなく分かってきた。
確かに俺の命は今、奴の掌の上にある。
この空間の損壊は俺の意識の損壊にも通じ得る。そういう事なのだろう。
「ふふ、やっぱり君は察しが良い。好きだなぁ。ああ、でも化け物みたいに強いから気色悪いや。こんなにも好きなのに、ふふ、うふふふ、不思議だねえ」
「うるせえ。それに、危機感を持った方がいいのはお前もだろ」
フリードリヒは「は?」と首を傾げた。
「どうやら気付いてないみたいだな。だったら都合がいい。今の内に叩かせてもらうとしよう。アガド!! 「絶対王者」の出力を全開にしろ!!!」
「リョウカイッ!!」
ゾイドの命を受けアガドは持てるエネルギーの全てをフルに活用し「絶対王者」を発動させた。満ち溢れるエネルギーの波動に、フリードリヒは驚きと歓喜の入り混じった表情を浮かべた。
まさか、これ程までとは……!
「ふふふ、素晴らしいね! 久しぶりに五割くらいの力は出せるかな?」
フリードリヒは瞑想した。「ふぅー」と大きく息を吐くと、それに呼応するかのように周囲の空気が振動を始めた。やがてそれは水面の波紋のような穏やかさを以てしてフリードリヒの呼気と共鳴を始めた。紅蓮のオーラがフリードリヒの全身を覆い尽くし揺らめいている。
「あー、いいね。気分が高揚してるのが分かる。ふふふ、イッちゃいそう」
両者、しばしのにらみ合いが続く。
ゾイドはフリードリヒとの間合いを少しずつ、ジリジリと詰めていく。
「ははっ! こんなにも近いのに隙が無いだなんて! あー、ダメだ。仕事なのに全然集中できないや! 終わらせたくないなぁこの時間。こんなにも胸が躍るのは彼女と殺りあった時以来だよ!」
「うるせえよ変態」
ゾイドは一気に間合いを詰め、渾身の右ストレートを放った。当然、フリードリヒはそれを避けた――筈だった。しかし、ゾイドの拳はフリードリヒの顔面をしかと捉えていた。振り抜いた拳は鮮血を散らし、顔面に一撃を受けたフリードリヒは猛スピードで平原の果てへと吹き飛んでいった。
何が起きた。僕は確かに避けた筈。
いや、違う。避けたと思ったその瞬間、一瞬だが体が硬直した!!
「あぶァっ、ごえ、ぎゃぶウっ!! ――う”、ォおア”、ああ……いっっっっってえなァ~~~~~」
「完全に避けたと思ったろ。残念だったな。足元を見てみろ」
促され、フリードリヒは自身の足元に目をやった。そこには青いドロドロとした物体がへばりついていた。触れてみると、粘着質であることが分かる。
「は、ははは。下らない小細工を弄しやがって。そういや意味の分かんないスライムを従えてたんだったか」
立ち上がったフリードリヒの顔からは、もう既に傷が消えていた。
「いい一撃だったよ。ま、ただそれだけだけどね」
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