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ゾイド、夢世界の民になる

 眠りの間から戻った俺は、ヴェルウォーク・スカイハイム、通称ヴェルから、例の魔法を受けていた。


「ゆっくりでいい。目を閉じて、あの日のことを少しずつ思い出すんだ」


 俺はヴェルに促されるがまま両目を閉じた。最初は鮮明だった意識も、ヴェルの語りによって、徐々に朦朧なものとなってゆく。


 抑揚のある声。暖かな声。優しい声。包み込む声。

 

 この世界には様々な声音の人間が存在するが、ヴェルの声はその全てを内包しているのではないかと思う程に柔らかなものだった。その声を耳にするだけで、まるで揺りかごに揺られる赤子がごとく有り様である。


 ゾイドはあっという間に、まるで宙に浮くかのように、眠りの世界へと沈んでいった。


 そして、次に目を覚ました時には――。

 そこには、見覚えのある光景が広がっていた。


「これは……」


 ゾイドは荒野を歩いていた。

 視線の先には大勢の冒険者の姿がある。

 その顔の一つ一つに、心当たりがあった。


 例えば、右脇を征く細身の男。

 一見すると臆病そうな顔立ちだが、その瞳には溢れんばかりの闘志がみなぎっている。


 しかし、後方の彼は鍛え上げられた肉体とは対照的に、不安げな表情を浮かべている。


 この『北界の守護神・アダマイトス』討伐クエストには実に多くの人間が参加した。

 一々全員の顔を覚えていられるわけがない。

 だが、何故かゾイドには、彼らの名前と顔を結びつけることが可能だった。


 自分では意識していなくても、心の深い所では意外と覚えているものなのかもしれないな。

 ゾイドはそう思った。


「おい貴様! なにをぼうっとしているんだ!」


 ゾイドは聞き覚えのある声に怒鳴られ、思わずたじろいた。全身の毛が逆立つかのような、ドスの効いた深く重い声。忘れるはずがない。この声は……。


「グラッカス……さん……」


「なんだお前。若いのに俺のことを知っているのか。ははは、中々勉強家なのだな。感心なことだ」


 これはチャンスだ。

 ここで相手を立てて取り入ることができれば、最悪の未来を回避できるかもしれない。


「え、えぇ。まぁ。俺は一度憧れた人のことは忘れないタイプなんですよ」


「ほう、お前中々見どころがあるじゃあないか。特別に俺の班で面倒を見てやってもいいぞ?」


 グラッカスは偉そうなにやけ面を隠そうともせずにそう言った。

 ゾイドは内心イラっとしたが、それを押し隠し「よろしくお願いします」と頭を下げた。


 今は、これでいい。

 確かに惨めでダサいけれど、今はこれでいい。

 俺はこんな三下にゆさぶられている場合じゃないんだ。俺はこの世界で絶対に見つけるんだ。犯人の手がかりを!!


 ゾイドは屈辱を押し殺すように、強く自分に言い聞かせた。


「サモン!!」


 ゾイドはサモンを唱え、今度はメシュアを召喚した。

 前回はアガドを召喚した結果、最悪の結末を迎えてしまった。

 であれば、与えられた”もう一度”では別の方法を試すのが当然と言えよう。


 だが、ゾイドは俗にいう強者と言われる冒険者から『スライム』というモンスターがどう見えているのかを完全に失念していた。


 というより、ゾイドにとってはもう既にメシュアはただのスライムではないのだ。故に、スライムというモンスターに対する認識をゾイド自身が改めてしまっていたのだが、そのことにゾイドは気付いていなかったのである。


 当然、グラッカスは怒りの声を上げた。


「お前、テイマーなのか。……珍しくまともな若者かと思ったが、よりにもよってスライムをサモンするとはな。はあ、話にならねぇぜ。ま、最初からガキに期待はしてねぇ。せめて足は引っ張るなよ」


 グラッカスは呆れた様相で、吐き捨てるように、冷たく言い放ったのだった。


「ねぇ ターク。 もしかしてぼく、すっごくばかにされてる?」


 ゾイドは肩を落とし、嘆くようにこう言った。


「馬鹿にされてるのは俺の方だよ……」

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