麗らかな朝
翌日、俺は宿屋のベッドで目を覚ました。なんとなく予想はしていたが、やはり俺の隣にはヴェロニカがいた。幸せそうな表情を浮かべながらすやすやと寝息を立てている。どうやら俺は、昨日もヴェロニカを介抱して帰ってきたらしい。記憶はないけれど。
「おい、起きろ。起きるんだヴェロニカ」
俺はヴェロニカの肩に手を置いて、二回、三回とゆさぶった。しかし中々目を覚ましてくれる様子がない。五分ほど格闘したところで俺は諦めた。とりあえず外に行ってストレッチでもしてこよう。それからもう一度起こしに戻ればいい。
「うん、いい天気だな!」
外は雲一つない青空だった。
麗らかな風が揺れる木々の香りを運び、慈愛に満ちた陽光が、生きとし生ける全ての生命体へ、惜しみない程の恵光を降り注がせていた。鳥はさえずり川はせせらぎ、実に優雅な一日の始まりだ。
「いちにいさんし、ごおろくしちはち……」
ゾイドは暖かな陽の光を浴びながら、最高の朝に、心を和ませた。
部屋に戻りドアノブを握る。
ゾイドはあまりにも素晴らしい朝の洗礼を受け、大事なことを忘れてしまっていた。過去、このような流れで大失態を犯していたということを。
「ただいまー……。あっ」
ゾイドの額にはみるみる冷や汗が浮かんでくる。
目の前にいるのはヴェロニカ。服を脱ぎ下着になった姿で、目尻に涙を浮かべていた。
「……なの」
ヤバイ!
ゾイドは超特急でメシュアをサモンした。
「出ていけなのおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!!」
残照の拳!!!
「あーーーん」
ペロン。
「ごったまっ!」
ゾイドはヴェロニカにメシュアを応対させ、大急ぎで部屋を飛び出した。それからいつぞやのように懇願した。「はやく着替えてくれ!!」
「もう入っていいなの!!」
許可を得て、ゾイドは室内へと足を踏み入れた。
だから、ここは俺の部屋なんだが? そう思わずにはいられなかったが、万が一そんな言葉を口走ろうものなら『ぺレスロウレ』という一つの街がまるまる消滅しかねない。ゾイドは道行く民の幸福のため、自らの心をぐっと押し殺したのであった……。
「どうして分からないなの! 女の子がいる部屋にノックもしないで入るだなんてありえないなの!! この前も同じことがあったなのっ!!!」
ぐうの音も出ない。
ゾイドは天井を仰ぎ見ながら肩をすくめ、「どうしてかな~?」などと、半ば投げやりに、半分は他人事のように思考を放棄した。
「いや、聞いてくれ。俺にも言い分ってのがあるんだ」
「……言ってみろなの」
「素晴らしい朝だったんだ」
ヴェロニカの右拳が再度握りしめられた。
残照の拳の構えである。
「ふざけるななのっ!!」
そんなヴェロニカをたしなめるように、メシュアは二人の間に割って入った。「おちつきなよ ゔぇろにか」。そう言いながら、キッとした視線でゾイドを見据える。
「こんかいの けんに かんしては ようごのしようも ないね! どうかんがえても タークが ゆうざいです! はんけつ! ひこくにんは ゔぇろにかに しゃざいしなさい!」
「はい。ごめんなさい」
ゾイドは大人しく頭を下げた。今度のは平謝りじゃない。一度犯した失敗を二度も犯してしまったのだ。言い逃れの余地はない。
「お詫びといっちゃなんだけど、今日は俺がヴェロニカの酒代を奢るよ」
「本当なの!?」
「ああ、本当さ。まぁ、俺は飲まないけどね」
「え? どうしてなの?」
「今日は個人クエストを受けてみようと思ってね。人によってクエストの種類っていうのは大きく変わるから、もしかしたらそこに、今よりももっと強くなるヒントがあるかもしれないって思ったんだ。『ザーヤの酒場』は毎日繁盛してるから人も多いしね!」
「なるほどなの! 分かったなの!」
ヴェロニカは腕を組み、偉そうな感じで、「被告人を許すなの!!」と満面の笑顔を浮かべた。




