ヴェロニカ・キャノン
「さっそくだけど、そのスライムと戦わせろなのっ!」
何を言っているんだこの小娘は。会話に脈略が無さすぎると思うのだが。どうしていきなり戦うとかっていう話になっているんだ? ってか、こんな小娘が俺のメシュアと? いくらなんでも無謀だろ! 大怪我じゃ済まないぞ……。可哀想だから忠告してやるか。
「あのな、言っとくがスライムとはいえモンスターはモンスターだ。確かにスライムは最弱モンスターだが、それでも怒ったら怖いんだぞ? 君のような小娘が勝てるとは思えないけどね」
「うるさいなの! 人を見かけで判断するななの!」
うう、面倒くせぇ……。
俺は助けを求めるようにマスターに視線を向けた。しかしマスターは「しーらねっ」とでも言いたげな表情を浮かべながらカウンターを拭いていた。
「ああ、忙しい忙しい。酒場のマスターってのは本当に大変だ」
どうやら俺よりもこの小娘を取るつもりらしい。
そういうことなら仕方ない。不本意ではあるがこの小娘の言うことを聞いてやろう。こういう面倒事はちゃちゃっと済ませてしまうにすぎる。でなければせっかくの酒が台無しだ。
「分かった。戦わせてあげよう。その代わり負けても泣くんじゃないぞ。えーと……」
「ヴェロニカなの! 人の名前を忘れるなんて、ヒドイなの!」
「分かった分かった。ヴェロニカだな? 戦うのはいいが人目につかない場所にしてもらいたい。そういう場所に心当たりは?」
「あるなの!」
そうか。ならば問題はなさそうだ。あとは適当にメシュアと示し合わせ花を持たせてやろう。こういうタイプの女の子は負けたら絶対に大泣きするからな。間違いない。火を見るよりもあきらかだ。
「今日はもう遅いし、そうだな……。明日の昼頃、この店の前で待ち合わせってのはどうだ?」
言いながら、俺はこの約束をすっぽかそうかと考えた。だが、すぐにやめた。そんなことをした暁にはこの店で二度と酒が飲めなくなりそうだ。
「分かったなの! それじゃ明日、ここで待ち合わせるなの! もしも嘘だったら……」
「心配しないでくれ。こう見えても俺は、約束だけは絶対に守る男なんだ」
☆ ☆ ☆
というわけで翌日。俺は覚えのある場所に足を踏み入れていた。
そこは『ゴブリン山脈』を川沿いに北上した場所に位置する『ゴブリン林』だ。確かにここなら人目を気にする必要はなさそうである。立ち並ぶ木々たちが影となり、俺たちの姿を外から見えにくくしてくれている。
「メシュア、分かってるな? 間違っても本気を出すんじゃないぞ」
「とっってもふほんいだけど しかたない! タークのおねがいなら ぼくは したがうさ!」
決闘の話を聞いたメシュアは大喜びした。だが、その後に「負けてやってくれないか?」と頼むと機嫌を悪くしてしまったのである。半日近くこの様子だ。テイマーとして不甲斐ない気持ちで一杯である。あとで魔物ドリンクをご馳走してやろう。
「覚悟いいか! なの! 手加減はしないなの!!」
「ああ、いいぜ! 俺のメシュアは強いからな!!」
手を抜いていると思われるのはマズイ。なので俺もヴェロニカと同じように「やる気&勝つ気満々」という呈をとった。
「へへ! ぼくは つよいんだ!! ぜったいに まけないからね!!」
示し合わせた通りメシュアも「やってやるぜ!」というような雰囲気を醸し出している。それはもう、これでもか? というくらいに。ここまですれば手加減したとは思われないだろう。
……そのはずだったのだが。
「それじゃあ、いくなのっ!!」
ヴェロニカは腰を据え右拳を強く握りこんだ。まるで正拳突きの構えだが、それにしては妙である。あんなに遠くからパンチを繰り出したとして、果たして当たるのだろうか?
いぶかしむ俺の視線に、赤い光が差し込んだ。夕陽にしては随分と早いな。まだ二時半を少し過ぎた頃なのだが……? そこまで考えて、発光源が自然由来ではないと気付いた。発光源はヴェロニカである。
「光ってる……」
なんだこの威圧感は!?
俺が気圧されたのと空気が揺れ始めたのはほぼ同時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――――
「ターク! これ なんだか ふつうじゃ ないよ!!」
俺はふいに思い出す。確かヴェロニカはこう言っていた。
「こう見えて結構強いなの!
「人を見かけで判断するななの!」
お前もメシュアと同じタイプかよ!!
俺は一瞬で直感し、メシュアに指示を出した。
「メシュア!! ヴェロニカの攻撃を飲み込――ッ!!」
俺の声が届くよりも早くヴェロニカの拳が前方へ突き出され、そして――
赤い光の衝撃波は、周囲の木々を薙ぎ払い地面をえぐりながらとてつもないスピードでメシュアを直撃したのだった!!
「メシュアーーーーーーッ!!!」
果てしない風圧に襲われながら、ゾイドは物凄い速度で後方へと吹き飛んだ。




