地獄への階段
「状況をざっと話しておいた方がいいわね」
衛兵の詰所に通じる螺旋階段の前ででレイリアは立ち止まり、俺に言った。
「そうだな。何もわからないのでは、なにもできん。情報は戦争の命だ」
「わたしたちは、ハイランドという国に仕える騎士。あなたはその中でも選ばれしイセリナ王妃に仕える最高の騎士、エドワード・クリスティーン。クリスティーン公爵家の当主にして、ファーディガン王家の盾、金十字騎士団の首領。エセルナーダはイセリナの妹で、王位継承権第五位の姫君。いま、この国では後継者争いで国が割れている」
「継承権争いか」
「そうよ。法的に王位継承権第一位はわたしたちの仕えるイセリナ・ファーディガンだけど、それに反対する者たちが、継承権第二位のエウメネス・ファーディガンを王位に立てて、強行的に戴冠式を行ったのが三か月前。わたしたちは、ベオウルフ公爵家にさらわれたエセルナーダ様を、イセリナ様の勅命で助けにきた。それが三日前。あなたは戦闘中に倒れ、わたしも捕虜になった。ここまで言ってもなにも思い出せない?」
全て身に覚えがない。
「さっぱりだ。ベオウルフがエセルナーダをさらったのは、結婚して王位継承権を主張するためなのだろう?」
レイリアは感心したように頷き、こう言った。
「記憶はともかく、理性はあるようね」
「俺は強いのか?」
実にバカバカしい質問だが、荒事になるのは目に見えている。俺は軟弱なリベラルでもグローバリズムの信奉者でもない。荒ぶる怒りの漢だ。
「それはあなた次第。目くらましに呪文を上の詰所に放つわ。その後突撃」
「そして衛兵の制服を奪い、お前を連行するように見せかけてエセルナーダを探す。だろ?」
「その通り。カウントダウン、3から行くわ」
「どうぞ」
俺はそう言うと、槍を半分の長さで持ち、左手に盾を構えて、その上へと続く階段を一気に登る準備をした。
「3・2・1・ホーリーライト!」
階段の上から強烈な光が漏れる。と同時に俺は階段を駆け上る。詰所に上がると三人の衛兵が見え、二人は目つぶしをくらったのか目を抑えている。正面の衛兵は目つぶしを喰らった衛兵を助け起こそうとしていたが、俺に気が付き剣を抜いてかかってきた。
「戦える男であってくれよ! エドワード・クリスティーン!」
俺はそう叫び、半分の長さに持った槍を手に衛兵に飛び掛かり、その喉元に槍を突き立てた。ぬめり、といういやな感触と共に槍は衛兵にめり込み、俺はその衛兵の手から剣を奪って、その男を助けようとしていた衛兵の頭を剣で殴りつけた。ぐしゃ、という頭蓋の陥没する感触を手に感じ、俺は足が震えた。
「死んだ、死んだか!」
俺は初めての殺人の恐怖に震え、三人目の衛兵に目をやる。
「助けてくれ! 後生だ!」
衛兵はそう言いながら目をぱちくりとさせて腰のあたりに手を回す。こいつの視力は戻りつつある。俺はそう直感してそいつにとびかかり、馬乗りになって首を絞めた。力を加えるとぐしゃ、という感触とともに男の首は折れ、あらぬ方向に衛兵の首は回った。
「殺した……殺した……か……」
これで晴れて、俺はまっとうに地獄に落ちる権利を得た。そのことに安堵した。
俺にとって二〇二〇年の東京は優しすぎたのだ。
俺の狂気の暴力衝動を抑えて生きるには、あの街は優しすぎた。