ゾイド、夢世界の民になる3
「彼は、戻ってくると思いますか?」
ルルは団長であるヴェルウォーク・スカイハイムに聞いた。もちろん彼の答えは「ノー」だろう。しかし、それでもルルは信じずにはいられなかった。彼は、彼だけは、違うと。なにせあの先生が認めた人物なのだから。
ルル・メリー。美しい白髪を揺らす彼女は今でこそ【極光の騎士団】のナンバー2として慕われているが、幼少の頃はそうではなかった。今の境遇とは、真逆だったのだ。
その村は、黒魔術師で満ち溢れていた。黒魔術――そう呼ばれるそれは、しかしその実、魔法とはかけはなれたものだった。人を怨み、人を妬み、嫉み、呪う。そんな負の感情の集合体こそが、黒魔術の正体だった。
村の誰も彼もが陰湿でほの暗く、やつれ、細り、世界の全てに絶望し、そして、憎悪していた。
王都に出れば、その感情はより肥大化し、巨大化する。
人々の笑顔、喜び、快楽。眩しい笑みを携える子供と、その子供に優しい表情を向ける母親、そして父親。そこには満ち溢れていた。幸福という感情が。しかし、黒魔術師たちはそれを良しとしない。彼らは黒魔術と称し、それを駆使した。
歴史浅くも強大な力。
魔法と対を成す圧倒的な負のエネルギーが満ち溢れる薄暗い村。
ルル・メリーは、そんな場所に生まれ育てられてきた。
「もう、一ヶ月……。私にも、彼らの気持ちが理解できます。一度絶望を味わったものが幸福を知れば、戻ることはできないでしょう」
ルルは伏し目がちに地を見つめる。心に満ちる悲しみがそのまま表情へと現れる。彼もダメだったのかと、内心、肩を落とす。
「君は戻ってきたじゃないか」
あっけからんとした様相でヴェルは言った。
「言っておくけど、僕は今でも彼らを信じている。一時だってあきらめたことはないよ。僕は自分が”この人なら大丈夫だろう”と思った人にしか、この魔法をかけたりはしない」
「……知っています」
あなたが彼らの決意を信じていることも、彼らの強さを信じていることも。そして、人の弱さを知っていることも。私は全て知っている。知っているからこそ、疑問なんですよ……。
「どうして、団長はあきらめずにいられるのですか? 今彼らにかけている魔法を解けば、あなたは一人でもマハの黒龍を討ち滅ぼせるはずです。なぜ、そうしないのですか?」
「意味が無いからだよ」
ヴェルは即答した。
「確かに、僕は強い。それはもう、とても強い。そこら辺の有象無象の一生をいくら積み重ねようと僕の一瞬にはとうてい届きえない」
「ならばなぜ?」
「無意味なのさ。いくら僕が強くても、周りの人やモンスターが僕にとっては有象無象でも、その全ては無意味なんだ。何故なら所詮は僕も人間だからだ。人間だから、当然弱い部分もある。その部分を、他の人は埋められるかもしれない。
僕だけが強くても救える人間の数には限りがある。僕一人で百人救えても、ある程度の実力を持つ者が集えば二百人、三百人と救える。だからこそ、個としての強さにはそれほどの意味がない。僕はそう考える。
人は数が多い。それはもう、とてつもない程に。そりゃ、宇宙という枠組みで見ればそれは僕たちから見た蟻のような存在かもしれない。吹けば飛ぶような非力かもしれない。
それでも、僕から見れば、僕なんかが出来ることはたかが知れてて、そして、力を持つ人の多くはそれを理解してるんだと思う。自分一人じゃ大したことはできない。どんなに強くても全てを助け、導くことはできないと。だからこそ、人はつながりを求め、集団で生きていくんだと思う」
一呼吸置き、ヴェルは確信めいた表情で言った。
「僕は一人の力よりも集団の力を信じている。だから、今でも彼らを諦めはしない。僕より弱い部分があるからといって見下したりはしない。きっかけなんだ。たった少しのきっかけ。僕の魔法で彼らは繋がり、そして、僕の魔法はやがてイデアをも超越する」
「団長、一体なにを考えているんですか?」
「僕は、彼らを救う。多くの人を助けて見せる。でも、その前に自分を救おうと思っているんだ。だって考えてもみなよ。自分一人救えない奴に、誰が救えるっていうんだい?」
そう言ってヴェルは満面の笑みを浮かべた。
その笑みは、まるで負の感情、その全てを消し飛ばしてしまうのではないかと思える程に、眩い輝きを放っていた。
私とは真逆だな。
ルルはそう思った。
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