日常、非日常!?
私の名前は平田みさき、大学受験を控えた女子高生。
周りの友達やクラスメイトは進路先を早々に決めて、面接練習に試験対策にのめり込む日々。
私はというと、
滑り止めを含めた三つの大学に候補を決め、
先ほど職員室で先生に判定を貰ったところだ。
判定結果は、第一志望以外はA判定。
肝心の第一志望の帝徳大はC判定で、先生いわく
「第一志望、考え直してもいいんだぞ」
とまで言われる始末。
そう、わかっている。
私が行きたい第一志望は、
自分の学力レベルに見合っていない
高望みの大学だってことを。
でも、どうしてもそこに行きたい理由が私にあった。
廊下をとぼとぼと浮かない足取りで進んでいると、
隣の教室の前に男子が二人話しをしている。
「涼太ーお前帝徳大の推薦受かったって?」
「は?何で知ってんだよ」
「クラスの女子が騒いでた」
「…盗み聞きしてんじゃねーよ」
「俺じゃなくて女子に言ってくんね!?」
教室前の廊下の片隅で、
黒髪で爽やかな短髪の男子が、
色素の薄いの軟派な男子生徒を軽く小突く。
二人で戯れて仲良く笑い合っている涼太と呼ばれた彼こそが、私が帝徳大学に行きたい理由の一つ。
有栖川涼太
成績優秀、スポーツ万能、品行良性で
男らしいクールで端正な顔立ち。
絵に描いたような完璧男子。
そんな彼に私は一年の頃から片思いしている。
もちろん、接点などない。
私の一方的で、叶わないと諦めている淡い淡い片思いだ。
私が高校生になりたての頃は、
所謂イケてないグループの中の一人で、
学年中から脚光を浴びている彼に話しかける勇気もなく、この三年間はただ見つめているだけ。
垢抜けようと努力はしたし、
そのおかげで女子の友達も増えたけど、
周りにも彼を好きな子がいたから誰にも何も言えずじまい。
きっと向こうは私の顔と名前も知らないまま、
高校生活に幕を閉じる。
それでもいい、それでも…
だって私には…
BLがあるから!!!!
何を隠そう、私は腐女子!
ガチガチのオタクなのである!
涼太君と、涼太君の一番の親友の彼のあははうふふな友情を
同じ隠れ腐女子の友達と楽しんでいるのだ。
推しが息を吸っているだけでも尊い、
ありがとう生きていてくれて。
そんなわけで、
まだまだ輝きを放ち続ける彼の勇姿を私は影でこっそり見ていたい!
という邪な考えで第一志望を決め、
日々受験勉強に励んでいるのだ。
「みさきー!聞いて聞いて!めっちゃ大ニュース!」
涼太君の綺麗な顔を横目で見ながら教室に入ると、同じクラスの隠れ腐女子の葵が笑顔で駆け寄ってきた。
「私第一志望A判定貰ったよ!」
「ホント!?すごい!おめでとう!!」
「まだ気が抜けないけどね、マジで変なかいた!」
手を取り合って喜ぶ葵の進路先は文系の大学。
彼女は小説を自分で書くほど文学が好きなため、
古文や古典など文学に精通した有名な教授がいる大学に志望校を決めていた。
自分のことのように嬉しい反面、夢もなく、A判定を貰えていない自分とのギャップに項垂れる。
そんな私の表情を見逃さなかった葵。
「A判定貰えなかったの?」
「うん…」
「マジか…帝大行きたいってずっと言ってたもんね…」
「今はやりたい創作も全部中止して勉強してるんだけど…やっぱ自頭が良くないからさ…」
「頑張ってるんだからそんな落ち込むなよー、大丈夫だって」
「葵〜」
自分が情けなくて、思わず葵の肩に顔を埋める。
葵は私の背中を優しくたたき、あやしてくれる。
その優しさに思わずうるっと涙が出そうになる。
「焦っても仕方ないんだから、出来ることやってこ!ね?みんなそうやって頑張ってる!」
「うん、葵ホント天使、女神」
「まあね」
「否定しないんかい!」
「おっ、元気出たじゃん」
とぼけたように言って笑う葵に、私もつられて笑った。
持つべきものはやはり友!
気持ちを切り替えて、勉強しかない。
葵と大学の話しをしながら席についた。
ーーー夜。
辺りは真っ暗、細長い月が自室の窓から顔を覗かせる。
晩ご飯とお風呂を終えた私は、日課の受験勉強に取り掛かる。
勉強机の写真立てには、涼太君が鉢巻き姿で大太鼓を叩いてる姿。
汗を滲ませながら、男らしい表情で太鼓を叩く筋肉質な腕は逞しい。
運動会の応援団の太鼓係だった彼の写真を、
廊下に張り出されている時にこっそり番号を控えて買ったのだ。
我ながら良い買い物をしたと思う。
こういうコソコソとした行動が気持ち悪いのは分かってるけど、
やっぱり好きな人の写真って日々の活力だ。
写真の彼が見ているから頑張れる。
偶像崇拝にも似たこの感情が、恋愛なのか憧れなのか、はたまたただの萌えの対象なのかはどれも断言出来ない。
ただただ、好きなのだ。
「みさき、おにぎり食べる?」
深夜の2時。
気づけば夜中だ。
廊下の母の声にハッとしてシャーペンを置く。
「ありがとう、置いといて」
「勉強、頑張ってね」
母の足音が遠ざかるのを確認し、廊下に置かれたおにぎりを手に取り頬張る。
母は朝から夕方までパート勤務をしているため、夜中の夜食を作るのはきっと疲れるはず。
夜食ぐらい自分で作ると言ったら、
「子供が余計な心配しなくていいの」
と言われてしまった。
母は母なりに、私と一緒に受験勉強と闘ってくれている。
親の気持ちを無碍には出来ないなと思い、それからは黙って有難く頂いている。
「ふう…」
おにぎりを食べ終わり、皿を下げるために一階のキッチンに家族を起こさないよう向うと、リビングから見える外の景色がやけに明るい。
「今日は満月じゃなかったような…」
窓にそっと近づき、空を見上げる。
やはり、明るい。
明るいというか、赤紫のような、禍々しい空の色。
絵具を混ぜてひっくり返したような、まるで西洋のバンパイアが出てきてもおかしくないような空模様。
不気味な空の色にスマホを取り出して写真を撮る。
「…なんか、怖いな。明日みんなに聞いてみよう」
深夜になるためラインを送るのは控えることにする。
みんなきっと受験勉強で起きているだろうけど…邪魔になってはいけないためだ。
すぐに歯を磨いて二階の自室に戻り、布団に入る。
勉強の疲れもあってか、すぐに眠りに落ちた。
♪〜♪〜♪
6時を知らせるアラームが鳴り響く。
目を閉じたままスマホを手探り、音を止めるとスマホを握ったまま寝返りを打つ。
「…ねっむ…」
いつのもの朝、の筈だった。
自分の発した声に、物凄い違和感を感じた。
混濁した意識が、焦りと共にハッキリしてくる。
重たい瞼を無理矢理開かせる。
「声、変…」
声が、おかしい。
おかしいというべきなのか、自分の普段聴き慣れた声とは全く違う、男性のように低い声がやけに頭に響く。
「待って、喉風邪?」
だが喉風邪のような喉の違和感は無い。
ガラガラとした濁音混じりの声ではなく、まして乾燥しているわけでもない。
ふとスマホの画面を見た。
暗い画面には、見知らぬ男が暗転して写っている。
「ひっ…!?」
思わずスマホを布団に投げ、後ずさる。
両頬を手で無茶苦茶に揉み込む。
「か、かがみ、鏡…っ!」
慌ててベッドから降りようとした時に、足にも違和感を覚えた。
ーーー長い、長いのだ。
いつもよりも膝と足先の位置が遠く、ベッドに腰かけた時に足に余裕がある。
心音がうるさい。
床につく足に力を入れて立ち上がると、普段の視界では見ることのない景色が広がる。
「身長…伸びてる…ゃだ、やだやだやだやだ」
その場で軽く地団駄を踏み、軽くパニックになりながら姿鏡の前に慌てて立つ。
そこには、予想通りというか、いくつもの謎が解ける案の定と言った答えが映し出されていた。
「ーーー男に、なってる…」
鏡には、呆然と恐怖が入り混じった間抜けな表情をした男の姿がはっきりと映し出されていた。
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