傷心
久しぶりの更新になります。
これどんな物語だっけ?という方は、是非読み返してみてください!
「俺はなにか勘違いをしていたのかもしれない」
ゾイドはベッドに腰を掛け、項垂れるような姿勢で、力なくそう呟いた。
「かんちがい?」
メシュアの問いに、ゾイドは呆れたように「ああ、そうだ」と笑った。もちろんこの呆れはゾイド自身に向けられたものである。ゾイドは思い出す。自分が【英雄の誉】に所属していた当時のことを。なんの力も持っていなかったかつての日のことを。
☆ ☆ ☆
改めるが、神属性モンスターというのは実に珍しい。例えば、ダイヤモンドやルビーやサファイアがその希少性ゆえに所有者の魅力を強く増幅させるのと同じように、神属性モンスターをテイムしているテイマーというのは、ましてやそんなテイマーを所属させているパーティというのは多くの人から羨望の眼差しを向けられることになる。
ゾイドはなるべく目立たないように、という行動を徹底してきたのでその限りではなかったが、もしもゾイドが目立ちたがり屋であったならば、彼の名は瞬く間に大勢の人物の耳へと届けられたことだろう。
「どこかに驕りがあったのかもしれない」
ゾイドは傲慢ちきな正確ではない。好戦的でもないし自信家でもない。そんな彼の心の内にもあったのかもしれない。「俺は神属性モンスターをテイムしている凄いテイマーなんだ」という驕りが。
考えれば考えるほど、ゾイドは肩を落とし落ち込んでいった。
「メシュアをテイムして、色々な冒険を乗り越えた。俺はもう過去の俺とは違う。そう思ったんだ」
ゾイドは眉を八の字に曲げ、ふっと息を吐いた。
「昔の俺は無力だった。戦いも弱いし体力もない。そもそも基礎能力が低かったんだ。やらされることといえば荷物持ちや書類の整理、武器の手入れや部屋の清掃……。俺は事実、無能だったんだ」
自分で口にした言葉だが、ゾイドはどこか胸を締め付けられる思いだった。だがそれが事実であるとも感じていた。確かに『アガド』の能力は有力だった。それこそ【英雄の誉】をSランクたらしめる程には。だが、『アガド』はあくまでも『アガド』であり、ゾイド・ペンタークという人間とは全く別の生き物なのだ。
「メシュアをテイムして、俺は変わった。強くなった」
そう思っていた。
「でも、そうじゃなかったんだ。俺は強くなってなんかいない。強くなった気になっていただけだ。思い返せば、いつだって俺は前線には出ていなかった。テイマーだから仕方ない。そう言い訳して、自分では戦ってこなかった」
メシュアは黙ってゾイドの言葉に耳を貸している。メシュア自身特別意識したことではないが、ゾイドからしてみればありがたい限りであった。傷心の真っ最中、いらぬ口出しをされること程苦痛なものはない。
「メシュアの強さを俺の強さと勘違いした。アガドが有能だから、俺も有能だと思いあがった。……そんな部分が少しもなかったかと言われれば、嘘になる」
気づけば、ゾイドの瞳からは大量の涙があふれていた。
こんなにも惨めな思いは、英雄の誉を追放された時以来かもしれない。ゾイドはそう感じていた。
「俺がちゃんとしていれば、少なくとも遠征組が全滅するということは避けられたかもしれない。いや、避けられたはずだ。俺の意志が強く、意地でも彼らについて行っていれば、そしてそこで追い詰められたなら……」
ゾイドは声を震わせながら続けた。
「そんな事態になれば、俺は間違いなくお前をサモンしたはずなんだ……」
お前なら……。
「お前なら、『アダマイトス』も『マハの黒龍』にも勝てたはずなんだ! そうすれば、みんな助かってたんだ……!!」
俺だけ生き延びてごめんなさい。
それだけ言って、ゾイドは口を噤んだ。
気づけばゾイドは、深い眠りに落ちていた。
☆ ☆ ☆
目を覚まし上体を起こしたゾイドに、冷たい何かが浴びせかけられた。
「うおぁっ!? な、なんだ!?」
驚きのあまり点になった目玉が捉えたのは青髪の幼女ヴェロニカとメシュアであった。
「……はえ?」
ゾイドは首を傾げる。
何が何だか分からないと言った様子である。
そもそも、俺とメシュアは同化したハズだ。
そんなゾイドの疑問に「どうかの かいじょも じゆうみたいだよ」とメシュアが応じた。
「どうかは おたがいの ごういが じょうけんみたいだね」
「そうなのか。それより、これは一体?」
ゾイドはヴェロニカの持つバケツに目を向けた。自分がびしょぬれになっているのはそのバケツに水がくまれていたからなのだろう。問題は、なぜその水をぶっかけられたのか、ということなのだが……。
「励まそうと思ったなの! メシュアから話は聞いたなの! でも、今回の件は完全に事故みたいなものなの! ゾイドが責任を感じるのはおかしいなの!!」
ゾイドはメシュアに視線をやったが、メシュアはだんまりを決め込むつもりらしかった。
ゾイドは大きく息を吸い、「こうなったらとことんやってやる」と意を決した。
「今回の件は君には関係のないことだろう!? 外野は引っ込んでてくれ! 誰がなんと言おうともどうせ俺は無力なんだよ!!」
「ゾイドが無力とかどうとか知ったこっちゃないなの!! そもそもテイマーなんて本体が戦えることの方が珍しいなの!!」
「うるさい! とにもかくにも、今回俺が遠征で追放されてなければここまで犠牲者が出なかったってのは紛れもない事実なんだ!! メシュアの力があれば遠征組が敗北することはなかった。俺はそう信じてる!!」
「そんなの分からないなの!! もしかしたらメシュアでも負けてたかもしれないなの!」
叫びながら、ヴェロニカはメシュアが負けるところを想像できずにいた。
「いいやありえないね! メシュアの強さは身をもって知っているだろ? メシュアは複数のスキルを持ち合わせている!! どんな場面にも対応できる超万能な凄いスライムなんだ!!」
「親馬鹿がすぎるなのっ! 第一勝負っていうのは勝つか負けるかなの! 確率だけで言うなら五十パーセントなの!! それに……」
ヴェロニカはいい加減うんざりだといった様子で言った。
「ゾイドが無力だなんて、今更過ぎるなの! 例えば私とゾイドのタイマンなら私が負ける確率は皆無なの!」
さっきと言っていることが真逆だが、ヴェロニカは勢いで押し切る気満々である。
「生きてる以上完全なんてありえないなの! 絶対どこかしらで間違うなの! 私だってたっくさん失敗してきたし弱点だってあるなの!! そういうのを乗り越えて初めて人は強くなれるなのっ!!」
「そ、それは……一理あるかも、だけど、それでも!!」
「うるさい!!」
ばしゃあっ!!
ヴェロニカは残りの水全てをゾイドにお見舞いした。
「失敗したなら次は失敗しないようにすればいいだけなの!! 負けたなら次は勝てばいいだけなの!! 自分が無力なら無力な部分を補ってもらえばいいし、反対に相手の無力なところを補ってあげればいい。こんなに簡単な事、他にはないなのっ!!」
ヴェロニカの叫びにゾイドは目を見開いた。
そんなゾイドに再度水をお見舞いしたのはメシュアである。
「め、さめたかい?」
「…………」
ゾイドは思い返す。
例えば、メシュアは強い。強いけど、作戦を練れる程賢くはない。頭はいいけど、感情に身を委ねて突っ走ることがある。
メシュアはマッチョスを見かけた時、「野郎、ぶっ〇してやる!」と口にしたが、ゾイドは冷静にそれを諫めた。そして状況を分析し、メシュアの強みを最大限生かし、マッチョスとシャルロードの悪事を暴いて見せた。
メシュアは多くのスキルを保有しているが、それをゾイドに説明しないといううっかり屋さんなところが散見される。でも、それで「じゃあメシュアは無能だな」となるだろうか?
「無能と弱点をはき違えるのはお門違いなの! それに、人にはどこかしら弱点があってどこかしら長所があるものなの! それなら、無能な人なんてのはどこにもいないなの!!」
「俺はこれから、どうすれば……」
「そんなのきまってるさ!」
メシュアは満面の笑みで言った。
「まはのこくりゅうを うちほろぼすんだ!!」
「それ単純にお前が『マハの黒龍』と戦いだけなんじゃ?」
ゾイドのつっこみに、メシュアは「もちろん!」と答えた。それからこう続けた。
「とうぜん あだまいとすとも たたかうよ!!」
そんなメシュアの姿に、ゾイドは思わず笑みを零す。
「はーぁ、なんかちょっとスッキリしたよ。ありがとう、メシュア。それに、ヴェロニカも」
「べ、別に、私はあたりまえのことしか言ってないなの!」
「ははっ、確かにそうかもしれないな」
ゾイドは思う。
無理やりでも遠征組について行けばよかったと。
だが、それが最善だったという保証はどこにもない。二者択一の場合、もう片方の可能性を試すことは不可能なのだ。ならば人に出来ることなんてたかが知れている。自分の行動が最悪ではなかったと信じること、ただそれだけだ。
ヴェロニカはそういうことを言いたかったのだろうな。
ゾイドはそう自分を納得させた。
ここまで読んで頂きありがとうございました!!




