白極の騎士――ルル・メリー
翌日の早朝、ゾイドは何故か剣を構え、一人の騎士の前に立たされていた。
その騎士、名をルル・メリーという。
白を基調とした鎧に身を包み、真剣な眼差しでゾイドをねめつけるその姿は、まさしく白極の騎士と呼ばれるにふさわしい。彼女は嘆く。
「なぜ私がこんな男の相手をせねばならないのですか、先生」
先生と呼ばれたヴェロニカは「えっへん」と偉そうに腕を組んでいる。青髪を煌びやかな陽光に輝かせながら、どこか嬉しそうな様相で口を開いた。
「それは、ゾイドが弱いからなの! これから先戦おうとしている相手はあまりにも強大なの! つまり、ゾイド自身も少しは戦えるようにならないと、お話にならないなの!」
ルルは呆れたように溜息を吐き、反論した。
「お言葉ですが、その「これから戦う相手」とやらと私になんの関係があるのですか? 私はこんなところで油を売っているほど暇人ではないのですが……」
「黙れなの!!」
理不尽ここに極まれりといった様相ではあるが、それでもルルはなんとか反論を試みる。自身の経験上こうなったヴェロニカに何を言っても無駄だということは充分理解しているつもりなのだが、それでも逆らってしまうのは、これはもう彼女の性である。
結局ゾイドの目の前で行われた問答は五分にも及んだ。しびれを切らしたゾイドがルルに「お願いします」と頭を下げたことにより、ルルはしぶしぶ溜飲を下げる運びとなった。
「一応断っておきますが、こと剣術において、私は加減という言葉を知りません。死にたくなければ死ぬ気でかかってきなさいっ!!」
叫ぶと同時に、ルルが剣撃を放つ。
「うおっ!!」
み、見えねぇ!
全く見えない! 剣撃だけじゃない! ルルの体さばき、足の踏み込み、間合いの取り方、一挙手一投足その全てがまさしく神速!!
などと心の中で実況をつけているうちに、気づけばゾイドは晴れ渡る晴天を見上げていた。
全身の骨が軋み、ほんの少しでも動こうとすれば激しい痛みに襲われ、しかし呻きを上げる体力すら残されてはいなかった。
「なっはっはっは!! 清々しいくらいに宙を舞ったなの! これはもはや芸術なの!!」
ヴェロニカは愉快痛快、今にも踊りだしそうな剣幕で笑い転げていたが、そんな彼女を尻目に、ルルは再度深い溜め息を零したのであった。
☆ ☆ ☆
「先生からお話をお伺いした時、どんな殿様なのだろうかと胸を躍らせましたが、まさかここまで弱いとは驚きです。……負けるつもりは毛頭ありませんでしたが、少しは苦戦すると思っていたんですけどね」
「ああ、はい。これはもう、なんというか、本当に申し訳ありません。無駄に期待させてしまって、はは……」
ひきつった笑みを浮かべながら、ゾイドは隣席に腰かけるヴェロニカを睨みつけた。
お前はこの子に何を吹き込んだんだ! と小一時間問い詰めたい気持ちで一杯である。無論、本人がいる手前そんなことはしないが。
「随分と派手に怪我したな、大丈夫か?」
マスターが心配げな表情を浮かべながら酒を注いでくれる。そのままヴェロニカとルルにも注いだところで、ゾイドはこの店の倫理観を諦めた。
未成年だろうが何だろうがお構いなしなんだな、この店は。まぁそうでなきゃ、今頃メシュアの入店も拒否されてる頃だろうから、あまり気にしないことにしよう。ゾイドはそう思った。
「ところで、例の続報が入ったんだが、あんたらは聞いてるかい?」
例の続報。つまり、『アダマイトス』とそれに関わった『マハの黒龍』の件である。遠征組が全滅したレイドクエストだが、マスター曰く、この一件はあまりにも大きな事件となったため国が勢力を上げ始めたのだという。
「つまり、どういうことなの?」
首を傾げるヴェロニカに、ルルは「まさか……」と驚きの言葉を漏らした。
「先生の言っていた敵、というのは『アダマイトス』の事だったのですか!?」
「そうなの! ついでに『マハの黒龍』もなの!! ゾイドは遠征に出向いた中で唯一の生きのこりなの!!」
ヴェロニカはこの時まだ気づいてはいなかった。ついでに言うならマスターとゾイド、それからメシュアも気づいてはいなかった。
この発言がどれ程の爆弾発言であるのか、ということを。
「遠征組の、生き残りですってぇっ!?」
「何をそんなに驚いてるなの?」
「何をって……。先生、あなた何も分かっていないのですね」
ルルは疲れたように息を吐き、肩を落とした。
それから、こう言った。
「申し訳ありませんが、【極光の騎士団】副団長の権限を以てして、ゾイド・ペンタークさん、あなたを強制連行致します」
瞬間、ゾイドは感じた。時が停止したかとも思える程の、その場の空気の凍てつきを。
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