二人の男
メシュアの放った水弾は、その威力を以てして『溶岩王』の胴体を貫通した。それはもう見事な一撃であった。なんたって、全長50㎝あるかどうかも分からないスライムが、自分よりも遥かに巨大なモンスターを完膚なきまでに叩きのめしたのだ。これはもう「お見事!」と評する以外にないだろう。
「お疲れさん!」
戻ってきたメシュアは全身を使って先の戦闘を再現した。
「あそこで まぐまが とんでくるでしょ? でもね、ぼくはそれをよけてね そしていまだ! ってとこで みずを ぶしゃーっ!! って やったんだよ! へへっ、すごいでしょっ!!」
俺は十二分にメシュアを褒め称えたつもりだったが、どうやらまだ足りないらしい。メシュアはヴェロニカに向かって一生懸命に話しかけている。
「ちゃんと見てたなの! やっぱりメシュアは凄くて強いスライムなのっ!!」
ヴェロニカの性格故か、両者間で会話は弾んでいるようだった。
『熱砂の王山』をあとにした俺は、帰路の道中で眩暈に襲われた。どうやら自分で思っているよりも体力を消耗していたらしい。
「流石に疲れてきたし、アガドもメシュアもいったん戻すぞ?」
俺が言うとヴェロニカは残念そうな表情を浮かべた。そこまで二匹のことを気に入ってくれているのか。そう思うとなんだかこそばゆい感じだ。
「ていまーも なかなか たいへんだからね! ターク、おつかれさま!!」
「オツカレ! オツカレ!!」
かくして、俺たちはA難度のクエスト「『幼火竜』討伐」(実質的にはS難度となってしまったが)を攻略し、『ぺレスロウレ』の街へと戻ったのであった。
この時の俺たちはまだなにも知らなかった。
例えば、どうして『マグマ山道』と『熱砂の王山』という場所に、同時に『溶岩王」というSランクモンスターが出現したのか? ということや、どうしてヴェロニカはテイマーでもないのにモンスターの言語が理解できるのか? ということや……。
それぞれの小さなピースには、ある一つの目的に端を発した因果的な関係があったのだが、それをこの段階で看破してしまえる程俺たちの頭は良くはなかったのだ。
☆ ☆ ☆
「アレの準備ができましたぞ」
場所はとある一室へと移り変わる。
赤いカーペットが敷かれた、どこか優美な印象を受ける部屋である。高価な絵画や彫刻といったものが展示台の上に飾られており、持ち主が高貴な存在であるということが伺える。
この日の男は白を基調としたテールコートに身を包んでいる。同系色のシルクハットを目深に被り、木製テーブルの上で指を絡めて組んでいる。射抜くような双眼が見据えるのは初老の男である。
「そうか。では早速明日、作戦を決行しよう」
「……焦っておられるのかな? 少し早すぎる気もしますが」
テールコートの男は黒服の発言を受け「ふふっ」と笑みをこぼした。
「どうだろうね? まぁ、相手が相手だからね。下手に地力を高められる前に潰しておきたいという気持ちはあるよ。だがね、私が焦っているのはそれが理由じゃあないんだ」
「では、何故?」
「疲れだよ。疲労さ。私はね、待つことに疲れてしまったんだ。はっきりいってこれ以上待たされるのは精神的に負担がかかる。私の計画は君も知っているだろう? 上手く事が運べば世界を指一本で掌握することができる。そんな力を手に入れられるかもしれないってのに」
テールコートの男は深い溜息を吐いた。それから何かを惜しむかのように、後悔するかのように、こう呟いた。
「あの子は失敗だったな……」
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