会議と騒ぎ
「とりあえず会議をしようか」
俺はメシュアをサモンし、開口一番にそう切り出した。
本来であれば『ゴブリンナイト』を撃破した段階で話し合いをしなければならなかったのだが、不測の事態により少し先延ばしになってしまったのだ。
「かいぎって なにさ?」
木枠窓から差し込むうららかな陽光に目を細めながら、メシュアが言った。
台詞から推し量るに、どうやら自分の危険性に対する理解度が低いようである。無理もない。モンスターに人間社会のことを理解しろというのは難しいだろう。
「メシュアは凄いスライムだ」
俺は素直に賞賛した。メシュアが凄くて強いというのは事実だ。事実は事実として認めなくてはならない。
「しってるよ! ぼくは すごくて つよい!」
メシュアは自慢げに飛び跳ねてみせた。
鼻高々といった感じだな。スライムに鼻はないけれど。
「そう。ただ、ちょっと度が過ぎるね。メシュアは強すぎるよ」
「どがすぎる? つよすぎる? それはわるいこと?」
うう!
なんって純真無垢なんだ!! やめろ! その目をやめてくれ! 力が抜ける~。
「悪いことじゃないさ! むしろ誇るべきことだよ。でも、その強さは俺とメシュア、二人だけの秘密にしておこうと思うんだ」
「ひみつに? それはなんで?」
「人間ってのは臆病なのさ。みんながみんなメシュアみたいに強くないし凄くない。それに勇敢でもない。だから強いモンスターを見るとすぐに捕まえようとするんだ」
「ええっ!?」
メシュアは驚き、鏡餅みたいな形状になった。
なるほど。メシュアは驚くと二段になるのか。これは覚えておこう。
「ぼく、つかまるの?」
捕まることはないだろうな。どんなに強かろうとほとんどの人は「所詮スライムだろ?」で済ましてくれるだろう。だが、強さを知られれば話は別だ。
「捕まらないさ。メシュアは人前では普通のスライムのフリをしていればいいんだよ。普通のスライムが弱いことは知ってるだろう?」
「うん! ふつうの すらいむは ぼくみたいに へんしんも ぶんれつも できないよ!」
「そうさ! そしてスライムは弱いから捕まらない! だから、メシュアは弱いスライムのフリをすればいいのさ」
「わかった! ぼく よわいすらいむの ふりをするよ! へなへな~」
とりあえず納得させることはできたようだ。人間のことについて理解してくれたかは分からないけど。
「基本的に人前でテイムすることはあまりないんだけどね。万が一ってのがあったら困るだろ?」
「たしかにそうだ! タークは あたまがいいんだね!」
頭がいいというよりかは臆病で慎重なだけだが、ここはありがたく褒められておこう。他の誰でもない救世主様直々のお言葉だからな。
「お褒めに預かり光栄ですよ、メシュア様」
メシュアは「なんだそれ~?」と、ない首を傾げていた。
☆ ☆ ☆
「ああ、イライラする!」
Sランクパーティ「英雄の誉」のリーダーであるマッチョス・ゴードナーは苛立ちを隠せないといった様子で『ぺレスロウレ』の街並みを歩いていた。酒屋の隣に積み上げられた酒樽を思いっきり蹴っ飛ばし、少しでも溜まった鬱憤を晴らそうと試みるが……。
「おいアンタ! なにやってんだよ!」
その光景を目撃されてしまった。
マッチョスは気が短い。自分に絶対的な自信を持っており、俺こそが最強だという妄想にも近しい狂気に取り憑かれているのだ。故に、自分に逆らう人間が許せない。
俺に向かって”アンタ”だと?
「なんだよ。なにか文句でもあるのかよ、ええ?」
マッチョスは名前の通りマッチョな男だ。たくましい筋肉と圧倒的な体躯。そこから繰り出される攻撃のパワーは鋼をも砕くと噂されている。
「ひっ……!」
マッチョスに文句をつけた男はそこで怯んでしまった。当然だ。こんな大男に殴られでもしたらただでは済まないだろう。
「謝れ。俺を”アンタ”呼ばわりしたことを土下座して詫びろぉっ!!」
騒ぎのきっかけは実にくだらないものであった。
マッチョスは理不尽に怒鳴り散らし、時々殴るような素振りを見せ周囲を威嚇した。
「てめぇ、この俺が誰だか分かってんのか!?」
「ひぃ! ゆ、許してくれ! 俺が悪かったから!」
怯える男の言葉も聞かず、マッチョスはずいずいと男に歩み寄る。歩き方にも”コイツを精一杯怖がらせてやろう”という陰湿な態度が現れている。
「俺はあの「英雄の誉」のリーダーだぞ!?」
くそが!
どいつもこいつも舐め腐りやがって! こういう時、あのヒョロガリ野郎がいれば八つ当たりもできるってのに!!
最低最悪な考えを巡らせたマッチョスであったが、次に飛んできた言葉は手痛いものだった。どうやら怯んでいた男もここいらで我慢の限界を迎えたらしい。男はマッチョスを睨みつけ、そして言った。
「で、でも、「英雄の誉」ったら、最近Bランクのクエストで失敗したんだろ?」
マッチョスが一番聞きたくない言葉だった。ここ最近の苛立ちの原因はそこにあるのだから。マッチョスは必死に強がった。
「黙れ! ぶん殴られてえのか! あれはたまたまなんだ! まぐれなんだ!」
そうだ! まぐれに決まってるんだ! 俺たちがあんな雑魚どもに負ける訳がねぇ!! たまたま熱が出て具合が悪かったんだ! ルディルとラハイもそうさ! アイツらだって体調が悪かっただけに決まってるんだ!!
マッチョスはそんな希望的妄想に縋っていた。酒場で騒ぎを起こしては追い出されを繰り返し、ついぞここまで来たのである。
「クソがッ!!」
マッチョスは吐き捨てるように言い、逃げるようにその場を去った。野次馬が増えてきたからである。意外とメンタルは強くないらしい。
どいつもこいつも、なんなんだよあの”目”は!!
俺がどれだけ世の中に貢献してると思ってやがるっ!!
「ちくしょうっ!!」
今日は飲むぞ!
飲んで飲んで飲みまくって、弱そうな奴に管巻いて怖がらせてやるんだ!!
「へへへ」
マッチョスは歪んだ笑みを浮かべ、舌を舐めずった。
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今日は第一章までアップして、あした二章全部更新します。




